「封印された髙橋洋一証言」

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佐藤優「深層レポート」「封印された髙橋洋一証言」(※『現代プレミア』より)


髙橋洋一は、官僚たちを本気で怒らせてしまった。
「埋蔵金」を暴いたことがその理由ではない。
霞が関のエリートたちが絶対に許すことのできない
「真のタブー」に触れてしまったのだ――。
私は、直接聞いた彼の証言を伝えようと思う。
“唐突な犯罪”によって彼の口を封じてはならない。


 髙橋洋一氏(元内閣参事官、東洋大学教授)が、窃盗で書類送検されたという話を筆者は田原総一朗氏から聞いた。
 3月30日の午後5時45分頃のことだ。その日、内幸町ホール(東京都千代田区)で行われた「『月刊現代』休刊とジャーナリズムの未来を考えるシンポジウム」のために筆者が楽屋に入るなり田原氏からこう話しかけられた。
「佐藤さん、髙橋洋一さんがたいへんなことになったよ。盗みで書類送検されたということだ」
「エッ、盗みですか。逮捕されたんですか」
「逮捕はされていないみたいだ。高級時計とカネを盗んだという話だ」
「…………」
 その話を聞いた瞬間、3月3日、講談社で髙橋氏と対談したときの記憶が鮮明に甦ってきた。髙橋氏は、「財務省からにらまれているから、これから何があるかわからない。国税(国税庁)が査察に入ってくるかもしれない。身辺についてはいつも用心しているのです」と言っていた。いったい髙橋氏に何があったのだろうか。
 報道をまとめると以下のような姿になる。
 3月24日に、髙橋洋一氏は、東京都練馬区の温泉施設で、鍵のかかっていないロッカーからブルガリの高級腕時計(数十万円相当)と5万円入りの財布を盗んだということだ。「霞が関すべてを敵に回した男」あるいは「霞が関の埋蔵金を白日の下に晒した男」として知られ、そしてまた小泉構造改革を進めた竹中平蔵氏(金融担当大臣、総務大臣を歴任)の知恵袋として活躍した髙橋氏の・唐突な犯罪・、しかも脱税や横領のような知能犯ではなく、窃盗という破廉恥犯として摘発されたことには違和感がつきまとう。
 髙橋氏自身が窃盗の事実を認めているとの報道がある一方、事件後、髙橋氏は世間を避け、口を閉ざしてしまったので真相はわからない。
 だが、ひとつだけはっきりしていることがある。この事件によって髙橋洋一氏の信用は崩れ落ち、その発言が封じ込められたということだ。

伝える責任
 3月3日、筆者はこのムックの企画で髙橋氏と初めて会った。3時間にわたって、官僚や国家について語り合っていた。ひとことで言うと、髙橋氏は、学校秀才とは異なる天才肌の男だ。まず結論が直観的に見える。そして、直観的につかんだ真理を誰にでもわかるように論理的に筋道立てて説明する能力がある。数学者や哲学者としての資質をもっている人だ。筆者は髙橋氏のような人物の目から霞が関の「官僚動物園」がどのように見えたかについて、聴取したいという欲望を抑えられなくなった。そこで、このムックの対談とは別に、あと2~3回、対論を重ね、官僚論に関する共著を作ろうと考え、髙橋氏からも了解をいただいた。
 ところが事件発覚後、髙橋氏から「企画はなかったことにしてほしい」との連絡がきた。理由の説明はなかったが、当然、事件が影響している。しかし、3月3日の対論と今回の事件は何の関係もない。そもそも、今回の事件と、髙橋氏が小泉政権下で行った新自由主義的改革(髙橋氏は、自らを新自由主義者と考えていないが、第三者的に見て同氏の政策を新自由主義と特徴づけることは間違っていないと思う)、また霞が関の「埋蔵金」発掘は、まったく別の問題だ。
 髙橋氏が自己規制の形で発言を封印しようとしていることはよくないと思った。
 読者には御案内の通り、筆者自身が、「鬼の特捜」(東京地方検察庁特別捜査部)によって、逮捕、起訴された刑事被告人なので、同じような境遇に置かれた髙橋氏が当面は静かに過ごさせてほしいと考える気持ちもわかる。だがそれでは、髙橋氏の「口封じ」をしたいと思っている勢力の思うツボだ。それから、3月3日の対論はオンレコで、読者に伝えることを前提に聞いた話である。面白い内容がある。聞いてしまった以上、言論界で飯を食っている筆者としては、職業的良心として、髙橋氏とのやりとりを読者に伝える責任があると思う。髙橋氏の心情も理解できるが、やはり国民の知る権利がそれに優先する。それに中長期的には、この対論の内容を明らかにしておいたほうが髙橋氏の利益にもかなうと筆者は思う。そうした考えをメールで伝えたところ、佐藤優の責任において髙橋氏の言葉を読者に伝えることに対しては、承諾するという回答が戻ってきた。以下、速記録を元に、髙橋氏の発言を紹介しながら、現下日本の官僚が抱える宿痾{しゅくあ}について、読者とともに考えていきたい。


