治らない認知症。
何とかしてくれるのは、
優秀な研究者らの努力のみ。
SUUMO介護より。
認知症専門医の
上田諭さんに聞く、
認知症の親
との向き合い方
認知症のほぼ7割を占める「アルツハイマー病」の場合、個人差はあるものの、症状が出始めてから10年から15年程度は、日々の生活に生きがいや張り合いを感じつつ、穏やかに暮らせるケースが多いといいます。そのために家族はどうサポートすればいいのか。
日本医科大学 高齢者専門医で、『治さなくてよい認知症』(日本評論社)等の著作が注目されている上田諭さんに聞きました。
認知症でも
脳の95%程度が
正常な状態が5年以上続く
――最初に、認知症の原因のひとつである、アルツハイマー病の症状について教えてください。
アルツハイマー病の症状は、まず、最近の記憶、そして時間や場所の「見当識」に出てきます。「初期(軽度)」の段階では、最近の出来事を忘れ、日付や時間が分かりにくくなり、一度話したことを忘れて同じ話を何度もするようになります。
そのうち、テレビやエアコンのリモコンの操作が分からなくなったり、料理の手順や味付けを忘れてしまい、うまくできなくなったりします。
「中等度」になると、お風呂に入ってもちゃんと洗えない、着替えがうまくできない、外出すると道が分からなくなるなど、生活面に支障が出てきます。
ただし、症状の進行は緩やかです。
個人差はありますが軽度から中等度になるまでの状態は4年から10年ほど続くのです。
しかも、アルツハイマー病の「軽度」から「中等度」になるまでの脳の障害は5%くらいで、残りの95%は正常です。
つまり、人と話をしながら考えたり、感じたことを伝えたり、その場の判断力などは保たれています。
ですから、何かを忘れたり、失敗したりすれば不安や焦りを感じますし、家族や友人など周りの人からその失敗をズケズケと指摘されれば、普通の人と同じように傷ついてしまうのです。
――私たちも仕事でミスをしたりすると、自信をなくしたり、プライドが傷ついたりしますが、同じような気持ちになっているということでしょうか。
その通りだと思います。
若い人はそういった失敗はたまのことですから、プライドを回復する期間が十分にあります。しかし、アルツハイマー病の場合、それが1週間に何回も起こり、本人がどれだけ頑張っても、物忘れが治ることはありません。
自分ではどうしようもないことを、周りからしょっちゅう指摘されたり叱られたりするとしたら、自信を失って落ち込むのが当然の反応です。
場合によっては自暴自棄になり、周りに反感を抱くこともあるでしょう。いずれにしても本人にとってこれほどつらいことはありません。
アルツハイマー病などの認知症になると、怒りっぽくなったり、疑い深くなったりするとも言われていますが、これは認知症本来の症状ではありません。
忘れてしまったことを指摘したり、あきれたりするような周りの反応と、それに対する本人の心理状態がもたらすのが、認知症で特に問題とされる「行動・心理症状(BPSD/Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)」というものなのです。
認知症の早期発見、
早期サポートで
「行動・心理症状(BPSD)」
を防ぐ
――親の物忘れが激しくなり、認知症かもしれないと思ったらどうしたらいいのでしょう。
認知症には本当の認知症のほかに、そっくりの状態として、数は少ないですが薬の投与などで「治る認知症」もあります。
また、高齢者に多いのが、病気で入院することなどで環境が変わり、認知症と同じような「せん妄」という状態になるケースです。
このような認知症の症状の原因を早期に突き止め、それに合う治療を行うためには、早期発見は大切です。
また、アルツハイマー病などの「治らない認知症」だったとしても、家族が早くそれと知って、認知症について理解することは大切です。
治そうとせず、物忘れなどが増えて傷ついている本人の心に寄り添い、生活をサポートすることで、行動・心理症状(BPSD)を未然に防ぐことにもつながるからです。
認知症の正確な診断をしてもらうためには、高齢者の認知症を多く診ている病院に行くことが大事です。
現在、認知症の専門医療機関である「認知症疾患医療センター」が全国に300カ所以上あります。また、「物忘れ外来」を設置する総合病院も増えています。
認知症の相談窓口を設けている都道府県や政令指定都市などもあるので問い合わせてもいいでしょう。
また、日本老年精神医学会や日本認知症学会のホームページにある「専門医情報」も参考になります。
なお、一般の精神科や神経外科、脳外科の場合、認知症の専門でない病院もあります。近くの病院を選んで行く場合は、事前に「高齢者の認知症を診ているか」問い合わせてから行くことをお勧めします。
物忘れなどを注意したりせず、さりげなく生活をサポートし、本人がこれまでどおり、生きがいや張り合いのある生活ができる環境を整えることが大切です。
――親が認知症になったら、どのように介護すればいいのでしょうか。
介護にあたって理解してほしいのは、今の医学ではアルツハイマー病の原因もはっきりせず、治すことはできないことです。
周りの人が間違いを注意することで症状が治ったり進行が止まったりすることはなく、本人の心を傷つけるだけです。
ですから、認知症の介護では、本人の物忘れやできなくなったことを注意・指摘しないことが鉄則です。
できなくなったことは周りがさりげなくサポートし、本人がこれまでどおり、生きがいや張り合いのある生活ができる環境を整えることが大切です。
例えば、料理ができなくなってきたら「手伝うよ」と言って一緒につくったり、買い物に行くときはメモをつくって一緒に行ったり、同じ話の繰り返しだとしても指摘せず聞いてあげるなど、本人に寄り添った生活ができれば一番だと思います。
しかし、家族にとっては、これまで本人がやっていた家事などをやらねばならず、本人のサポートにも時間を大きく割かれることになり、介護の負担が増えるのも確かです。
そこで、認知症と診断されたら、介護保険をいつでも利用できるよう介護申請をしておくことをお勧めします。
介護保険の利用だけでなく、介護のプロであるケアマネジャーさんと知り合い、何か困った事があったらすぐに相談できるようにしておけば心強いと思います。
また、本人や家族の状態によっては、早期から介護保険を使って、ヘルパーを利用したり、週に数回デイサービスなどを利用したりする方法もあります。
――これまで、認知症というと、介護の大変さばかりを気にしていましたが、認知症になって一番つらいのはご本人だということがよく分かりました。
認知症の人の数は2012年時点で462万人、2025年には約700万人前後(65歳以上の5人に1人)になるといわれています。
それだけ多くの人が、高齢になるにつれて認知症の症状が出るのであれば、それは特別な病気ではなく、老化現象の一形態とも言えます。
ですから、認知症を誰にも訪れる老化現象のひとつとして受け入れ、認知症の人に対しても「自分が言われたり、されたりして傷つくことはしない」という、普通の人間どうしの関係を保つことが大事だと思います。
<取材協力>
取材先名/日本医科大学
高齢者専門医 上田諭さん
日本医科大学精神神経科講師。
専門は、老年期精神医学、コンサルテーション・リエゾン精神医学、電気けいれん療法。日本医科大学付属病院「高齢者こころ外来」のほか、身体各科の入院病棟での精神症状に対する診療などを担当する。近著に『治さなくてよい認知症』(日本評論社)、『不幸な認知症、幸せな認知症』(マガジンハウス)などがある。