普天間基地移設は本当にできるのか
陸上自衛隊の元陸将が緊急提言 (AFPBB News2010年03月01日)山下 輝男


 2009年8月の総選挙において、普天間基地の県外・国外移設を主張し、マニフェストに計画の見直しを掲げた民主党が大躍進して政権交代が実現した。この時を境に、普天間基地移設問題は迷走を続けることとなった。


沖縄県宜野湾にある米軍普天間飛行場

 政府は今年5月末までに移設先を決定するとしているが、果たしてそのようにことが運ぶのだろうか。

 普天間基地の辺野古沖移設は、「米兵の少女暴行事件に端を発した県民感情及び住民の安全確保」と、「我が国の安全保障及び極東の安全確保」とのせめぎ合いの中で、日米政府が長い時間をかけ、苦心の末に出した結論なのである。

 本稿は、普天間基地移設問題の経緯やその概要を振り返り、問題の論点を整理しようとするものである。


普天間基地移設問題の経緯


(1)SACOの設置及び同最終報告から「基本計画」の決定~~平成7(1995)年11月から平成14(2002)年7月まで

ア 平成7(1995)年9月に惹起した沖縄米兵による少女暴行事件により、沖縄県民の反基地感情はかつてなく高まり、これを憂慮した日米両政府は、平成7年11月「沖縄に関する特別行動委員会(SACO=Special Action Committee On Okinawa)」を設置し、その後1年間をかけて集中的な検討を行った。

イ 平成8(1996)年4月には当時の橋本龍太郎首相とウォルター・モンデール米大使が会談し、5~7年以内の普天間飛行場の全面返還を表明した。

ウ 平成8(1996)年9月、当時の橋本首相が、普天間飛行場代替施設として「撤去可能な海上施設」案を表明した。

エ 平成8(1996)年12月に発出されたSACOの最終報告においては、「普天間飛行場については、5~7年の間に、十分な代替施設が完成した後、全面返還することで合意」された。同最終報告においては、海上施設を沖縄本島の東海岸に建設することとされた。

オ 地元の動向と受け入れ表明を受けての政府方針の決定等

地元名護市の受け入れに関する市民投票及び市長選挙の結果並びに知事選挙においても稲嶺恵一氏が初当選したこともあって、橋本・モンデール会談から6年余り、初当選した岸本建男・名護市長の受け入れ表明もあって、「キャンプ・シュワブ水域内名護市周辺辺野古沿岸域」に建設することとした政府方針が閣議決定された。

 平成14(2002)年7月には、政府の「普天間飛行場代替施設の基本計画」が策定されるに至った。


(2)基本計画の策定から「在日米軍の兵力構成見直しに関する政府の取り組みについて」の閣議決定まで~~平成14(2002)年7月から平成18(2006)年5月まで

ア 環境影響評価手続き及び大型ヘリの墜落事故

 基本計画に基づき、環境影響評価手続きが開始されたが、種々検討の結果普天間飛行場の移設・返還には更に時間を要することが見込まれた。一方、米海兵隊の大型へリ(CH-43)が沖縄国際大学に墜落し、危険性回避のための早期の移設・返還が強く求められることとなった。

イ 集中的な検討と代替施設の建設の合意形成

 一日も早い移設・返還を実現するための方法について、在日米軍再編に関する日米協議の過程で改めて検討が行われた。

 平成17(2005)年10月、「2+2」(日米外交防衛首脳による日米安保協議委員会)の共同文書において、大浦湾からキャンプ・シュワブ南沿岸部の地域にL字型に建設するとの新たな案で合意した。

 翌平成18(2006)年4月には、L字型を変更して、V字型の2本の滑走路からなる案で名護市および宜野座村と合意し、5月には「再編実施のための日米のロードマップ」において最終取りまとめがなされ、それを受けて閣議決定が行われた。

 これに伴い、平成11(1999)年の政府方針は廃止された。


(3)平成18(2006)年5月以後

 現況調査が開始されるなど、普天間移設問題は順調に進捗するかに思われたが、昨年8月末の総選挙による政権交代によって、状況は混迷を深めてきているようである。


在沖米軍施設・区域及び普天間飛行場に関する基礎知識

(1)沖縄における米軍施設等の集中状況

ア 在日米軍施設・区域(専用施設)のうち74%(面積比)が集中し、沖縄本島の18%を米軍施設等が占めている。

イ 在沖米軍施設の大半が、嘉手納以南の人口稠密な地域に集中している。

(2)在日(沖)米海兵隊と普天間飛行場

 米海兵隊の戦闘部隊は、主として3つの海兵機動展開部隊(MEF=Marine Expeditionary Force)によって構成されているが、海外に前方展開されているのは、沖縄に駐留する第3海兵機動展開部隊(III MEF)のみである。