言ってはいけない本当のこと
 対論は、次のような軽いジャブの応酬から始まった。

***

佐藤 霞が関界隈に“髙橋洋一という妖怪”が徘徊している。官僚にとって髙橋さんは、マルクス=エンゲルスの「共産党宣言」に書いてある・共産主義という妖怪・のような存在になっていますね。仲が悪いはずの外務省、財務省、経済産業省が、髙橋洋一という妖怪を打倒するために神聖同盟を結んでいる(笑)。ぜひ一度お会いしてみたいと思っていたんです。
髙橋 光栄です。でも、佐藤優こそ本物の妖怪じゃないですか(笑)。
佐藤 『さらば財務省!』(講談社)も強烈でしたが、『霞が関埋蔵金男が明かす「お国の経済」』(文春新書)は爆弾本ですよ。霞が関の連中は、髙橋のヤツ、政治家とつるんで陰謀を企んでやがると思ってますよ。
髙橋 陰謀なんて、やってないんだよ(笑)。特別会計の準備金として隠されていたおカネ(いわゆる「埋蔵金」)の舞台裏を暴いたのは確かだけど……。
佐藤 でも、魔女裁判と一緒で、本当に何も悪いことをしていない人も、何か企んでいる人も、裁く側の答えは
「悪いことをやっている」しかありえない。
髙橋 「やっていない」と言っても、意味がないわけね。

***

 今回の窃盗事件についても、魔女裁判と同じような状況に髙橋氏が追い込まれてしまったという印象を筆者は拭い去れないのである。表面上の窃盗だけではない、何か髙橋氏が恐れていることが隠されているように思えて仕方ないのだ。髙橋氏は、本当に官僚たちを怒らせてしまった。筆者は、「埋蔵金」を暴いたことが霞が関を怒らせた本当の理由ではないと分析している。
「公務員の天下りや渡りはけしからん」、「役人は威張っている」とかいう官僚批判を彼らは屁とも思わない。このような批判について、官僚たちは「われわれの力量が評価されているから、やっかみ半分の批判をされる」ぐらいにしか考えていないからだ。子供のころから成績優秀で褒められるのが当たり前と思っている連中なので、威張っていると言われても痛くもかゆくもない。ところが髙橋洋一という人物は、本質が見えるが故に、よくある官僚批判から一歩進んで、霞が関の本当のタブーに触れてしまった。

