桜が咲いて今日は少し散ってた。
今年の桜は、あんまり悲しくない、どちらかと言えば希望。
私事ですが、
去年の今頃、スーツを着て入学をした看護学校を辞めてきました。
ライブハウス関係者にも、お客さんにも、普段は学生さん?って聞かれたら、看護学生って答えていたので知ってる人がたくさんいて、黙って、いつか分かるのも嫌だなと思ったので、4/1。私事すぎるこんなことをブログでお知らせさせていただきました。
理由はたくさんあって、全然泣かずにポンと決めたわけじゃなくて。
うまくいかないことが多かったり、
寝られない日々と出来損ないの自分が嫌になって
そんなの全然わたしだけじゃないけど、私は私が辛かった。私は自分の人生を傍観してる私が嫌だった。ごめんね。辛いのは私だけじゃないのはわかってて、わかってたんです。
でも、記憶に鮮明なわけじゃないけど、夜中、寒い部屋の中で死にかけました。死のうかなと思いました。死ねなかったけどね。あ、死ぬって難しくないのかもしれないと思いました。
でもなぜか生きててよかった。
私もあなたも、明日生きている保証はなくて、明日生きてても、心を殺して生きてたらそれは生きてるには私の中では入らなくて、って考えて、今19歳の頭で考えて、私は看護学生をやめました。
心を殺してって簡単だけど、死ぬのも難しくないけど、たまらなく悲しい。ちゃんと悲しいって感情を残したまま逃げ出せてよかった。感情を持ったまま生きる道を選べてよかった。逃げたわけじゃないかもしれない。
音楽がなかったら辞められなかったんじゃない?逃げてるんじゃない?って言われて、ずっと考えました。
でもそうじゃなかった。
音楽がなくても私はきっとあの教室を今日で出てたと思う。
ただ、不安は今の倍で、楽しみは今の半分だったと思う。
そこは事実なんだよなぁ、音楽が私を生かしているのが、嬉しくて、苦しくて、幸せです。
大人から見たら、きっと甘えたなんだろうな。
でもそうじゃないこと、ちゃんと違う私が、未来の私が証明してくれるように、私は生きますね。
本当に生きててよかった。ちゃんとここにいる。
絶対、後悔する。
絶対、苦労もする。
絶対、責める。
そんなことわかってるんだよなぁ。
でも
最後にこれでよかったねって、よく頑張ったね、ちゃんと選べたねって、言えるように、幸せだっねって、言えるように、
私は
フリーターじゃなくて
看護学校中退者じゃなくて
ミュージシャンになりたい。
最後まで読んでくれてありがとう。
これからも隔たりと、吐露。を、あすなを、よろしくお願いします。
よく頑張りました、でもこれから。これからだ。
隔たりと、吐露。(あすな)
隔たりは、一歳になりました。