メディアを揺るがす“大贈収賄事件” 上杉隆 (DAIYAMOND online 2010年5月20日)
http://bit.ly/aMXDuC


官房機密費を懐に入れたマスコミ人たちの常識


ダイヤモンド・オンラインでも官房機密費とメディアの問題に触れざるを得なくなったようだ。

 4月19日、野中広務元官房長官がTBSの番組「NEWS23クロス」で初めて暴露してからすでに1ヵ月経った。その間、テレビ・新聞はこの問題を完全に黙殺している。

 一方で、ネットやラジオの中ではこのテーマが論争にまで発展している。そこで問題視されているのは、機密費そのものの是非についてではない。

 ネット利用者やラジオリスナーの怒りの矛先は評論家やコメンテーター、新聞の論説・解説委員、あるいは記者クラブ所属の記者たちにまで機密費が流れていた、という信じがたい疑惑に向かっているのだ。


もはや“大疑獄事件”に発展しかねない大事件

 だが、もはやそれは疑惑ではなくなっているようだ。筆者は、今週から「週刊ポスト」誌上この問題の追及キャンペーンを始めたばかりだが、その取材過程で、すでに多くのマスコミ人が機密費の受け取りを認めはじめている。

 この問題は、その内容だけみれば、政府高官の関わった「贈収賄」であり、もはや政界と報道界全体を揺るがす「大疑獄事件」に発展してもおかしくないものである。

 にもかかわらず、きのう(5月18日)、「東京新聞」が特集しただけで、いまだにメディアは沈黙を守っている。いったいなぜだろうか。

 答えは言わずもがなである。連日のようにテレビや新聞に登場しては、至極立派な発言を繰り返している至極立派なマスコミ人の多くが、機密費の「毒饅頭」を食らっているからに他ならない。

 畢竟、官房機密費は「政治とカネ」の問題の肝であるはずだ。世界中の健全なジャーナリズムであれば、税金を原資とする機密費が、権力の不正をチェックすべき側のメディアに渡っていたとしたら、大問題となって連日、大騒ぎしていることだろう。
現に私のもとには英国、米国、中国のメディアから、早速この件に関する取材の依頼が飛び込んできている。

 実際、機密費を受け取ったマスコミ人はどう釈明するのだろう。今回は、「東京新聞」の記事を元に分析してみよう。「東京新聞」からの引用はすべて2010年5月18日付特報欄からのものである。

 政治評論家の三宅久之氏は、中曽根内閣時代、藤波孝生官房長官の秘書から100万円の資金提供があったことを認めた上でこう答えている。

〈藤波氏が予定していた二回の講演会に出られず、代わりに講演し、百万円(講演料)をもらったことがあった。しかし、自分の信条からして恥ずかしいことはしていない。お金の出所が官房機密費かどうかは考えたこともない〉(東京新聞)

 ところが、三宅氏は「週刊ポスト」の筆者の取材記事に対してはこう答えている。

「(代理講演を)引き受けることにしたら秘書が100万円を持ってきた。藤波のポケットマネーだと思って受け取りました。領収証も書いていない」

 これこそ、「政治とカネ」の問題である。内閣官房からの領収書のないカネは、すなわちそれが機密費である可能性を限りなく高くする。

 さらに、領収書を受け取っていないということは、税務申告を怠っている可能性もあり、所得税法違反の容疑さえも芽生える。


三宅氏はメディアと政治の距離感を勘違いしているのか

 そもそも毎日新聞政治部出身で、政治評論家という永田町に精通している三宅氏が、官房機密費の存在を知らないはずがない。

 仮に、知らないのであれば、余程の「もぐり記者」か、「愚鈍な記者」のどちらかである。

 そしてメディアと政治権力との距離感について、三宅氏はこうも続けている。

〈提供を「断ればいい」と言うのは簡単だが、必ず相手との関係が悪化する。最終的には良心の問題〉(東京新聞)
三宅氏は何か勘違いしているのではないか。ジャーナリズムにおいて良好な関係を維持すべきは、その関係が社会的にも法的にも健全な場合に限定される。

 とりわけ対象が政治権力であるならば、それはなおさらだ。

 むしろ関係悪化を恐れるばかりに、結果として「犯罪行為」の片棒を担ぐようなことになることこそ、恐れるべきなのではないのか。


“賄賂”を受け取らないと世の中が成立しなくなる?

 政治評論家の俵孝太郎氏もこう語っている。

〈昔は一定水準以上の記者が退職したら、その後の金銭提供はいくらでもあった。今は問題視されているが、当時はそれが常識だった。(機密費の使途の一つの)情報収集の経費に領収書は取れない。労働組合や新聞社も同じことで、そうした金がなければ、世の中が成り立たなくなる〉(東京新聞)

 所詮、テレビで立派なことを言ってきた評論家はこの程度の認識なのだ。機密費という賄賂を受け取らないと「成立しない世の中」とはいったいどんな世の中か。

 それこそが記者クラブ制度のぬるま湯の中で権力と一体化し、自らの既得権益を守るために国家・国民を騙して洗脳し続けてきた戦後の日本の「世の中」ではないか。


 広辞苑にはこう載っている。

〈ぎ・ごく【疑獄】 俗に、政府高官などが関係した疑いのある大規模な贈収賄事件をいう。「造船―」〉

 まさしく公金でもある機密費が、新聞・テレビなどのマスコミ機関に渡ったことは、「政府高官」である官房長官による「大規模な贈収賄事件」そのものではないか。

 すべての新聞・テレビは早急に内部調査を始めるべきである。


参照:「官房機密費のメディア汚染は? 野中発言の波紋」
(東京新聞 2010年5月18日) http://bit.ly/9jmME6


 評論家に盆暮れには五百万円ずつ届けた-。小渕内閣で官房長官を務めた野中広務氏が先月、官房機密費の使途で、暴露発言をした。折しも一連の検察報道などで「メディア不信」が漂う中、発言は波紋を広げた。受け取った人物の具体名については、明かされずじまい。河村建夫前官房長官の使途疑惑に加え、政権交代後も透明化が進まないなど、官房機密費の「闇」はいまだ深い。 (加藤裕治、秦淳哉)