***

佐藤 髙橋さんが埋蔵金問題で明らかにしてしまったのは、「霞が関官僚たちはどうも数学に弱いのではないか」「実は偏微分になると全然理解できない」……そういう事実なんですよ。つまり、官僚の「能力問題」を初めて指摘したわけです。キャリア官僚の学力に初めて疑問符をつけた(笑)。「ボクたち一度もバカなんて言われたことないのに、髙橋のやつがバカだと言っている」。これで完全に高級官僚の逆鱗に触れてしまいましたね。
髙橋 東京大学法学部を卒業したキャリアたちは秀才だと思われていますけれども、実は計数には弱いんですよ。彼らの知識や理論は学者からの受け売りがほとんどで、聞きかじり程度です。知ってはいても本当には理解していない。私はそういう事実を指摘しただけなんですが、財務省で実際に体験した話を具体的に紹介したから反発を買っちゃったようですね。財務省は霞が関の一番上に立っていますから。
佐藤 本当のことを言ってはいけないのです。トップに君臨する財務官僚が、数学ならまだしも、算数の能力すら怪しいという話ですからね。文系と理系の棲み分けがあって、偏微分になると「文系だからそこまでは勉強していない」で許される。でも埋蔵金話は、どんなに難しいかと思ったら、特別会計のバランスシートを見て、足し合わせてみれば誰にでもわかるレベルの問題だった。これは加減乗除の世界ですよね。要するに、足し算引き算の世界でも能力問題があるということを髙橋さんは指摘してしまった。財務官僚からすれば許せないわけです。
髙橋 私は財務省でALMのシステム(Asset Liability Management=資産と負債を総合的に管理し、それによって金利変動や為替相場の変動などの市場リスクと流動性リスクを管理する技法)をつくった。資産と負債の変化に対して、金利リスクを考えながら資産運用を数理的に決定していく手法です。高度な数学を使うから東大法出身の財務官僚はほとんど理解できない。いわゆる偏微分の世界ですから、これに対しては確かに反発はなかったんです。でも、佐藤さんがおっしゃるように足し算引き算の世界で問題があるということを言い出したら、とたんにものすごい反発が出てきた。
佐藤 微積分あるいは、線形代数がわからないと指摘しても、まだそこは目をつぶってくれる。ところが、ついに四則演算の世界になっちゃったから。
髙橋 ほんとに足し算だけです。掛け算と割り算も使ってない(笑)。
佐藤 四則演算に問題ありと指摘したところで、霞が関官僚は「髙橋洋一は絶対に許さないぞ」と激怒したわけだ。
髙橋 そうそう。財務省にいる私の友人が本当にそう言ってました。

 結論が見えてしまうタイプ
 前にも述べたが、髙橋氏は、学校秀才ではなく、数学や哲学の畑にときどき出現する天才肌の人物なのである。結論が直観的に見えてしまうタイプなのだ。だから官僚たちの本当の能力や限界もよくわかるし、その真実をオブラートに包まずに語ってしまう。こういう人は本来、官僚になってはいけないのだ。官僚には天賦の才は必要ない。努力で、そのポストにつけば誰でも代替可能であることが官僚の条件だ。数学的才能と官僚仕事は本質的に相性がよくない。髙橋氏は東京大学理学部数学科を卒業した後、経済学部に入り直してから旧大蔵省に入った変わり種だ。髙橋氏によれば、数学については、子供のときから教わらなくてもわかったという。髙橋氏はこう言っていた。
「中学生のとき、ある人に『君、これ読んでみなさい』と勧められて読んだのが高木貞治の『解析概論』でした。読んでみると、数式がまるで普通の文章のように読めた。人間には・数感・とでも呼べる感覚があると思う。五感の一種のようなもので、知覚とかと同じように感覚のひとつとして」
 筆者は、ようやく最近になって高木の『解析概論』をノートをとって読み終えた。順を追っていけば理解できない本ではないが、読み終えるのに時間がかかる。髙橋氏は、順を追うのではなく『解析概論』をぺらぺらとめくるだけで、証明の道筋がすぐにわかったということだ。やはり中学生のとき、髙橋氏は中学校の教師から大学レベルの『数学概論』の教科書を渡されたが、その内容もさほど苦労することなく理解できたという。高校は都立小石川高校だったが、数学の授業は免除。外国ならば飛び級も可能だが、高校の3年間を無為に過ごしたという思いがあると髙橋氏が悔しそうに述べていたことが筆者の印象に残っている。そして、髙橋氏は、
「だから、大学に入ってようやく数学ができるようになったときは嬉しかったですよ。大学の4年間は数学ばっかり。卒論は『フェルマーの最終定理』です。1994年に米プリンストン大学のアンドリュー・ワイルズという数学者が約350年ぶりに解いたことで有名になりました。私が解いたのは最終定理の一部分だけですが、自分としては結構高揚した。プリンストン大学でワイルズさんと話したことがあるのですが、フェルマーの最終定理にトライしていたといったら少し驚いていましたね。というのも、この分野をやっている数学者は世界でおそらく10人もいない。わずか10人だけが同じ言語をしゃべっている世界なんですよ」
 と言っていた。
 官僚の世界では、「ポストが人をつくる」という。難しい採用試験に合格した官僚ならば、どのようなポストを命じられても職責をまっとうできるという建前だ。恐らくこの建前は官僚業務の98%については妥当する。しかし、残りの2%については、余人をもって代え難い職人としての才能と技能をもった専門家が必要とされる領域がある。外務省の場合ならば通訳だ。これは努力すれば誰でも語学が上達するということではなく、もって生まれた才能の要素がある。プロの通訳の世界で、英語でも仕事が集中するのは上位20名くらいと思う。ドイツ語、ロシア語、フランス語、中国語などでも仕事が集中するのは上位10名くらいだ。バイリンガルだからといって通訳ができるわけではない。話題になるテーマを理解する基礎的な教養、反射神経、記憶力などは努力で向上させるにはどうしても限界がある。
 数学を「ホームグラウンド」とする髙橋氏の「結論が先に見える」という知の形が、ある時期から霞が関の官僚文化と摩擦を起こしてしまったのだ。髙橋氏は、自発的に財務省を去ったと自分では思っている。しかし、そうではないだろう。霞が関との文化摩擦の結果、恐ろしい事態に巻き込まれるのではないかと直感し、髙橋氏は財務省を去ったのだと筆者は見ている。


