つづきです
「うーん、どこだったかなぁ…」
結局、その日は思い出せないまま終わった。
せっかく来てもらったのに申し訳ないからと、晩ご飯をごちそうになり、そのまま泊めてもらうことに。
あらためて眺めてみれば、かなり大きな日本家屋。
驚いたことに、じいちゃんは海外にも家があるらしい。この数年は日本と海外を行ったり来たりしているとか。
…人は見かけによらないもんだ。
年齢もかなり離れているのだけど、なぜか波長が合うおれ達。
おれの描いたイラストにも興味を持ったらしく
ほぅ、とか ふむ、とか…
スケッチブックやポストカードを眺めて唸っていた。
じいちゃんの強い勧めもあり、ニノが見つかるまでこの家でお世話になることに。
少なくとも、ニノはここから遠くないところにいる可能性が高い。おれはじいちゃんの好意に、素直に甘えることにした。
すぐにでも再会出来るのでは と思っていたのだが、その後も予想に反して手がかりは見つからなかった。
テレビからは、クリスマスの予定を楽しそうに話す浮かれたカップル達の声が流れている。
そっか。
今日はクリスマスイブなんだ…
新聞の日付を見て、はぁとため息をつく。
折り込まれていたチラシの裏紙に、サンタクロースの格好をした魚人間のイラストを殴り描きしながら、じいちゃんを見上げた。
「なぁ、じいちゃん。まだ思い出さないの?」
「そう急かすなって。これでも必死に思い出そうとしとるんだ。年寄りは大事にせい。
……おお、こりゃあ斬新だな」
じいちゃんは、手元のチラシを覗き込んで、楽しそうに笑った。
「だって、もう一週間だよ?
じいちゃんが思い出せないなら、おれ…
別の場所を探しに行かなきゃ」
ニノを描いたスケッチブックを、もう一度じいちゃんの目の前に出す。
少し力が入ってしまったせいか、紙が歪み…
微笑んでいたニノの絵が、とても悲しげな表情に変わった。
その瞬間、じいちゃんの視線がぴたりと止まる。
「…その顔……
もしかして、佐藤くんじゃないか?!
何度かラパンで見かけた」
「…佐藤?」
名前が違うことに引っかかったが、それよりも。
「それはどこ?!教えてくれ」
店の場所を教えてもらったおれは、居ても立っても居られず、じいちゃんの家を飛び出した。
…と、勢いよく飛び出したまでは良かったのだが、残念ながら土地勘がない。慌ててスマホを開き、地図を表示しても距離感が分からなくて…
「…ごめん、じいちゃん。連れてってもらえる?」
結局、じいちゃんの家に戻ることになった。
家からその店までは、意外と距離があったようだ。大通りまで出ると、じいちゃんはタクシーを拾った。
タクシーの中で、その店の話を聞く。
じいちゃんは、数年前に友人の紹介で"ラパン"というバーを知ったらしい。
落ち着いた雰囲気と、極上の酒
そして朗らかな店主の人柄に
じいちゃんは、その店を甚く気に入ったという。
そこは、ずっと若いバーテンがひとりで店を経営していたのだが、数ヶ月ほど前からもうひとり見かけるようになり、声をかけた。
「相葉さんの弟子かい?名前は?」と聞くと、その男は佐藤と名乗り「いえ、オレはただの手伝いですから」と下を向いた。
「…なかなか思い出せなかったのは、その絵のような笑った顔を見たことが無かったからかもしれないなぁ」
「え……」
その言葉を聞いて、胸の奥が締め付けられるように痛んだ。
つづく
miu