つづきです
気がつけば、外はすっかり暗くなっていて。
鳴り響いたスマホの音に、予定していた打ち合わせ時間を大幅に過ぎていたことに気づいた。
「ごめんなさい、ちょっと失礼します」
慌てて上司からの電話に出れば、イラついた声で早く戻って来いと一方的に通話を切られた。
やばい。この後、接待という名の食事会が。
オレの様子を察したのか、大野さんは腰を上げて「すいません、帰ります」って。
ううん。謝るのはオレの方。
アナタと一緒に居るのが楽しくて、肝心なこと何も話せなかった。
だって…
必要な話が終われば、もう会うことは無くなってしまうじゃない。そうしたら、また窓からアナタの姿を眺めるだけの日々に戻ってしまう。
そんなことを頭の片隅でちらっと考えてしまったら、もう少し、あと少しこうしていたい…って。
完全にオレのせい。
ほんと、ごめんなさい。
「あの、二宮さんの時間のある時でいいんで、もう一回お会いできますか?」
「はい、もちろん!!次こそちゃんと打ち合わせしましょう!」
連絡先を交換しようとしたんだけれど、大野さんってば操作が分からないっぽい。スマホの画面を見つめたまま地蔵のように固まっているから、「ちょっと良いですか?」とスマホを借りて、自分の番号を登録した。
よろしくお願いします と
最初のメッセージを大野さんに送信すると、嬉しそうに笑った。
「あの、ひとつだけ確認なんだけど。
ステッカーのデザイン、おれにやらせてもらえる…のかな?」
…あ、そういえば。
一番肝心なことを言ってなかった。
「これまでの大野さんの作品は、こちらでも既に確認させてもらってます。受けて下さるなら嬉しいんですが…
でも、逆に良いんですか?正直、ギャラは多く出せないですけど」
顔を上げ、大野さん見ると、彼は驚いたように首を振った。
「ギャラなんて要らないです。おれがやりたくてお願いしてるんですから」
よろしくお願いします、と 差し出された手を
そっと握り返す。
わ。わわわ//////
オレの手をすっぽりと覆う、大きくて男っぽい大野さんの手。
それでいて、はにかんだように笑う大野さんが、とても可愛らしくて、そのギャップにクラクラしてきた。
ちょっと待って。なんかズルい。
自分ひとりが感情ジェットコースターに翻弄されていて悔しいから、精一杯の強がりをしてみせた。
「…妥協しないんで。良いもの作りましょう」
握手した手に力を込め
オレ的には、ビシっと決めたつもりだったんだけど…
暖房が20℃の 省エネ設定されたこの部屋の中
これだけ暑いということは、耳どころか顔まで真っ赤になっているはずで。
結局、恥ずかしくなったオレは
あはは、と笑ってその場を誤魔化した。
つづく
miu