誰が中川失脚を仕掛けたか
 髙橋氏の窃盗事件に関しても、情報の流れについて注意深く観察すれば、官僚の作為が浮き彫りになる。事件について、報じられている事実経過は冒頭で触れたとおりだ。当初、表に出ていなかった情報が、なぜ犯行から6日後に外部に出たのか。
 筆者が信頼する社会部記者から聞いたところでは、3月30日に検察から一斉にリークがなされた。もちろん髙橋氏の信用失墜につながるこの情報を財務省も歓迎した。窃盗事件の事実関係と別に、情報の流れだけに注目していると作為が見えてくる。髙橋氏は、窃盗の現行犯もしくは準現行犯として、任意で警察官に同行したようである。そして、容疑を認めることと引き替えに、本件を警察がマスメディアに公表しないという約束を取り付けたのだと筆者は推定している。警察はその約束を守った。しかし、書類送検された瞬間にその情報を検察が流したのだと推定される。インテリジェンスのプロの目から見て、情報の流れが尋常ではないということは断言できる。何らかの意思が働いていることが推察される。
 そこで思い至るのが、対話の中で髙橋氏が語っていた、中川昭一前財務大臣の朦朧{もうろう}会見による失脚劇である。髙橋氏は、財務省による「仕掛け」だったとの見立てをしていた。あの会見について意見を求められた私が、「外務省が・不作為・によって大臣を陥れたんでしょう。あんな状態の大臣を普通なら会見には出さない。羽交い締めにしてでも出席させないですよ」と言ったのに対し、髙橋氏はかなり強い調子で次のように語った。
「でもアテンドで中川さんについていたのは全員が財務省の役人だったんですよ。一緒にいた玉木林太郎国際局長は中川さんと麻布中学・高校の同級生。普通はG7(先進7ヵ国財務相・中央銀行総裁会議)に国際局長は絶対行かない。異例の同行です。しかも彼は中川さんと一緒にずっと酒を飲んでいた。あまりにも不自然ですよ」
 一般には知られていないが、当時、大型補正予算の財源を巡って財務省と麻生官邸が水面下でバトルを繰り広げていた。財務省の思惑に反する政府紙幣の発行に傾いた麻生首相に対する警告として、首相側近だった中川財務相に失態を演じさせた、というのが髙橋氏の見立てであると筆者は受けとめた。
 しかも財務省は、自分たちと一心同体の与謝野馨経済財政政策担当相を、ポスト麻生の本命として財務大臣に据えることにも成功した。「いかにも財務省がやりそうなこと」と髙橋氏が知人に語っていたとも聞いている。恐らく、財務官僚も外務官僚と同じくらい恐ろしいことをやる人たちなのだ。さらに髙橋氏はこんな疑問も口にした。

