●西松建設献金事件:「訴因変更は違法」 大久保被告弁護人、最高裁に特別抗告

 西松建設の違法献金事件で政治資金規正法違反に問われた小沢一郎民主党幹事長の元公設第1秘書、大久保隆規被告(48)の公判を巡り、被告の弁護人が27日、東京地裁が起訴内容の変更(訴因変更)を許可したのは違法だとして最高裁に特別抗告した。

 検察側は、西松建設事件の起訴内容に小沢氏の資金管理団体の土地購入を巡る事件の内容を追加するよう請求。弁護側は「争点を絞り込んだ公判前整理手続き後の訴因変更は、判例からも認められない」と異議を申し立てたが、地裁が21日に請求を許可していた。 (毎日新聞 2010年5月28日) http://bit.ly/9lYUWj



●陸山会事件:大久保元秘書公判「訴因変更」で立ち往生 弁護側「公判前整理」盾に異議


 小沢一郎民主党幹事長の資金管理団体「陸山会」を巡る事件で政治資金規正法違反(虚偽記載)に問われた元公設第1秘書、大久保隆規被告(48)の公判が4カ月近く再開されず「立ち往生」している。大久保被告は先に西松建設の違法献金事件で起訴され公判中で、検察側はその起訴内容に陸山会事件を加えるよう「訴因変更」を求めたが、弁護側の異議申し立てを受けた東京地裁が許可を見合わせているためだ。異議申し立ての根拠は、皮肉にも迅速な裁判のため導入された「公判前整理手続き」。法律のプロ同士による水面下の攻防が続く。【伊藤直孝】

 大久保被告は、陸山会事件に先立つ昨年3月、西松建設を巡る違法献金事件で逮捕・起訴された。起訴内容は03~06年、同社からの献金をダミーの政治団体からと偽って陸山会の政治資金収支報告書に記載した政治資金規正法違反。この事件では、検察側と弁護側が事前に争点や証拠を絞り込む公判前整理手続きを9回重ねて昨年12月18日に初公判、今年1月13日に第2回公判が開かれ、当時は今春にも判決が言い渡されると見込まれていた。

 ところが特捜部は1月16日、陸山会の07年分の収支報告書の支出を4億円過少記載したとして大久保被告を再逮捕。04、05年分の別の虚偽記載も含めて立件し、2月4日に東京地裁に両年分の訴因変更(07年分のみ追起訴)を請求した。訴因変更請求があった場合、裁判所はすぐに許可するケースが多い。だが、東京地裁は今も訴因変更を認めていない。

 ネックとみられるのが公判前整理手続き。ある業務上過失致死事件の判決で東京高裁は08年11月、「公判前整理手続き後は、争点整理と審理計画が策定された趣旨を無視した訴因変更は許されない」との判断を示した。この高裁判例を念頭に、大久保被告の弁護側は「公判前整理手続きで争点を絞り込んだのに、検察はだまし討ちのように訴因変更請求をした」と主張しているとみられる。

 これに対し、検察側は「やむを得ない措置」と反論。検察側、弁護側双方とも一歩も引く構えを見せていないという。

 「公判が長引き迷惑をかける」。大久保被告は3月30日付で公設秘書と小沢氏の事務所を辞職した際、周囲にそう説明したという。

 

■ことば

 ◇訴因変更
 起訴状に記載された犯罪の具体的内容(訴因)を変更する手続き。事実関係が大きく変わらない範囲で、適用罪名や記載内容を修正する場合に検察官が請求する。裁判所が検察官に変更を命じることもある。起訴内容と全く別の内容を追加する場合は同じ罪名でも訴因変更はできず、追起訴が必要になる。政治資金収支報告書の虚偽記載罪は、虚偽の内容が含まれる報告書を提出することで成立するため、検察側は同一の報告書の別の虚偽記載を立件した場合には追起訴することができず、訴因変更することにした。

