つづきです
松本さんに指定された場所は、ラジオ局。
何となく…
この件に関しては翔ちゃんを頼らず自分でやりたくて、悪戦苦闘しながら、使ったことのない地図アプリに住所を打ち込んだ。
え、この距離なら全然歩いていけるじゃん。
今まで、ラジオ局がどこにあるかなんて気にしたことも無かったから、新たな発見に嬉しくなった。
「よし、練習しておこう」
いつものように大福にリードを取り付ける。
途中どこかにポストがあるだろうと当たりをつけ、ハガキを持って家を出た。
普段の散歩コースとは違う道。
画面の矢印の進む方向へと歩くのだが、ここまできてやっと画面を拡大できることに気づく。
おれが向かっている先は、どうやら駅のようだ。
…ということは。
蕎麦屋の入っているビルの角を曲がると、数十メートル先に、見慣れたポストが口を開けて立っていた。そして、ゴール地点を示す旗は通りの向かい側。
え、待って。
ラジオ局ってあそこなの?!
確かによく見れば、一階部分はガラス張りになっていて、スタジオっぽい作りになっている。
「なんだ…そっか」
いつも通りポストにハガキを投函し、読まれますようにと手を合わせた。
数日後。
約束の時間が近づき、クローゼットを開けたおれはあることに気づき、ガックリと肩を落とした。
そこに並んでいるのはヨレヨレの服ばかり。
普段、作業する時はトレーナーとかスウェットとか、動きやすい服ばかり。おしゃれなんてする必要ないし。作品によっては絵の具とかで汚すこともあるしね。
…考えてみたら、服なんてここ何年も買った覚えがない。
しまった。
場所よりもこっちの心配をするべきだった。
どうしようかと部屋の中をウロウロと歩き回っていると、玄関でドアの開く音がした。
「智くん、今日…だよね。
本当に俺が行かなくて良いの?」
翔ちゃんはじっとおれの顔を見た。
いつも、仕事に関する契約とか細かい打ち合わせは翔くんがやってくれていたから、おれをひとりで行かせるのが心配なんだろう。でも。
「うん、今回はおれが自分で行く」
「そう。…で?その格好で行くつもり?」
「それが、その…服が無くて」
「…そんなことだろうと思ったよ」
はぁ、とため息をつきながら、持ってきた紙袋を差し出した。
「智くんのサイズだから、合うと思うよ。靴は玄関に置いたから」
「あ…あの、ありがとう」
「決まった内容は、すぐに俺に教えて」
…結局、翔ちゃんに頼っちゃったなぁ。
自分ひとりでは、打ち合わせに行くこと一つ 満足に出来ないことに気を落としながらも、迫っている時間に追われるようにバタバタと着替え、バッグを手に部屋を出た。
おれを待っていたのか、玄関では大福がちょこんと座っている。
「散歩じゃないんだ、ごめん」
不思議そうな顔でおれを見つめている
大福の頭をポンと撫で、家を出た。