***

髙橋 もうひとつ不自然なのが(ローマに行くにあたって中川氏が用いた)チャーター機。会議の時間に絶対に間に合わないという特別な事情もないのに、定期便が飛んでいる時間帯にわざわざチャーター機を出している。
佐藤 チャーター機は値段があってないようなものです。だから、外務省がチャーター機を使うのはカネを抜くとき。あるいは禁制品を運ぶときです。
髙橋 どうして4100万円もかけてローマまでチャーター機を飛ばしたのか、謎ですね。

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 筆者が鈴木宗男衆議院議員から直接聞いた話であるが、「飛行機のチャーター代はあってなきものだ。政府専用機ができる前にチャーター便の運航で、外務省は相当、裏金をつくっていたはずだ」ということだ。
 ちなみに、外務省の・不作為・について、筆者なりの見方を示しておこう。人間関係から見ると、外務省のなかで中川氏と非常に親しいのは官房長の河相周夫氏だ。だが私が見るところ、この河相官房長は、ずる賢いので敵が多い。河相官房長とイタリア大使の安藤裕康氏との関係も決してよいとはいえない。バチカン見学にはイタリア大使館の職員がついて行ったのに、中川氏は非常ベルを鳴らすような問題行動を起こしたという。イタリア大使館が、中川氏にとって、悪いほうへ、悪いほうへと転がるように、不作為を繰り返したように筆者には思えてならない。
 また、対中強硬派である中川氏が失脚すると得をする外務官僚がいることも確かだ。そして官僚というのは、にわかには信じられないかもしれないが、自分たちの利益のためにならないと考えれば、大臣の失脚を謀{はか}ることなど平気だ。外務官僚が国会議員をはめるからくりについて筆者はフィクションの形をあえてとって『外務省ハレンチ物語』(徳間書店)で明らかにしておいたので、関心をもたれる読者は是非目を通していただきたい。日本国家のためには、政治家よりも優秀な自分たちこそが生き残るべきだと考え、自分たちの行動のほうが正しいとひとりよがりの信仰をもっている官僚はかなり多い。


弱みの握り方
『外務省ハレンチ物語』に書いた国会議員に対するアテンドについて筆者が説明し、外務官僚がどれほど「怖いこと」に手を染めているかを話題にしたときのことだ。髙橋氏が、ちょっと驚きの証言をした。「実は私にもその種の経験がある」と語ったのだ。その経験とは、海外での「アテンド」。外務省の職員は政治家や他省庁の幹部などを、海外で接遇する機会が多い。そしてそれは、弱みを握る大いなるチャンスなのである。

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佐藤 そのアテンドがくせもので、いかがわしい場所に連れて行ったりする。それで翌日、「先生、昨夜はハッスルされましたねえ」と意味ありげに微笑むわけです。政治家や他省庁の連中をどこに連れて行ったかという、A4判の便宜供与報告書があって、大臣官房総務課がそれを一括管理してます。もちろん財務省の役人のもありますよ。
髙橋 そうやって情報を「握る」わけね。実は、私も似たような仕事をしていた時期がある。審議会の委員をしている学者やメディアの記者を海外に連れて行くと、たいていハメを外して、弱みを握れるんですよ。
佐藤 ハメを外すんじゃなくて、外させるんです、仕事だから。怖いですよぅ(笑)。ところで、財務省はどんなメディア対策をとっているんですか。
髙橋 財務省の連中は、マスコミは全部飼いならせると考えているでしょうね。外交もそうかもしれないけど、マスコミの人は専門知識がない。そこに付け入る余地があって、コントロールできるという自信がある。
佐藤 つまり、情報をエサにするわけですね。在外公館にいると、ときどき本省から政局動向レポートが回ってくる。これ実は外務省が外務省担当の記者に書かせていて、裏金から30万円ぐらい払っていると聞きました。これを一回やってしまった記者は黒い友情から抜け出せなくなる。財務省と比べると、汚いオペレーションでマスコミを巻き込むのが外務省です。私がロシア大使館時代にやったのは偽造領収書の作成。大使館のゴム印を押すんですけど、これは登録されている公印ではなく、悪事に使うためのものなんです。このゴム印を大使館のレターヘッドが入った領収書に押して、取材でやってきた記者の連中に渡すんです。
髙橋 金額が自由に書き込める白紙の領収書ですね。
佐藤 こんな話もあります。あるロシアスクールの先輩が記者と一緒に韓国に行ったとき、女性がニワトリの卵を産むショーをやっている、かなりいかがわしいクラブに案内した。そこでみんなで記念撮影をする。先輩曰く、「その写真が役に立つ」と。写真を撮られたことが、記者にとっては弱みになるわけです。やはり外務省はまともな組織じゃないですよね。
髙橋 外務省は特におカネが使える役所だからね。
佐藤 人間を根源的に信用していないから、「暴力装置的なもので脅し上げるしかない」という発想がありますね、あの人たちには。
髙橋 暴力装置と言えば、財務省の場合は税金ですね。最後の最後には税金で脅し上げる。税金にはみんな弱くて、そこを握ればゲームオーバーですよ。脱税事件は国税、地検、警察が一体になってやりますから、戦っても勝ち目はない。どんな政治家でもやられる。外務省は下半身の証拠を握るのかもしれないけど、財務省は税金で押さえちゃうわけです。私も財務省批判をしているから、親類縁者までみんな厳しくチェックされて結構大変ですよ。

