■表紙・目次
 政治資金問題を巡る政治・検察・報道のあり方に関する第三者委員会
             報 告 書
          2009年6月10日
【目次】
はじめに 当委員会の目的と課題
第1章 検察の捜査・処分をめぐる問題
第2章 政治資金規正法のあり方について
第3章 検察・法務省のあり方について
第4章 報道のあり方について
第5章 政党の危機管理の観点からの分析
第6章 政治的観点から見た民主党の対応
おわりに

(補論)本件政治資金問題に関連する法解釈及び事実関係についての検討結果

【委員一覧】
飯尾潤(座長)   政策研究大学院大学教授
郷原信郎(座長代理)名城大学教授、弁護士
櫻井敬子      学習院大学教授
服部孝章      立教大学教授
(敬称略、順不同)


■はじめに 当委員会の目的と課題
 2009年3月3日、東京地検特捜部は、民主党の小沢一郎前代表の資金管理団体「陸山会」に関する政治資金規正法違反事件の強制捜査に着手した。小沢氏の公設第1秘書で陸山会の会計責任者の大久保隆規氏が、2003年から2006年までの政治資金収支報告書に、西松建設からの政治資金の寄付を「新政治問題研究会」などの政治団体からの寄付である旨の虚偽の記入を行った政治資金規正法違反の事実で逮捕され、同日夕刻から陸山会事務所などの関係箇所に対して捜索が行われた。

 これについて、民主党の鳩山由紀夫幹事長(当時)は、捜査について批判的なコメントを行い、小沢氏は、翌3月4日に記者会見を行って、「衆議院総選挙が取りざたされているこの時期に異例の捜査が行われたことは、政治的にも法律的にも、不公正な国家権力、検察権力の行使」と強く批判した。これに対して、報道からは、連日、小沢氏の政治資金をめぐる「疑惑」が大々的に報じられた。

 また、3月24日、大久保氏は逮捕事実とほぼ同じ同法違反の事実で起訴されたが、同日夜、小沢氏が民主党代表を続投する方針を表明したことに対して、小沢氏を批判する報道が集中し、「説明責任を果たしていない」「世論調査の結果『辞任すべきだ』との意見が6 割を超えている」などの理由で、小沢氏の辞任論が展開された。つまり、事件の位置づけに関して、民主党執行部の意見と、報道などから示される主流的な論調とが、真っ向から対立する図式となったのである。また、検察の捜査については、有識者などから、法律解釈、重大性・悪質性の問題、強制捜査のあり方などについて、少なからぬ疑問点が指摘された。

 こうした中で、民主党は、上記の政治資金をめぐる問題が、「政治的側面に留まらず、政治資金規正法の解釈、それを前提とした検察官僚や報道のあり方など、検討すべき角度が多岐にわたり」、「党代表がかかわる問題であるため、党内の議論だけでは議論が偏向してみられる恐れもある」として、党外の議論に委ねる方針を立てた(この点については、報告書をまとめる過程で、民主党に確かめた)。そして、上記政治資金問題をめぐる政治・検察・報道のあり方に関し、各分野の専門家が自由闊達に議論し、個々の問題点について「客観的かつ公正な見解を示す」党から独立した第三者機関を設けることとし、4月3日に鳩山幹事長(当時)から、「有識者会議」の設置が発表された。

 それを受けて、4月11日に発足したのが当委員会である。委員会発足にあたって、委員会の独立性・客観性を重視する観点から、議論すべき点、議論の方向性などは民主党側からは明確には示されなかったため、4月11日の初回会合では、委員会の目的自体について議論するところから活動を始めた。

 そこで、健康上の理由で欠席した服部委員を除く3 委員で「当委員会は、民主党小沢代表(当時)秘書の政治資金規正法違反事件に関する小沢代表(当時)および民主党の対応、説明責任について検討するとともに、政治資金問題をめぐる検察およびメディアのあり方について議論を行うことを目的とする」こととし、名称も「政治資金問題を巡る政治・検察・報道のあり方に関する第三者委員会」とした(なお、このことは、この後、服部委員から了解を取った)。また、事務局は、新日本パブリック・アフェアーズ株式会社が担当し、民主党から独立した第三者委員会として活動を続けてきた。

 また、民主党としても事態の把握に苦慮していることを踏まえ、当委員会の役割としては、事態の把握にかかわる論点の整理が重要であると考えた。そこで、当委員会の活動は、捜査機関ではない以上、個別具体的な事案の実態解明には限界があるので、むしろ、民主党が政党として取るべき対応を中心として、法的問題の整理も含め、関連する事項についての問題点を指摘することとした。

 問題は広く民主党の運営体制そのものにもかかわってくるが、代表の進退などに具体的な示唆を与えるような検討の仕方は避け、多角的な観点から、今回の事件および対応に関して、どのような問題点があるのかを検討した。

 検討の方法としては、本件に関する問題を全体的に検討するため、関連する事実の調査・確認、関係当局への書面による質問やヒアリング、ゲスト有識者との懇談・意見交換、当事者である小沢代表(当時)や民主党側を代表する鳩山幹事長(当時)などから書面による質問やヒアリングを行う一方、委員会内部において議論を重ねてきた。