(毎日新聞 2010年5月7日) http://bit.ly/bNfZzu




●郷原信郎:裁判所が検察の訴因変更請求を認めないのはなぜか 


5月12日に開催された、コンプライアンス研究センター長定例記者レクで、郷原信郎(ごうはら・のぶお)氏は「小沢氏秘書大久保隆規氏の政治資金規正法違反事件の公判」について、以下のように発言されています。


これは非常にややこしい、理解しにくい話なのでここはぜひ司法クラブの方々に聞きにきて頂きたいということでわざわざファクスまで送ったんですが、あまり来て頂けなかったので非常に残念ですが、これが、大久保氏は石川氏と同時に起訴ではなく「訴因変更請求」をされたわけですが、その後2カ月以上、その請求を裁判所が許可しないまま立ち往生した状態にあるということが報じられています。その新聞記事をお配りしましたが、恐らく、これを見ても何のことかよく分からない人が大部分ではないかと思います。「訴因変更」が認められていないのは弁護側が「公判前整理」を盾に異議を言っている、弁護側が公判前整理をたてに取って審理をストップさせて、無駄な抵抗をやっているというふうに受け取った人も多いと思いますが、それは違います。


大久保被告は、去年、西松建設事件で政治資金規正法違反で起訴されました。この罪名は、平成16年の陸山会の収支報告書の虚偽記入です。この虚偽記入の内容は西松建設の関連団体からの寄付を、実際には西松建設からの寄付なのに、その政治団体の寄付と書いたのが虚偽だと言って、検察はそれを虚偽記入で起訴したわけです。そして、それから半年余りたって......半年以上ですね、今年の1月に大久保氏はまた逮捕されたわけです。政治資金規正法違反で。この事実がまた同じ2004年、平成16年の政治資金収支報告書の虚偽記入です。


そうすると、同じ収支報告書の虚偽記入ですから、1人の人間が会計責任者としてAという部分に対して虚偽記載をした行為と、Bという部分に対して虚偽記載した行為は、一罪です。罪数の問題として、犯罪の数が1つということになります。犯罪の数が1つであれば、原則として1つの刑事訴訟手続、刑事手続において行うことになります。刑事裁判としては、基本的に1回で終わらせるという話です。本当だったら、原則は、一罪であれば2回逮捕拘留することは本当はおかしいですが、それは、検察が勢いでやってしまうと、裁判所は、同じ事実で既に起訴されていることはわかりませんから逮捕を認め、勾留も認めたわけです。しかし、その事実を起訴しようとすると、Aという事実とBという事実が同じ収支報告書の1人の人間がやった虚偽記載の問題であれば、一罪であり、犯罪の数は1つにしかなりませんから、A事実とB事実を併せても一つの犯罪にしかならない。そうなると、すでに起訴されていたAの事実の追起訴、つまり、新たに別の事実での起訴、ということではなく、Aという事実の収支報告書の虚偽記入の訴因を、そのBも含む訴因に変更する手続によらざるを得ないわけです。


ちょうど石川議員が起訴されたのと同じ日に、大久保氏も起訴されると思ったら起訴という手続ではなく、訴因変更という手続を取らざるを得なかったのはそういう理由によります。ところが、訴因変更というのは、裁判所が許可しないとできないです。というのは、もし、全然別の事実を持ってきて、Aという事実で起訴していたのに、それが無罪になりそうになったから、まったく関係ないBという事実に変更してくれというようなことが可能だったら、次々にとっかえひっかえ訴因変更していれば、いつまでたっても公判は終わらないし、無罪判決が出ないことになるのでもともと起訴した事実と同一性のある範囲内でないと許されないし、訴因変更請求を認めることに問題があると裁判所が判断したときは、裁判所の権限で訴因変更請求を却下することができるのです。


