つづきです









重い足を引き摺りながら家に戻ると、玄関に見覚えのある靴が几帳面に揃えられていた。

ため息をつきながら、リビングのドアを開ける。



「智くん、お帰り。これ次の仕事ね」


「翔ちゃん…」



…悪いけど、今はとても仕事なんてする気にならない。なれる訳がない。

俯き 黙っていると、翔ちゃんは「そうだよね。これは急ぎの仕事じゃ無いから、智くんの気持ちが落ち着いたらで良いよ」と、労わるようにそっと肩に手を置いた。



「じゃあ、また来るから」



見送りする気力もなく

ソファに座ったまま、目だけで翔ちゃんの背中を見送る。


どのくらいの時間そうしていたのか…

大福の寂しそうな鳴き声に、現実に引き戻された。

のろのろと立ち上がり、部屋を見渡すと

どこかに小さな違和感を覚えた。


…何だろう?

考えたが、まだ頭の中が混乱しているのか

その理由が分からない。

少し気分転換をした方が良さそうだ。



「ごめんな、大福。散歩いこうか」



おれはリードを繋ぎ、大福を連れて家を出た。



「わん、わん!」



慣れた散歩コースを逸れ、違う道へとおれを引っ張るように歩いていく大福。

そのいつもとは違う様子に、胸騒ぎがする。

おれの家からは少し離れたマンションのゴミ捨て場の前で、大福の足がピタリと止まった。

迷いなく近づくと、短い前足でカリカリと袋を引っ張り出そうとしている。



「ちょ…ダメだよ、大福!」



大福を抱き上げ、中途半端に引っ張り出されたゴミ袋を戻そうと手に取ると…


そこには、おれがニノのために用意した物と同じデザインの生活用品が、無残な形で捨てられていた。

黄色い箸や歯ブラシ、マグカップ…

そのどれもが、折られ、砕かれている。


…まさか。


ただの偶然だと思いたかったが…

おれは、先ほど感じた違和感の正体に気づいてしまった。


部屋に置いてあったはずの、これらが

その風景から消えていたように思えたからだ。



誰が?

何のために?



混乱しながらも、必死に考えを巡らせる。



さっきの翔ちゃんの言葉


"そうだよね。これは急ぎの仕事じゃ無いから、智くんの気持ちが落ち着いたらで良いよ"


まるで…

おれが、暫くは仕事が手に付かない状態だと知っているかのような発言。


ニノは先週まではラジオの生放送をしていた。

もし仮に…翔ちゃんが今日の放送を聴いて、パーソナリティが変わった事を知ったとしても、普通は休みくらいにしか思わないだろう。

ニノが辞めていた事実は、外部には漏れていないはずだ。


じゃあ、翔ちゃんは何であんな事を言った?


そして、おれの家に入って、これを持ち出せる人物は?


…いや、違う。違うよ。

おれの考えすぎだ。


自分が精神的に参っているから、偏った考えになってしまうんだろう。


これだって…きっと偶然だ。

たまたま似たデザインの物が捨てられていただけで、おれのじゃない。消えていたように思ったけど、帰って探せばちゃんと部屋の中にあるんだよ。


おれは、今来た道を

全速力で駆け戻った。




つづく




miu