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 この最後の発言は重要だ。髙橋氏は、自分がどう見られているかをよくわかっていたし、身辺についても十二分に注意していた。自分が所属していた官僚組織の怖さを身をもって知っていた。これほど慎重な髙橋氏が、窃盗事件をなぜ起こしたのか。筆者にはその動機がどうしても腹にストンと落ちないのである。

外務省のタブー 
 既に述べたように、髙橋氏は埋蔵金を表に出すことによって、結果的に財務官僚の能力問題に疑問を投げかけた。これが財務省にとって本当のタブーだった。実は外務省にも、絶対に触れてほしくないタブーがいくつかある。能力については、外務官僚の語学力が低いということだ。それとは別に外務官僚だけがもつ「第二給与(在外手当)」の問題だ。これが外務官僚の巨額蓄財の原資になっている。

***

佐藤 外務省の本俸は、他の役所と同様に人事院が決めています。でも在外手当は人事院ではないんですよ。
髙橋 ああ、在外公館の給与の話ね。
佐藤 いくら出すかは外務人事審議会が決めている。外務公務員法に基づいて設置されている審議会で、独立した機関という建前だけど、以前は外務省の事務次官経験者もメンバーだった。世間の目が厳しくなったのでいまは入れていませんが、依然として外務省が選んだ内輪の関係者だけでやっている。完全なお手盛りで、外務官僚の第二給与になっています。たとえばロシア大使館の50歳の公使の1ヵ月の在外手当はいくらだと思います? ちなみに統計上ではロシアの給与所得者の1ヵ月の平均給与は3万円ぐらいです。
髙橋 ちょっと想像がつかないな。
佐藤 配偶者手当などを含めれば月80万円になります。
髙橋 年間1000万円くらいか。
佐藤 ただし、これとは別に住居手当が毎月100万円程度つく。こうした手当の金額を決める基礎データは何かといったら、在外公館が送ってくる資料だけなんです。これもお手盛り。
髙橋 財務省も在外公館ではいいポストをもらっているから、在外公館に行くと金持ちになって戻ってくる(笑)。
佐藤 そうでしょう。何しろ在外手当は経費にもかかわらず精算しなくていい。だから、残ったカネを持ち帰ってくる。
髙橋 たしか所得税法から外れていて、課税されない。私は在外公館勤務の経験はないけど、オイシイという話はよく聞くね。しかも在外公館で真面目に仕事をしている人は少ないでしょう。現地の情報収集や分析で、主要省庁は在外公館を頼りませんよ。たいていの役所には海外留学組がいるから、言葉もできる。財務省は海外との交渉に外務省が入ってくるのはむしろ鬱陶しいという感じだし、経産省だってJETRO(日本貿易振興機構)を使ってやっている。

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外務省が強調する外交一元化が実質的に崩れていることは、髙橋氏の指摘を待つまでもなく、公然の秘密だ。


