アロハ。
発達障害なのか、文化の違いなのか、私が生まれた時代がちょっとずれているのか、もう人間の価値観なんてしょっちゅうずれたり、無理があったりするものなのかと思っている、51歳、大人になるまで発達障害気づかずにここまで来てしまいました。
昨日は、保険会社のケースマネージャーのエディーさんが家までやってきました。
救急患者で精神病棟に運ばれた人はこうして、ケースマネージャーがそのあとフォローアップするんだと。
何をしてくれるのかは、皆んなそれぞれで、今までどれだけ保険払ったとか、夫の収入とか色々あるらしいですね。
ま。いずにせよ、今まで自分の障害があって辛くてなかなか仕事できなかったという事実が、公明正大に病名つけてもらえうrなんて、ありがたいことです。少なくても、やったらできるから、何とか頑張ろう!なんていう、恐ろしい世界からは少しは保護された気分ですが、世の中はそれでも、発達障害がなんなのか、また、知ったところで大目に見てくれるというわけではないののも現実。
手が一本なければ、大変ですね。と言ってもらい、障害者として扱われるがそれなりに人間的な存在感もある。
しかし、発達障害者はそうはいきません。
普通に見えます。
だから、努力する。のが当たり前になります。
でもやればやるほど、みんなと差が開いていくことがあまりにも人生にたくさんある。という現状を抱えながら、日常を劣等感をぬいぐるみのように、着込んで生活しているのです。
そんな現状から何とか、脱出したい思いでピアノを弾きます。
歌います。
子供やお年寄りに音楽をシェアします。
それが今私にできることだと信じてます。
でもこの物価の高いハワイで夫と二人どうやって生きていくかな。。。
心配しててもしょうがないから、とにかくできることして稼いでみようというプロジェクトに踏み出しました。
つまり発達障害とわかったからには、発達障害の特性を生かして音楽にどっぷりエネルギーを費やして、そに結果お金がどのようについてきてくれるか、一か八かの心境でございます。
さ!今日も私の音声ブログのユーチューブ練習段階ですがあげて見ました。
ではまた。お楽しみくださいませ。
マハロ
お典