 本報告書は、それらの議論・検討の結果を取りまとめたものである。


■第1章 検察の捜査・処分をめぐる問題
 本章は、本件に関する真相究明を目的とするものではなく、第2章以下の検討の前提として、本件についての検察の捜査、処分をめぐる問題点を指摘することを目的とする。なお、本件に関する事実関係について、検察当局からは、公式の資料は公表されていないため、本章の記述は、すべて新聞などの報道によるものである。


 1・小沢氏秘書にかかる政治資金規正法違反の事実と問題点

 民主党代表であった小沢一郎氏の公設第1秘書の大久保隆規氏は、2009 年3月3日午後、東京地検の任意の事情聴取を受け、同日夕刻、政治資金規正法違反で逮捕され、引き続き拘置されて、3月24日に起訴された。

 逮捕・拘置事実は、小沢氏の資金管理政治団体「陸山会」の会計責任者としての大久保氏の、2003 年から2006年までの同団体の収支報告書についての虚偽記入の事実であり、西松建設のOBが代表者を務める「新政治問題研究会」「未来産業研究会」という2つの政治団体から総額2100万円の寄付を受けた旨の記載が、実際にはそれらの寄付が政治団体ではなく西松建設からの寄付だったとして、政治資金収支報告書の虚偽記入に当たるとされたものである(起訴事実では、上記政治団体から小沢前代表が代表を務める民主党岩手県第4区総支部への合計1400万円の寄付についての虚偽記入の事実が加えられ、虚偽記入にかかる金額は合計で3500万円となった)。

 東京地検の谷川恒太次席検事は、上記政治資金規正法違反の起訴を行った3 月24日、「ダミーの政治団体の名義を利用するという巧妙な方法により、多額の寄付を受けてきた事実を隠すため、という本件犯行の動機、犯行に至る経緯、犯行態様についての事情も考え合わせると、政治資金規正法に照らして看過しえない重大かつ悪質な事案と判断した」と述べている。

 そこで、問題となるのは、第1に、本件について政治資金規正法違反が成立するのか否か、第2に、仮に違反であるとしても、同法違反の罰則を適用すべき処罰価値ないし事案の重大性・悪質性が認められるのか、そして、第3に、被疑者を任意出頭当日に逮捕するという捜査手法を用いたことが妥当なのか否か、という点である。

 そして、それ以外にも、同じ政治団体名義で同様の寄付が自民党議員に対しても行われていたのに、小沢氏に関連する政治資金規正法違反の事実のみを立件し、逮捕・起訴を行ったことが偏った捜査ではないのかという点も問題となる。


 2・問題点についての検討

2-1 違反の成否

(1)法解釈上の問題

 ア 「寄付をした者」とはどのような意味か

 検察側の主張は、「寄付名義の政治団体は西松建設のダミーであり、本件の寄付について収支報告書に『寄付者』として西松建設と記載しなければいけない、それを政治団体と記載したことが虚偽記入に当たる」というものと考えられるが、検察の主張の重要な根拠とされているのが、寄付の資金の実質的な拠出者が西松建設だということだと思われる。

 ここで問題になるのが、政治団体や政党が寄付を受けた場合に、会計責任者に政治資金収支報告書に記載することが義務づけられている「寄付をした者」とはどのような意味なのか、ということである。寄付者として金銭の交付や振込など外形的な行為を行った者と資金の拠出者が異なっている場合に、外形的行為者と資金の拠出者のいずれが「寄付をした者」に該当するのか。例えば、図(略)のように、Aが自らの資金で政治団体Xに政治資金を提供しようと考えてBに現金を交付し、その資金で、Bが自己の名義の寄付として政治団体Xの会計責任者に現金を手渡した場合、会計責任者が、Aが資金の拠出者だということを知っていた場合に、政治団体X の収支報告書には、寄付者としてAを記載するべきなのか、Bを記載するべきなのか。この点について、資金の拠出者のAが寄付者であるとするなら、本件についても「寄付をした者」は西松建設と記載すべきということになろう。この点は、本件に関する重要な解釈問題である。

同法上、「寄付」が、「金銭、物品その他の経済的利益の供与又は交付」(4条3項)と定義されていることからすると、ここでの「供与」は「金銭や利益を得させること」、交付は「金銭等を渡すこと」を意味する。

 それを前提にすると、寄付者として金銭の交付を行った者、つまり、図の事例で言えば、「供与者」であるかどうかは不明でも「交付者」であることは明らかにBを「寄付をした者」として収支報告書に記載すべきだということになる。

 すなわち、図の例で言えば、実質的にはA からXへの政治資金の「供与」であるが、形式的には、A からB、BからXの間で、それぞれ金銭の「交付」が行われている。この場合、Xの立場としては、定義規定で「交付」も「寄付」に含まれる以上、自分に金銭や利益を提供した直接の相手のBが「寄付者」として現金の「交付」を行っている以上、それがBの資金かAの資金かにはかかわりなく、その「交付」を「Bの寄付」として収支報告書に書けばよい。要するに、政治資金規正法で「寄付した者」と言っているのは、形式的に寄付者と称して金銭等の移転をしてきた者であり、実質的に資金を拠出した者ではないということになる。

