フラワーバスケット*。 -2ページ目

フラワーバスケット*。

花籠いっぱいの幸せを更新中*º

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 わたしは白から生まれたの。
 空から降ってくる雪も、光に照らされる空気も、全部全部が真っ白い。真っ白い冬が、わたしの季節。
 わたしは真っ白い、冬に生まれた。

 ベランダの小さな鉢植えで、わたしは今日も待ってるの。大好きなあなたのこと。
 シャーとカーテンの開く音。
 あなたったらおとぼけさん。寝グセ頭にパジャマのボタンは段違い。
「おはよう」
 まだ眠たそうなあなたが、優しく笑う。真っ白い肌が薄桃色に染まってる。
 やめてちょうだい、そんな風に微笑まれたら、わたしほっぺが熱くて溶けちゃうわ。嘘じゃなくて、本当に溶けちゃうの。
 だってわたしは、あなたの作った雪うさぎだもの。

 あなたって小さな子供みたい。
 朝はコーヒーじゃなくてミルクココア。半熟の目玉焼きの黄身を潰しちゃって、残念そうにしてる。
 それからそれから、着替えたシャツのボタンも段違い。
 とっても間抜け。とっても可愛い。あなたはわたしの、大好きな人。

 段違いのシャツに、モスグリーンのセーターを着込んだあなたが、ベランダで伸びをする。
「今日はよく晴れてるね。でもまだ寒いね」
 あなたって面白いのね。わたしは雪うさぎよ、寒いなんて思わないわ。
 あなたの白くて大きな手が、わたしの頭をちょんと撫でた。
 嬉しいけれど、あんまりわたしに触らないで。あなたの温度はわたしには、ちょっと熱すぎちゃうわ。
 ヒューッと白い冬の風が吹いて、あなたは少し震えてた。
 わたしは知らないの、寒いってどんな気分なのかしら?
 縮こまって手に白い息をハーっとしてるあなたを見てると、ギュッとしたくなるけれど、わたしには無理よ。だってわたしは雪うさぎだもの、あなたをもっと凍えさせてしまうわ。
 窓際のサボテン君が言ってたわ「見守ることしかできない愛もある」って。
 そうよね、サボテン君は全身トゲトゲ、触れたら痛いもの。
 だけど愛は時に痛いものよ。きっとわたしに触れたあなたの手も、ほんの少し冷たくて、痛いはずだわ。いいえ、痛かったらいいなって思ってしまうの。だってわたしは触れなくたって、痛いんだもの。

 ピンポーン
 陽気に響く玄関チャイムの音。
 あなたは楽しそうに走ってく。頼んでいた本でも届いたのかしら?
 いいえ、違うわ。わたし、知ってるもの。照れ臭そうに笑うあなたの背中から、顔を出した女の子。
「お邪魔します」
 小さな声。彼女の白いほっぺが、どんどん赤くなってゆく。
 そのほっぺを、あなたは両手で包んで笑うの。
「おもて、寒かった?」
 彼女は少し下を向いて、小さく笑って頷いた。
 色白な彼女。だけどわたしの方がもっと白くて、キレイなはずよ。ねぇあなた、こっちを向いて、お願い。
「あったかい」
 悔しかった。
 ほっぺを包むあなたの手を握って、彼女が言った言葉。
 あなたの手はわたしを溶かしちゃうけれど、彼女はあなたの手で溶けたりしない。

「コーヒーでいいかな?」
 なんて、あなたったら大人ぶっちゃって。本当はミルクココアの方が好きなんでしょう?
「あっ、ボタン、掛け違えてるよ」
 彼女がクスクス笑って、ボタンに手をかけた。
 あなたったら、耳まで真っ赤にしちゃってる。
「ウッカリさんね」
 彼女のやわらかい声。
 本当はね、私が先に気付いたのよ、ボタンの段違い。伝える方法がなかっただけ。

「・・・・」
 静かな部屋。
 何よ、二人ともそっぽ向いちゃって。顔も真っ赤。
 私なら、あなたともっとたくさんお喋りするわ。だって時間は有限よ。ずっと一緒だなんて、そんなの安っぽい恋の歌の世界。いつかは離れてしまう日が来るのよ。
「あっ、ベランダにいいもの作ったんだ」
 あなたが彼女の手を引いて、こっちへ歩いて来る。
 まん丸な目をキラキラさせて、彼女はわたしを見つけた。
「わー、雪うさぎ!かわいい!」
 彼女の手が、わたしを包んだ。
 やめてちょうだい!って言いたかったけれど、言えなかったわ。だってあなたが、とても幸せそうに笑っているから。
 そうよ、わたしはシャイな彼女を喜ばせるために、あなたが作った雪うさぎ。
「寒いのは苦手だけど、雪はキレイ。それに、とっても可愛い」
 もー、嫌になっちゃうわ。わたしってとんだかませ犬ね。うさぎなのに。
 悔しいけれど、ふわふわ笑う彼女はとても、可愛かった。
「雪もいいけど、そろそろ春になって欲しいな。桜が見たいんだ・・・君と」
 照れてるのかしら?ソワソワしながら、まだ寝グセの残る頭をポンポンと叩くあなた。キラキラした目で頷く彼女。
 あーあ、もう認めてあげる仕方ないわね!わたしの負けよ。あなたのことは諦めてあげる。
「雪うさぎ、溶けてきちゃったね」
 何寂しそうな声出してるの?桜が見たいなら、わたしとはそろそろお別れよ。
 それにわたし、もうこの家には用はないわ。いい女はね、一人の男をずっと引きずったりしないものよ。
 ヒューッと白い冬の風が吹き抜ける。まだ春には早いみたいね。
 でもわたしは、そろそろ溶けさせて貰うわ、さようなら。
 だけど一言だけいいかしら?来年もわたしのこと、作ってちょうだいね。もちろん、今度は二人で。
 あら、そんなこと言っていたら、また体が小さくなったみたい。
 わたしは生まれた白に、還るわね。


おしまい。