2月2日の知多市南東縦断ウォーキングで立ち寄った日長神社
今日は詳しくご紹介します!
出来れば一つ前のブログ記事`知多市南東縦断ウォーキングと合わせて見てもらいたいです😆
郷社 日長神社
知多市日長字森下に鎮座している。
知多市日長字森下に鎮座している。
集落の入口に位置する
一ノ鳥居大正3年造
明治33年5月造
大正7年11月造
素晴らしい😆
日本武尊・日長命・倉稲魂命
他に七つの神様が合祀されてます😆
山神社や神明社も祀られてました。
この奥に「磐境」であったと伝われている岩石(磐)をご覧いただけます。
「磐境」とは
社殿を建てて神を祭るといった風習がなかった古い時代に
「祭りのため臨時に設けられた小規模な石囲いの祭場施設」
と伝われています。
と書かれています。
残念ながらその磐境は撮れませんでした。
*境内の史実より
日長神社祭神
日本武尊•日長命•倉稲魂命
合祀されている末社
神明社、八幡社、崇祖社、風宮社、恵比寿社、八剣社、山神社、天満社、金毘羅社
創立年月日は不明。
日本武尊はこの地に立ち寄られたご縁により、日長命はこの地方を開拓された神として、倉稲魂命は農業や諸産業の発展と守護の神としてお祭り申し上げている。
残念ながらその磐境は撮れませんでした。
*境内の史実より
日長神社祭神
日本武尊•日長命•倉稲魂命
合祀されている末社
神明社、八幡社、崇祖社、風宮社、恵比寿社、八剣社、山神社、天満社、金毘羅社
創立年月日は不明。
日本武尊はこの地に立ち寄られたご縁により、日長命はこの地方を開拓された神として、倉稲魂命は農業や諸産業の発展と守護の神としてお祭り申し上げている。
古代には箸賀郷(知多西北海岸地方と伝われている)の総社として崇敬された。
後鳥羽天皇文治年中(約800年前)に従二位日永天神を賜る。
近世には日長七村(森村、鍛冶屋村、松原村、大草村、羽根村、岡田村)の総社として崇敬された。
良いお詣りでした😆