イ 関係当局の見解と問題点

 この点について関係当局の見解を把握するため、政治資金規正法を所管する総務省および罰則について審査を行う立場にある法務省の担当者にヒアリングへの出席と回答を求めたが、法務省当局からは、出席も回答も得られなかった。

 総務省からは担当補佐が出席したが、「収支報告書上、寄付の内訳への記載が求められる寄付者の氏名について、資金の拠出者と実際に寄付を行った者とが相違する場合に、資金の拠出者を記載することが求められているのか(例えば、寄付として現金を持参してきたのはAだが、その資金はBが拠出していると認識していた場合に、その寄付を受領した政治団体Xの会計責任者は、寄付者をAと記載したら良いのかBと記載したら良いのか)」との質問に対して、「法律上『寄付をした者』を記載することとされているので、総務省としては、会計責任者が法の趣旨にのっとり、実態を把握して『寄付をした者』を記載してくださいとしか言えない」との回答に繰り返すのみであった。

 この点に関し、衆議院法務委員会で、「『寄付をした者』というのは、資金を拠出した者という意味なのか、自分の名前で振り込みや金銭の行為などの外形的行為を行った者を意味するのか」との質問が行われたのに対して、大野恒太郎刑事局長は、「これは寄付した者をいかに認定するのかという事実認定、当てはめのことになる。実際に誰が寄付をした者なのかという認定をするに当たっては、金銭交付に至った経緯やその意図、金銭交付に関与した者の状況等、諸般の事情を個別具体的な事案に応じて判断することになる」旨、答弁した。

 要するに、法務省は、寄付の外形的な行為者と資金の拠出者が異なっている場合、いずれが「寄付をした者」に当たるかは、形式的に判断すべきことではなく、諸般の事情を総合的かつ実質的に判断しなければ結論を出せないというのである。

このように、「寄付をした者」の判断について、一般論を示すことなく、個別の事案ごとに実態に基づいて行うべきとの見解によれば、政治団体、政党の政治資金の処理を行い、政治資金収支報告書の作成・提出を行うことを義務づけられている会計責任者は、寄付者をどう記載すべきかを自ら判断しなければならず、しかも、そこで、結果的に記載が誤っていたと認められた場合には、虚偽記入罪の刑事責任を問われるリスクを負わされるということになる。それは、政治資金収支報告の実務に重大な影響を与えることになりかねない。


 (2)寄付をめぐる実態との関係

 このように、政治資金規正法の解釈としては、「寄付をした者」とは、基本的に、「寄付者として金銭の交付や振込など外形的な行為を行った者」と解するべきだと考えられるが、このように解したとしても、例えば、寄付名義の団体、資金の拠出者から政治団体に金銭や利益を供与するための単なる「トンネル」のような存在で、寄付行為者としての実体がまったくない場合には「行為者」と認められず、資金の拠出者が寄付者となる場合もあり得る。そういう意味で、実態とまったく無関係に判断できるわけではない。

本件は、刑事事件として起訴された事案なのであるから、実態に基づく判断は、最終的には、公判手続の中で証拠による事実認定に基づいて行うほかない。しかし、実態に基づいて検討を行うための一つの手がかりとなる資料がある。それは、西松建設が2009年5月15日に公表した内部調査委員会による調査報告書である。

 同報告書に記載された政治団体の実態およびその政治資金の寄付の実態によれば、これらの団体を、資金の拠出者から政治団体に金銭や利益を供与するための単なる「トンネル」のような実体のない団体とは認め難い。「寄付をした者」が政治団体ではなく西松建設であるとの検察の主張立証には相当な無理があり、「寄付をした者」を政治団体と記載したことは虚偽記入罪には該当しないのではないかと思われる。


 2-2・事案の重大性、悪質性

 (1)検察の説明とその問題点

 しかし、本件が、東京地検次席検事の説明のように、果たして、「巧妙な方法」によって多額の献金を「隠してきた」事案と言えるであろうか。以下のような理由から、本件は重大かつ悪質な事案とは言い難い。

 ア「表の献金」であること

 政治資金の寄附の事実自体を秘匿する、いわゆる「裏の献金」と、今回のように寄附の事実自体は収支報告書に記載された「表の献金」に関して寄附者の名義に問題があるという場合とでは、悪質性に大きな相違がある。「表の献金」であれば、収入の総額には偽りはないわけで、名義に問題がある献金も含めて、すべて支出の内訳の開示対象になる。「裏の献金」はそもそも不正な使途に支出することを目的として行われる。近年、支出の内訳について開示義務が著しく強化されており、支出の開示の対象となる「表の献金」に関する違反と、その開示義務を完全に免れようとする「裏の献金」とでは、悪質性がまったく異なる。本件で虚偽記入とされているのは、寄附の事実自体は収支報告書に記載されている「表の献金」にかかわる。