官僚たちの「おらが春」
 さて、率直に言うと、筆者は、髙橋氏が竹中平蔵氏を支えて進めてきた新自由主義的経済政策には強い疑念をもっている。新自由主義、市場原理主義など表現は違っていても、要は純粋な資本主義により、資本の自己増殖の歯止めがきかなくなり、それが2008年9月のリーマン・ブラザーズの破綻に行き着いて、未曾有の不況と絶対的貧困を生んだと考えるからだ。その点について、単刀直入に尋ねてみた。

***

佐藤 ところで、髙橋さんはサブプライム問題以降の金融危機をどう見ますか。政府による救済とか、企業の国有化など、マーケット至上主義とは正反対の動きになっていますね。
髙橋 ぼくは新自由主義者と言われるんですけど、そうじゃないですよ。イデオロギーは全然なくて、すごくテクニカルな人間なんです。何かの症状が出たとき、それを分析して症状を和らげるにはどうすべきかという処方箋を書くのが専門家の役割だと思っています。新自由主義者だろうと誰だろうと、目の前に死にそうな人がいるのに放っておく人はいない。未曾有の金融危機を目の当たりにして、政府が介入するのは当たり前の話だと思いますね。
佐藤 リーマン・ブラザーズは死んでもいいけど、シティバンクやAIGは死んだら困る。そういう判断の違いが出てきてますよね。
髙橋 救う企業の線引きは、正直なところ非常に難しい問題です。でも、何らかの対策を打つのは当たり前だと思う。
佐藤 現在の国家は小さな政府といっても非常に大きい。歴史的に見れば、かつてないほど大きな政府です。いまの経済危機に国家が介入するのは当然としても、注意が必要なのは、国家というのは抽象的な存在ではなくて官僚階級と結びついているということ。官僚たちが具体的にどういう影響力を振るうようになるのかを見極めるのが重要だと思います。私が見るところ、官僚は悪い方向に変わるか、うんと悪い方向に変わるか、そのどちらかだと思いますが。
髙橋 いまの霞が関官僚たちは無能だから、変われないんじゃないかな。世間が動いていても、指をくわえて見ている。そんな気がしますね。
佐藤 ただ、指をくわえて見ているといっても、「おらが春」という感じで見ていると思いますけどね。
髙橋 そうそう、「おらが春」になってますね。世間の動きとは関係なく、「おらが春」の世界を構築していくという感じがする。私がやった公務員制度改革なんて、4歩進んだと思ったら、あっという間に2歩か3歩戻っちゃった。自己中心的で変化を拒む力は、本当に強力ですよ。
佐藤 だからこそ、髙橋さんが指摘した霞が関官僚の能力問題というのが、これから非常に重要な論点になってくると思います。

***

 髙橋氏の自己認識は、「イデオロギーは全然なくて、すごくテクニカルな人間なんです」ということだ。しかし、筆者の理解では、イデオロギーがない人間というのが、実は最もイデオロギッシュなのである。つまり、われわれの眼前にある商品、貨幣、資本、株式、賃銀労働などをすべて自明のものとしているからだ。このイデオロギーは新自由主義と親和的なのである。
 もっとも、髙橋氏には、イデオロギーにとらわれない現実主義がそなわっている。これは数学者としての髙橋洋一と深いところで関係しているのだと筆者は考えている。「何かの症状が出たとき、それを分析して症状を和らげるにはどうすべきかという処方箋を書くのが専門家の役割だと思っています。新自由主義者だろうと誰だろうと、目の前に死にそうな人がいるのに放っておく人はいない。未曾有の金融危機を目の当たりにして、政府が介入するのは当たり前の話だと思います」という髙橋氏の直観は正しい。それを理論的に裏づけることが髙橋氏に期待されていたまさにそのときに、今回の窃盗事件が起きて、ほんとうに残念である。
 今回の窃盗事件が、事実ならば、それに対して髙橋氏は刑事責任をとらなくてはならない。その刑事責任をとった後、髙橋氏の能力を日本の社会と国家のために生かしてほしいと、筆者は心から願っている。


この項、了



「埋蔵金」髙橋洋一初めて告白  置き引きはえん罪だった??
2009年10月07日19時07分 / 提供:J-CASTニュース
http://bit.ly/9F2uqR


髙橋洋一氏が著書で告白 置き引きで起訴猶予処分を受けた経済学者の髙橋洋一氏が、処分後初の著書を出し、初めて事件のことに触れた。高橋氏は出身である財務省のタブーに触れたと騒がれていた。そのせいもあって、事件について様々な憶測も流れているが、真相はやぶの中だ。