 在日米海兵隊の大半、すなわち85%は、沖縄に駐留している。海兵隊の戦闘部隊は、歩兵・砲兵などの地上戦闘部隊である第3海兵師団、攻撃機・輸送機などの航空戦闘部隊である第1海兵航空団、補給・医療などの後方支援部隊である第3海兵後方支援群および司令部の4つによって構成されている。

 普天間飛行場には、第1海兵航空団のCH等の大型ヘリ等が配備され、F/A-18等は岩国基地に配備されている。

 沖縄に駐留する海兵隊員は、約1万8000人である。

在日米軍の再編との関係における普天間基地移設

 米国は、世界的な軍事態勢の見直しの一環として、太平洋においても兵力構成を強化するための見直しを行っている。

冷戦崩壊、9・11以降の安全保障環境において、日米同盟を強化し、沖縄を含む地元の負担を軽減することを狙いとした在日米軍の兵力態勢の再編を行うこととしている。在日米軍再編の最大の目玉が、普天間飛行場の移設である。


普天間移設計画の概要

 普天間移設計画は、在日(沖)米軍の抑止力維持と地元負担の軽減という非常に難しい方程式を見事に解いた苦心作であると言えよう。

 すなわち、在沖米海兵隊の主要な部隊は、引き続き沖縄に駐在させることにより抑止力の低下を回避する一方、司令部機能等をグアムに移転させることにより、地元負担並び市街地における危険度を軽減させたのである。

 普天間飛行場の返還に当たっては、当該飛行場が果たしてきた機能のうち、空中給油機を運用する機能を岩国基地に移し、訓練等もほかの地域でも実施することとし、緊急時に増強される本国からの航空機を受け入れる基地機能を新田原や築城基地が担うこととした。

 普天間代替施設は、「辺野古岬とこれに隣接する大浦湾と辺野古湾の水域を結ぶ形で設置し、1600メートルの長さの2本のV字型の滑走路が建設される。

 なお、普天間飛行場移設に関連してグアムに移転する部隊は、III MEFの指揮部隊、第3海兵師団司令部、第3海兵後方群司令部、第1海兵航空団司令部および第12海兵連隊司令部を含む在沖III MEFの要員約8000人とその家族約9000人である。


普天間基地移設問題を考える視点

(1)国外移設と米軍のプレゼンスの必要性

 普天間飛行場の移設に関しては、国外・県外論が根強くあることも確かである。しかしながら、沖縄は、歴代日米両政府が、再三表明してきたように東アジア防衛の要石(キーストーン)である。

 沖縄は、米本土やハワイなどに比較し、東アジアの各地域に対して距離的に近いので、緊急的な展開を行う場合には非常に有効である。また、我が国周辺諸国との間に一定の距離があるという地理上の特性は、緊急展開等を行う米軍にとって極めて有利である。

 一方、冷戦構造が崩壊したとはいえ、わが国周辺地域の安全保障環境は不安定である。すなち、「不安定の孤*1」と言われる当該地域の平和と安定のためには、在日米軍なかんずく在沖縄米軍、特に海兵隊のプレゼンスは不可欠である。

 近年の軍事技術の進展は、在日米海兵隊がグアムに移転しても、日本防衛のための抑止力は失われることはないという意見もあるが、果たしてそうであろうか?