 イ 政治団体名義での寄付の動機

 西松建設のダミーとされた2つの政治団体の設立の目的について、前記の西松建設の内部調査報告書では、「企業から政治家個人への献金が禁じられたことから、(中略)、政治団体を設立して、政治団体からの献金を装って、政治家個人の政治団体に献金することを画策した」と述べている。また、この2つの政治団体の事件に関して、検察は、政治資金収支報告書の虚偽記入の事実に加えて、企業から政治家個人への寄付の禁止の事実も併せて起訴しており、企業の政治家個人への寄付の禁止を潜脱することが、政治団体名義での政治献金の目的だったように理解されている。

 しかし、政治資金規正法の改正経過に照らせば、そのような理解は適切ではない。「新政治問題研究会」が設立された時期の1995年施行の政治資金規正法改正は、企業・団体からの寄付を政党、政治資金団体、政治家個人の資金管理団体に限定するものであって、企業から政治家個人への寄付自体を全面的に禁止するものではなかった。小沢氏側への寄付も、同氏が党首であった新進党、自由党の政治資金団体の「改革国民会議」あてに行われていたもので、それは、西松建設の名義で行うことも可能であった。したがって、この団体による政治献金は、当初から、政治家個人への寄付の禁止の潜脱を目的とするものではなかった。

 1999年に、企業から政治家個人の資金管理団体への寄付が禁止されたことで、これらの団体名義で寄付することが、企業から政治家個人への寄付を隠蔽(いんぺい)するという実益が生じたとする点については、その後も2002年までは、小沢氏に関連する寄付は、政党の政治資金団体であった改革国民会議に対して行われていたのであり、西松建設の名義で寄付が行われても、寄付を受ける小沢氏の側にとって、とくに差し支えはなかったはずである。

 2003年に、自由党の民主党との合併によって民主党に所属することになった小沢氏側への寄付は、その後、小沢氏の資金管理団体である陸山会に対する寄付として継続されたが、その金額は、2つの団体からの寄付額は、それまでの改革国民会議に対する寄付とほぼ同額のまま維持された。今回、それについて政治資金収支報告書の虚偽記入の刑事責任を問われたわけであるが、上記のような経緯からすると、改革国民会議あてだった寄付を陸山会あてに切り替えるのに際して、「政治団体からの寄付」との認識だったことから、資金管理団体で受けても合法と単純に判断したためにそのまま政治団体からの寄付として処理したものと考えるのが合理的であろう。

 以上述べたところによれば、本件が仮に政治資金収支報告書の虚偽記入に該当するとしても、企業献金を積極的に隠蔽しようとする目的で行われたものではないと考えるのが合理的であろう。

 ウ「巧妙な方法」と言えるか

 また、本件の寄付者の記載が「新政治問題研究会」などの政治団体名義となっていたことが、実質的に西松建設からの資金による寄付であることを秘匿する「巧妙な方法」と言えるかどうか、それによって、本当の意味で、同社から多額の受けてきた事実を「隠してきた」と言えるのかについても疑問がある。

 新聞等では、これらの政治団体から寄付を受領した側の政治資金収支報告書には、これらの政治団体の所在地として「西松建設の本社所在地」が記載されている場合が多かったと報じられており、それは、寄付を受領する側が、実質的に西松建設と一体の団体と認識していたことを示しているだけでなく、両者の実質的に一体の関係が、関係者の間では既に周知の事実であったことを示している。しかも、2008年1月21日付の毎日新聞は「政治団体実態は企業」というタイトルで、与野党の多数の政治家に多額の政治献金を行っていた「新政治問題研究会」が、西松建設と実質的に一体である疑いを報じており、両者の一体の関係は、報道にも容易に知り得るものだったのである。

 これらの点から考えると、本件では、これらの政治団体の名義で寄付が行われたことが「巧妙な方法」とまでは言えず、西松建設からの寄付であることを「隠す」効果も希薄だったと考えられる。むしろ積極的に隠そうとするのであれば、むしろ、西松建設との関係が他には知られていない取引先業者を通しての迂回(うかい)献金の方が効果的だったと考えられる。仮に違反と判断されるとしても、その悪質性は低いと言うべきである。


 2-3・捜査手法

 本件事件の強制捜査に関する問題は、本件の検察の強制捜査では、大久保秘書に対しては、3月3日の朝、任意の事情聴取の要請があり、その当日の午後、出頭した大久保秘書の任意の事情聴取が行われ、それから数時間後に逮捕が行われたことである。

 2-1で述べてきたように、本件については、違反の成否についても、刑事罰を科すべき重大・悪質な事案なのかという点についても疑問がある。そのことを踏まえて考えたとき、果たして、本件で、上記のように、任意聴取の当日に被疑者を逮捕することが捜査方法として適切といえるのであろうか。

 被疑者の身柄を拘束するためには、「逃亡の恐れ」、「罪証隠滅の恐れ」のいずれかが必要であるが、大久保秘書の場合に「逃亡の恐れ」がないと考えるのが合理的であり、大久保秘書の逮捕事実とされた政治資金収支報告書の虚偽記入の事実は、「表の寄付」に関するもので、寄付の外形的事実は客観的に明らかであること、前記1で述べたように、本件で政治資金収支報告書の虚偽記入罪の成否の争点は、大久保秘書が、寄付の資金の拠出者が西松建設だと認識していたか否かではない。寄付の名義人である政治団体が、「寄付行為者」となり得る実体を備えていたかどうか、そして、そのことを大久保秘書の側が認識していたかどうかであることなどからすると、罪証隠滅の恐れは低いと言わざるを得ない。