「外には漏らさない」と言ったため了解した
「霞が関に刃向かった者の末路」。髙橋氏が新しく出した著書の序章のタイトルだ。本の帯にも、「緊急出版!狙われたエコノミストの反撃!!」とある。

もちろん、置き引き発覚で髙橋氏がたどった道を示唆しているとみられる。事件について、髙橋氏は、2009年9月30日に出版されたこの著書「恐慌は日本の大チャンス」で初めて口を開いた。

それによると、髙橋氏は3月24日夜、自宅近くの日帰り温泉施設でロッカーを使おうとして、忘れ物らしきものを見つけた。しかし、この忘れ物については、後で届けようと思っていたというのだ。その理由として、2晩の徹夜明けでもうろうとし、マッサージの時間に遅れたくない気持ちもあったことを挙げる。

その後、気持ちよくなって2時間近くも寝込み、届けることを忘れて外に出ると、警察が待ち受けていたと明かす。警察は、否認すると面倒になるといい、「外には漏らさない」と言ったため了解した。

ところが、書類送検された3月30日になって、マスコミが一斉にこの事件を報じた。報道では、髙橋氏は、カギのかかっていないロッカーから、現金5万円入りの財布やブルガリ製高級腕時計など計30万円相当を盗んだ疑いだった。結果として、東洋大教授を懲戒免職となり、4月27日には、免職の社会的制裁と被害品の返却が酌量されて起訴猶予になったと発表された。

髙橋氏は、官僚時代に小泉ブレーンとして当時の竹中平蔵総務相の下で郵政民営化を推し進め、在職中の07年には「霞が関埋蔵金」を明らかにして波紋を呼んだ。また、退官した08年3月に、9万部のベストセラーになった「さらば財務省!」を出版するなど異色の経歴を持つ。それだけに、置き引きが発覚したときには、「霞が関の陰謀、国策捜査だ」との憶測さえも飛び交っている。

髙橋氏「事件は私のミスから始まった」
この置き引き事件で、髙橋洋一氏は、著書の出版予定なども狂ってしまった。サイエンスライターの竹内薫氏との共著「バカヤロー経済学」は、髙橋氏と出版社の意向で髙橋氏の名前を消して2009年5月13日に出版された。

ただ、竹内氏は、自らのブログで7月5日、事件への疑問を明かしている。一緒の夕食で一部始終を聞くと、髙橋氏は、忘れ物の中にあった時計や金銭は見ておらず、防犯カメラが設置されていることも知っていたというのだ。そして、痴漢のえん罪事件と同様に、顧問弁護士の意見に従って警察と司法取引せざるを得なかったとみて、髙橋氏は「シロ」だと信じていると述べている。

また、経済学者の池田信夫氏も、自らのブログで10月5日、髙橋氏の近著を取り上げて、「窃盗犯が犯行現場で2時間ものんびりマッサージを受けるとは考えにくい」と指摘し、「もう『時効』にしてもいいのではないか」と言っている。

とはいえ、こうした見方には異論もある。「切込隊長」で知られるブロガーの山本一郎氏は、自らのブログで7月6日、当時の報道内容と照らし合わせて、共著者の竹内氏の主張を「不思議な議論」だと指摘。「『はいはい、国策捜査』とか『だから警察は信用できない』といった、しょうもない陰謀めいた話に毒されすぎているんじゃなかろうか」と疑問を呈している。

事件がえん罪かどうかについて、髙橋氏は、近著の中で明言はせず、「事件は私のミスから始まった」とだけ述べ、多くの人に迷惑をかけたと反省しお詫びしている。

著書発売元である講談社の担当者は、えん罪については「それは証明できない」としながらも、こう言う。「書類送検の経緯には、疑問がありました。あのケースなら、普通は現行犯逮捕になっているのでは。(髙橋氏が)竹中大臣と一緒のときなら、表に出なかったように思えますね」。ただ、陰謀説については、「まったく分からないでしょう」という。著書については、初版1万部だったのが、5日後に5000部の重版になるなど、売れ行きはいいとしている。