 朝鮮半島や台湾海峡をも含む不安定な弧の極めて絶妙な位置に沖縄は所在しており、緊急に展開する任務を有する海兵隊が、後方はるか2000キロメートル以上も後退すれば、確実に抑止力および即応性が低下することは火を見るよりも明らかである。

(2)県外移設論について

在沖縄米海兵隊は、航空部隊、地上戦闘部隊、後方支援部隊や司令部から構成されており、実際の運用においては、これらの機能が相互に密接に連携することとなる。

 普天間飛行場に駐留する第1海兵航空団のヘリ部隊が、訓練・演習など日常的に活動する他の組織の近くに所在する必要があるので、普天間代替施設は県内に設ける必要がある。地上戦闘部隊とヘリ部隊が近傍に所在することにより、一体的運用の容易性、訓練の容易性を得ることができる。

(3)移設問題に関する各種反対論

県外・国外移設の論点は既述の通りである。

 自然破壊、財政負担の観点からの普天間飛行場の辺野古沿岸部への移設に反対との声もあるが、本移設案は、環境や貴重な動物や自然保護に十分に配慮した案である。

 確かに、陸上案に比較して海上案は膨大な経費を要する。相当の経費を要するとしても、抑止力の維持、地元負担の軽減との観点から海上案がベターであるならば、やむを得ないのではなかろうか?

 嘉手納基地に統合すべきだとの意見も一部にはある。ただそれでは代替施設を建設する際の重要な要因であった危険度の回避ができないばかりではなく、危険度がより増すことを考慮する必要がある。

 極東有事の際に、海兵隊飛行場と空軍基地の一方が敵の攻撃を受けて機能しなくなった場合を想定し、「米軍が沖縄に集中する戦闘機やヘリの収容能力を維持するためにも、空軍基地とヘリ基地は別に維持」する必要があり、また、多数の戦闘機とヘリを同一基地において、同時に運用するのは極めて困難であろう。

朝鮮半島から東南アジア、中東を経てアフリカやバルカン半島に至る帯状の紛争多発地域のこと。戦争や民族紛争の火種を抱え、テロリストの温床となっている。

(4)そのほかの影響

 連立政権が発足して以来、普天間飛行場移設問題は迷走を続けているとしか思えない。普天間問題は独立して存在するのではなく、本問題が迷走することにより、ほかの再編計画やグアム移転計画に悪影響を及ぼしつつあるのではないかと危惧する。

 普天間飛行場の移設は、全体的な再編パッケージの中で相互に密接に結びついている。嘉手納飛行場以南の統合および土地の返還は、III MEF要員・家族のグアム移転にかかっている。日本側の対応が決定しないことにより、グアム等における米軍の計画も遅延する。

 特に懸念すべきは、北朝鮮の核やミサイルの脅威の増大、不透明な軍事力の増大に狂奔する中国、特に第1列島線*2を越える遠海機動力を強化する中国などを考慮すると、さらなる日米同盟の強化を図るべき時期に、普天間問題が日米同盟に隙間風を起こし、信頼関係が低下するのではとの懸念が現実にならないことを願わずにはおられない。

(5)複雑な県民感情

 沖縄の過大な負担に応えるため政府は、種々の対策を講じてきた。昭和47(1972)年の沖縄復帰に伴う「沖縄振興開発特別措置法」の施行に引き続き、平成14(2002)年には、SACO最終合意、普天間移設等に関連する措置として「沖縄振興特別措置法」が施行され、平成19(2007)年5月には、「駐留軍等の再編の円滑な実施に関する特別措置法」(再編特措法)(10年の時限立法)が成立した。

 再編交付金の制度化、公共事業の補助率の特例、駐留軍等労働者に対する措置等が行われることとなった。

 基地に対する反感は依然としてあるものの、基地の重要性に理解を持ち、また上述の国の施策を評価して米軍の存在を認める動きもあり、沖縄県民は複雑な感情を抱いていると言えるだろう。

我が国の安全をいかにして確保するのか~おわりに

 その重要性・経緯からして、動かし難い辺野古移設をあえて白紙に戻す理由は何なのか? 報道には “県民感情を勘案して” とある。

 それは当然必要なことではあるが、一方には我が国のみならず、地域の安全保障ということにも関わることを忘れるわけにはいかない。

 ならば我が国の安全をいかにして確保するのかという基本的かつ最重要な問題に立ち返ってみるべきであろう。そうすれば、日米協力ということが大きな位置を占めることに気づくはずである。

 在日米軍再編の象徴である普天間飛行場の移設問題の現実的な解決が得られ、日米安保改定50年を迎えて、より高いレベルの日米同盟の構築に向けた日米協議を早速にも開始してもらいたいものである。

*2=第1列島線および第2列島線は、中国の軍事戦略上の概念のこと。戦力展開の目標ラインであり、対米防衛線である。第1列島線は、九州を起点に、沖縄、中華民国(台湾)、フィリピン、ボルネオに至るラインとされる。

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