 しかも、仮に、寄付行為者が西松建設だと認められるとしても、それについて異なった見解に基づいて寄付者を政治団体と収支報告書に記載したのであれば、任意聴取の中で、寄付者に関する見解の相違を指摘し、政治資金収支報告書を任意に訂正させれば政治資金の透明化の目的は十分に達成することが可能であった(この点に関して、「収支報告書を訂正すると、企業から資金管理団体への寄付の受領という犯罪を認めることになるので訂正で足りる問題ではない」との見解があるが、収支報告書作成の段階で企業団体からの寄付であることを認識していなければ犯罪は成立せず、後日、当局の指摘等によって、企業団体から献金に該当すると認識した場合には、収支報告書を訂正して適正な記載に改めるのは当然であり、それによって犯罪成立を認めることにはならない。この場合に訂正不能だというのは、犯罪の成立には「犯意」が必要だという刑事法の基本的前提を欠いているといえよう)。

 このように、そもそも罰則適用を行う必要についてすら疑問な事件について、任意聴取を開始した当日にいきなり逮捕するという捜査手法は、公設秘書を逮捕することで政治的影響を生じさせることの方に主目的があったのではないか、と疑われても致し方ない面がある。

 しかも、大久保秘書は、逮捕後、引き続き拘置され、起訴後2カ月以上たった5月26日にようやく保釈された。このよう長期間の身柄拘束がいったいいかなる理由によるものなのか、検察には十分な説明を行う必要があろう。


 2-4・自民党議員等に対する寄付の取り扱いとの比較

 本件に関して大久保秘書の逮捕当初から問題にされてきたのが、「新政治問題研究会」と「未来産業研究会」からは、自民党所属議員など多数の議員に対して寄付が行われている事実を政治資金規正法違反として立件しないのに、小沢氏側に対する寄付だけを立件し、公設秘書の逮捕・起訴まで行ったのは、公平を欠く捜査・起訴ではないかという点である。

 この問題については、小沢氏側への寄付と自民党議員側への寄付との間で違反の成否の点で違いがあるのか否か、両者に違反が成立する場合に、自民党議員を含む多数の議員側への寄付を立件せず小沢氏側への寄付のみを立件することが相当と考えられるような事情があるのか否か、という2つの点から考えてみる必要がある。

 違反の成否に関するポイントが、寄付を受けた側が政治団体ではなく西松建設が資金を拠出していることを認識していたか否かではなく、政治団体に「寄付行為者」と認めるだけの実体があるか否かだということは、これまで述べてきたとおりである。したがって、違反の成否についてまず問題になるのは政治団体の実体という客観的な事実であり、その点は、寄付の相手方によって異なるものではない。仮に、政治団体が実体のない単なるダミーで寄付者が西松建設だとすると、それを、寄付を受領する側が認識していたかによって違反の成否が決まることとなり、小沢氏側と自民党議員側とで認識の相違が違反の成否に影響することもあり得る(前記2-1(2)で述べたとおり、西松建設の内部調査報告書の内容を前提とする限り、そもそも、これらの政治団体が、単に政治家に献金するための実体のない「トンネル」的な存在であったとは認めがたい)。

 小沢氏側への寄付のみを立件すべき事情があるとすれば、まず考えられるのは、西松建設関連団体の設立目的と小沢氏側への寄付とが密接な関係があったということであるが、設立後解散までの2団体からの寄付、パーティー券購入の総額のうち、小沢氏個人の政治資金として寄付された金額の割合は7・3%であり、自由党、新進党の政治資金団体や民主党岩手県連に対する寄付を含めても23・7%である。2団体が、小沢氏側への政治献金を主たる目的として設立されたものとは考えられない。

 また、政治資金規正法違反として立件可能な2003年以降の寄付に限って言えば、2団体からの小沢氏側への寄付の総額が3500万円であるのに対して、自民党議員側への寄付、政治資金パーティー券の購入額は、個別の議員ごとに見ると、比較的少額である。しかし、後に、2-5で述べるように、西松建設側の国澤元社長は、収支報告書の虚偽記入罪より法定刑が軽い「他人名義の寄付」100万円の事実で逮捕されているのであり、それとの比較で言えば、少なくとも100万円以上の寄付の受領については、虚偽記入罪が成立する限り、立件しないことの合理的な説明は困難である。

 さらに、重要なことは、2団体から、本件で逮捕、起訴された大久保秘書が会計責任者を務める小沢氏の資金管理団体の「陸山会」への寄付は、逮捕・起訴事実とされた2003年以降の2100万円だけであり、それ以前は行われていないということである。設立当初から、大久保秘書、又はその前任者の秘書と西松建設側との間で、西松建設から陸山会への巨額の政治献金を行うことを画策し、そのための手段として2つの政治団体が設立されたというような事情は認められないのである。

