「やめときます」



頭の後ろから聞こえた声に、浮かれた気持ちごと心臓までもビタリと止められた気がした。



スローモーションみたいに振り返る私の視線を避けるように、秋斉さんはあさっての方向に目をやった。その口元は閉じた扇子で隠れてしまうほど、表情を持たずに小さく結ばれている。




「ど…どうしてですか? その…一緒に、お出かけしようって…」



言ってくれたから。

私すごくすごく楽しみにしてたんです。

この仮装だって、古物市で吟味した材料で、お座敷の後に少しずつ…ちくちくって…。



そんな思いをストレートに伝えてもいいものか、躊躇ってしまうような。

そんな相手に恋をするなんて、不毛でしかないんだろうか。



「……」

「……」



結局言い淀んだまま、そこから先は一言も出せなかった。なにか、私の知らない大事な事情があるんだろう。




今や島原で定着しつつあるハロウィンのお祭り。仮装をした人達が持つ灯りが、賑やかに障子を照らして、過ぎていく。その光の動きを見送ったところで、秋斉さんと視線がぶつかった。



「…祭り、楽しみにしてはったやろ?」



「いえ、あの…。来年はどんな格好をしようか、今から楽しみです」



複雑そうな表情で聞いてくれるから、いつもより明るく笑って答えた。



秋斉さんは薄く笑って、私の頬にかかる前髪を指先でなぞる。



「…不器用やな」



「か…髪型ですか?」



含みのある声だった。

さっきの笑顔のことだと見当がつくけれど、認めると泣いてしまいそうで話を逸らした。



「いんや、わてのこと」



「…え…?」



見上げると一瞬瞳が揺らいで、髪に触れていた手はするりと背中に降りてきた。



「…連れていきとうない」



きゅっと締め付けるように閉じ込められて、甘い苦しさの中でもう一度尋ねてみる。



「…どうして…?」



「島原の男達に見せとうない」



「ここには、きれいなひとがいっぱい居るから…。だれも私なんて、見ませ…」



「やかまし」




ピシャリと遮られても、今夜の秋斉さんに迫力なんてなくて。愛しさでじわじわと込み上げる笑いを、こらえようとすればするほど肩が震えて怒られる。



「秋斉さん…どうしよう。なんだか…駄々っ子みたいで、私すごく…嬉しい…」



不馴れな甘い熱に浮かされて、添削前の本音をついこぼしてしまった。紅い目のドラキュラに、首筋へお仕置きされるとも知らずに。




                                                                             /終