 しかも、資料編11の「西松建設関連政治団体の献金先調査経緯」でも報告されているように、東京都港区内の「新政治問題研究会」と称する政治団体として、西松建設の関連団体のほかに、故橋本龍太郎氏が代表を務める資金管理団体が存在し、同団体から多数の自民党議員に多額の寄付が行われていた事実があり、官報に掲載されている自民党議員の政治資金収支報告書の要旨だけでは、いずれの団体からの寄付かが区別できない。一方、野党の小沢氏側への寄付については、橋本氏の資金管理団体からの寄付は考えられないので、「新政治問題研究会」名義の寄付は、西松建設関連であることの特定が容易である。

 西松建設が「新政治問題研究会」と称する団体を設立した真の意図は、橋本氏の資金管理団体と同一の名称の団体を千代田区内に設立することで、西松建設から自民党議員への寄付の具体的内容を、所在地を区までしか記載しない官報では容易に知り得ない状態にすることにあったのではないかとの推測も成り立ち得る(政治資金収支報告書の現物が総務省のホームページで公開されるようになったのは2009年1月以降である)。

 これらの事実に照らせば、「新政治問題研究会」などの名義での西松建設側からの与野党の政治家への寄付に関する政治資金規正法違反の立件に関して、小沢氏側への寄付だけを特

別に取り扱う合理的な理由があるとは考えにくい。


 2-5・西松建設側への検察捜査に関する疑問

 上記の通り、小沢氏の秘書の大久保氏が逮捕・起訴された政治資金規正法違反事件そのものについて、違反の成否、事案の重大性・悪質性、捜査手法などに多くの疑問があることに加えて、西松建設側に対する検察捜査の内容・手法についても疑問がある。

 第1に、2-4で述べたところとも関連するが、西松建設側の元社長の国澤氏は、2006年に「陸山会」側に「他人名義」で100万円の寄付を行った事実、すなわち、西松建設からの寄付であるのに、政治団体の名義で寄付を行った事実で逮捕され、それに、同年の民主党岩手県第4区総支部にあてた400 万円の寄付の事実が加えられ、500万円の他人名義の寄付の事実で起訴されている。

 この他人名義の寄付の禁止規定の罰則の法定刑は収支報告書の虚偽記入より軽く「禁固3年以下又は50万円以下の罰金」であり、公訴時効が3年であるために起訴事実が少額になったものと考えられるが、時効完成前の同様の寄付の事実として、藤井孝男衆議院議員の資金管理団体に100万円、藤野公孝参議院議員の政党支部に100 万円、林幹雄衆議院議員の政党支部への100万円などの自民党議員側への寄付の事実があるのに、それらが国澤氏の起訴事実とされていないのはいかなる理由によるものであろうか。少なくとも、西松建設側の違反事実の成立については、寄付受領者側の認識は要件とならないはずであるから、小沢氏側に対する寄付と自民党議員側に対する寄付とで違反の成立について異なるところはないはずである。しかも、100万円の他人名義の寄付という国澤氏の逮捕事実は、上場企業の社長の在任中の事件の逮捕事実としては著しく軽い。検察としては、違反が認められる限り違法寄付の額を少しでも多くしようとするのが当然であるのに、上記の自民党議員に対する寄付をなぜ逮捕事実に加えないのか、このような検察の捜査のやり方に疑問がある。


 3 小括

 これまで述べてきたように、民主党代表であった小沢一郎氏の公設秘書の大久保氏を逮捕・起訴した政治資金規正法違反事件の捜査・処理に関しては、そもそも違反が成立するか否か、同法の罰則を適用すべき重大性・悪質性が認められるか、任意聴取開始直後にいきなり逮捕するという捜査手法が適切か、自民党議員等に対する寄付の取り扱いとの間で公平を欠いているのではないか、など多くの点について疑念がある。このような捜査・起訴のために、総選挙を間近に控えた時期に野党第一党党首を党首辞任に追い込むという重大な政治的影響を生じさせたことに関して、検察は説明責任を負っている。


■第2章 政治資金規正法のあり方について

 1・総務省の任務としての政治資金行政

 西松事件において提起された問題は、政治資金規正法において要求されている政治資金収支報告書における記載の真実性(虚偽でないこと)がどのようなものであるかということであった。具体的事件との関係ではもっぱら刑事罰の帰趨(きすう)に関心が寄せられているが、個別案件を離れてみると、政治資金規正法は政治家の活動にかかわるという特殊性があり、議員立法として制定された経緯はあるが、行政法規のひとつとして、総務省がその所管官庁として法律の執行にあたっている。政治資金をめぐる事務処理は、政治資金行政として総務省を通じて日常的に展開されており、具体的な処理基準等の提示や事務処理にかかわる助言・指導、説明要求・訂正命令などの関係者に対する監督権限の行使は、同省の責任において遂行される行政任務そのものである。

 ここでは、政治資金収支報告書の記載のあり方を念頭に、制度論の観点からその問題点について述べる。


 2・政治資金行政の仕組み

 2-1・基本的な制度設計

 一般に、行政法規が置かれることの第一義的な意味は、法の名宛人が順守すべき行為規範を示すことにある。政治資金規正法12条1項は政治団体の会計責任者が収支報告書の提出義務を負うことを定めているが、29条は「報告書の真実性の確保のための措置」として、報告書の提出にあたり「真実の記載」がされていることを誓う旨の宣誓書の添付をあわせて義務づけている。そして、監督権限を持つ総務大臣又は選挙管理委員会は、提出された届け出書類、報告書等に「形式上の不備」や、記載すべき事項の「記載が不十分」であると認めるときは、報告書等の提出者に対して、説明を求め、または報告書の訂正命令をすることができる(31条)。この説明要求・訂正命令を担保するため、説明・訂正を拒否したり、「虚偽の説明」「虚偽の訂正」をした場合には罰則が置かれている(24条7号)。これとは別に、収支報告書に「虚偽の記入」をした者に対する罰則が用意されており、25条1項3号に定めがある。以上が、政治資金行政の基本的なスキームである。

 行政法規に刑罰が置かれている場合(これを「行政刑罰」という)、行政法規は行為者の一般的な行為規範であると同時に犯罪構成要件としての意味も有する。したがって、行政法規に違反した場合は、行政庁による監督処分の対象となる場面と刑罰権発動の根拠となる場面が、重なって現れることに注意を要する。そして、一般に刑罰は国家に認められた最も苛烈(かれつ)な人権侵害行為であることから、行政法規違反については、より緩やかな措置である行政措置が優先的に適用されるべきであり、刑罰権は「最後の手段」として、一般行政で対応できない場合に初めてその発動が正当化されるべきものということができる。


 2-2・報告書の「真実」記載義務

 政治資金規正法の規定から、同法が報告書の記載について「真実の記載」であることを要求していることは疑う余地はないが、具体的に何をもって「真実の記載」とみるかは、法文上は必ずしも明らかではない。たとえば、5万円を超える寄付については「寄付をした者」を報告書に記載することとされているが(12条1項1号ロ)、これが外形的に寄付行為を行った寄付の名義人を指すのか(形式説)、実際に経済的負担をした出捐者を意味するのか(実質説)、そのいずれであるのかを直接定める具体的規定はない。そのため、法の要求する「真実性」が形式的真実・実質的真実のどちらであるかは、関連する規定から解釈するほかはない。

 この点、総務大臣等は「形式上の不備」ないし「記載が不十分」であるときに説明要求・訂正命令をすることができるが、ここで「形式上の不備」とは添付書類がないとか、記載すべき事項の記載がないなど一見して不備であることが明白な場合をいい、「記載が不十分」とは収支報告書等の記載内容が明確でなく適正でない場合や、収入・支出の積算に誤りがある場合のように、「記載上の適格性」を欠く場合をいうとされる。このように、総務省に「形式審査権」しか認められていないのは、本来自由であるべき政治活動に対する行政庁の関与は必要最小限にとどめるべきであるという考えに基づいている。

 総務省に形式審査権しか認められてない以上、行政レベルにおいて要求される記載の真実性は形式的なものにとどまり、それゆえ報告書に対する真実記載義務は、形式的真実を記載すべき義務として理解せざるを得ない。すなわち、第1章でも述べたように、「寄付をした者」とはあくまでも寄付者として金銭の交付や振込など外形的な行為を行った者と解され、実態として出捐を行った者ではないということである。仮に、法が実質的真実の探求を行政庁に要求し、現実の出捐者を究明すべきことを求めているならば、それを可能とするような政治団体事務所への立入権限や帳簿書類等の検査権限等の実質的審査権が付与されていなければ法目的を達成することはできない。しかし、現行法にはそのような規定はなく、法は真実性の探求について限度を設けていると理解される。


 3・政治資金規正法における「虚偽」の意味

 3-1・虚偽説明罪・虚偽訂正罪の場合

 説明要求および訂正命令の実効性確保については罰則が設けられており、「虚偽の説明」、「虚偽の訂正」をした場合には虚偽説明罪・虚偽訂正罪に問われる可能性がある(24条7号)。ここで、「虚偽の説明」ないし「虚偽の訂正」の意味が問題となるが、説明要求・訂正命令の内容は形式上読み取ることが可能な記載上の事項にとどまることから、虚偽説明罪ないし虚偽訂正罪における「虚偽」の意義もまた形式的に判断せざるを得ない。虚偽説明罪・虚偽訂正罪は行政庁の命令違反に対する罪であり、命令されていない事項(実質的真実にかかわる事項)について罪を問うことは罪刑法定主義からしてあり得ないからである。

 なお、訂正命令は行政手続法にいう不利益処分にあたり、総務大臣等にはいかなる場合が記載上の不適格に該当ずるかについてできるだけ具体的な処分基準を定めるべきことが要請される(行政手続法12条1項、説明要求は同法3条1項14号の適用除外に該当する)。しかし、総務省においてその要請を満たすような基準はこれまでのところ示されていない状況にある。


 3-2.虚偽記入罪の場合

 西松事件では、報告書に虚偽の記入があったことが罪に問われている。ここで「虚偽の記入」の意義が問題となるが、基本的には24条7号にいう「虚偽の説明」「虚偽の訂正」と同様に解すべきであろう。虚偽記入罪は、前述した虚偽説明罪や虚偽訂正罪とは異なり、行政庁の命令に違反したことに対する罪(間接罰)ではなく、虚偽記入という行為がただちに刑罰の対象とされているもの(直接罰)であるが、虚偽記入罪の犯罪構成要件は「12条1項…の報告書…に虚偽の記入をした者」とされ、12条1項にいう報告書の記載について要求される真実性が形式的なものにとどまることはすでに述べたとおりである。虚偽記入罪における「虚偽」に限って実体的真実性を要求するような解釈は、同一法律内の同一用語を、総務省との関係と警察・検察との関係とで別異とするもので、法解釈のあり方として整合性を欠くと言わざるを得ない。

 仮に、「寄付をした者」を総務省との関係では形式的な真実としての「外形的な行為者」と解し、警察・検察との関係では実質的な真実としての「現実の出捐者」と解するとすると、同じ法律要件が行政機関ごとに異なることになってしまう。しかし、もともと政治資金規正法は政治活動に対する行政の関与を最小限にとどめるべきであるという趣旨から、総務省による一般的な行政上の監督ですら抑制的であるべきとしていたはずである。総務省ですら関与を控えている事案について、警察・検察という別の行政機関が、総務省とは異なる独自の解釈にたって逮捕という強烈な人権規制行為に及ぶことは、法の趣旨に照らし、明らかにバランスを失しているというべきであろう。このように考えると、虚偽記入罪について実質的真実を要求する解釈は、法の示す価値判断に逆行するもので、不合理というほかない。

 なお、形式説を採用するとしても、一切の実質的な判断を認めない立場(完全形式説と呼んでおく)をとらない限り、「寄付をした者」の認定にあたり一定の規範的評価を容れる余地があることは否定できない。このような解釈によれば、ダミー団体を利用した献金行為の脱法行為として虚偽記入罪の成否を問うことは、理論的可能性としてはこれを首肯しうる。もっとも、その場合、犯罪の成否は、主としてある政治団体が法的にみて全く形骸(けいがい)化しているといえるかどうかという事実認定にかかわり、訴追者たる検察官がそのレベルでの立証に成功しうるかどうかにかかっている。


 4・行政刑罰における罪刑法定主義の意味

 一般に、行政刑罰においては関係する省庁が複数にわたるのが通例であり、ひとつの法律15の執行が省庁ごとにバラバラに行われる結果、ある省庁との関係では適法とされる行為が別の省庁との関係では違法扱いされたり、あるいは関係省庁がいずれも責任を果たさないという消極的権限争議を生ずることが少なくない。これらは、いずれも「法執行における縦割りの弊害」といえるが、行政刑罰が罰則のひとつであるということから、罪刑法定主義との関係も重ねて問題となるため、縦割りの弊害はより深刻となる。

 西松事件では政治資金規正法違反を理由として刑罰権が発動されている。政治資金規正法の所管官庁は総務省であるが、罰則が問題となる限りにおいて法務省は法令協議にかかわり、犯罪構成要件としての法令の解釈・罰則適用基準について事実上の公定解釈を示す立場にある。同法の解釈をめぐって、総務省は刑罰の問題であるとして具体的な解釈指針を示さず、他方で法務省は法律の所管官庁でないとして解釈基準を示そうとせず、両省の間で責任の押し付け合いともいえる状況が生じている。しかし、ことは刑罰の適用にかかわる問題であり、何が罪であるかについて事前に明確な定めを要求する罪刑法定主義の観点から見て、このような無責任な対応は到底容認されるものではない。西松事件についていえば、会計責任者にとってあらかじめどのように記載すればよいかが不明確なまま政治資金報告書に記載させられ、後になってその記載が法律に違反するとして処罰されるというようなことは、決して許されない。刑罰権の恣意(しい)的な発動を防止する観点から、総務省・法務省はともに適法行為と違法行為の分水嶺(ぶんすいれい)について明らかにする責務があり、これは憲法上の要請である。


 5・政治資金規正法違反に対する制裁のあり方

 現行法は、政治資金規正法違反行為に対する制裁として罰則を中心に規定している。罰則を置くということは刑罰権の発動によって行為者に制裁を加えるという制度設計であり、処罰対象者が国会議員である場合には、立法府の活動に対する警察・検察当局による権力的介入を立法者みずからが容認していることを意味している。

 しかしながら、本来、政治資金については政治家が自ら律するべき問題であるという原点に立ち返ると、自らの不始末は自らただすという見識を持って、制裁措置についても議会自身がこれを発動するような仕組みを工夫することが望ましい。サンクションのあり方は多様であり、たとえば、現行法上認められている公民権の停止は刑罰を前提とするものであるが、刑罰と切り離した形で公民権の停止をひとつの制裁手段として整備することはもとより可能であるし、刑罰としての罰金に代えて非刑罰としての制裁金を新規に導入するなど、罰則以外の効果的な制裁措置の導入を真剣に検討すべきである。安易な罰則への依存は、法執行を警察・検察当局に依存することと同義であり、立法技術の観点からみても稚拙というほかない。具体的には、立法府の中に独立性の保障された機関を設けるなど、外国の例も参考に、政治資金の扱いに関するルール設定、制度設計について、国会において新機軸の議論が活発に行われることが期待される。この問題は、与野党相携えて、国権の最高機関としての見識を示すことが国民の期待にも沿うものであろう。