そして、その訴因変更という手続きには今、裁判員制度と、それに関連する公判前整理手続との関係で重要な制約があります。それは、公判前整理手続では争点が明確にされ、何が争点なのかということが最初から明らかにされて、それに関する証拠も開示されて、こういう争点に関して、こういう証拠を出して、こういう証拠について争っていくという審理の予定が全部決まる、そのために、公判前整理手続があるわけですがそれを、せっかくそういうふうに争点を整理して、審理の予定を決めてやっているのに、最後のころになって、いや、全然違った争点が実はあったんだと後から持ち出されたら何のために公判前整理手続をやっているか分からない、ということになるので、争点は後から持ち出すことはできない。ましてや、起訴状自体を変えてしまって新たな争点を作ることは、公判前整理手続の趣旨から許されないということで、公判前整理手続で争点が整理されている以上、その後の訴因変更は認められないという東京高裁も決定が出ているわけです。それを援用して弁護側は、そもそも今回の訴因変更は違法な訴因変更請求であって認めるべきではないと言っているわけです。


ただ、その検察側の訴因変更請求が通る余地がないのかどうか。これはまだ若干問題があります。というのは、同じ訴因変更請求でも、ちょっと訴因変更には性格の違うものがあるのです。例えば、常習累犯窃盗なんかがそうです。常習累犯に当たらない窃盗罪だったら一つ一つの窃盗の事実がそれぞれ一罪ですが、一定の要件に当たり、常習として多数の窃盗を犯したということで常習累犯窃盗で起訴された場合は、全体が包括して一罪です。常習累犯窃盗に当たらないときには、1件1件追起訴でやるべきところが、常習累犯窃盗であれば、訴因変更という手続になります。常習累犯窃盗という包括的な犯罪のとらえ方をした場合は、複数の窃盗の事実が一罪になりますから、追起訴じゃなくて訴因変更の手続きをとることになりますが、実質は追起訴に近いのです。実質的には別の窃盗を起訴したのと同じことなので、こういう場合であれば、恐らく、当初起訴した事実について公判前整理手続を経ているものであっても訴因変更請求は認められると思います。ですから、今回の訴因変更請求が認められるかどうかは、そういう常習累犯型の訴因変更なのか、それとも、本来1つの犯罪として、全体を1つで考えるべきものを修正するという一般的な訴因変更なのか。そのどちらと考えるかによって結論が違ってくると思います。


検察は、両方とも同じ収支報告書の記載だが、西松建設に関連する話と陸山会の不動産取得の話とは背景事

実が全然違うから、常習累犯型のように公判前整理手続を経ていても訴因変更が認められるということが言いたいんだと思います。しかし、果たしてそうなのかどうか、が問題です。

私は、もともとの西松建設の事件も非常に問題があるということを去年の3月から言い続けてきた通りですが、その後の陸山会の不動産取得に関連する政治資金問題も、政治資金規正法違反上ほとんど起訴価値がない。こんなものはおよそ刑事罰の対象にすらならないと思います。ですから、新たに明らかに処罰する必要がある別の犯罪を訴因に加える常習累犯窃盗型などでは決してないと思います。言ってみれば、付け加えるべきものの処罰価値があまりに低いから、そんなのがもしギリギリ政治資金規正法違反になるとしても、それによって、被告人の犯罪全体の評価にほとんど影響がないので、訴因変更を認めるべきではないと思います。裁判所は訴因変更請求を却下すべきということになります。私はそうなる可能性が強いと思います。この問題はそういうことです。


そしてもう1つややこしいのが、昨日出ていた共同通信の記事で、「起訴状変更で表現修正」と書いてあります。これだけ見ても恐らく、100人のうち99人は何のことか分からないと思いますが、たぶんこういうことだと思います。大久保氏の訴因変更請求書には、尐なくとも陸山会の不動産取得に関連する虚偽記入の事実については、石川氏の起訴状の方で大久保、池田と共謀と書いてあるわけですから、「石川氏と池田氏との共謀の上」と書かざるを得ないわけですが、問題は、もともと起訴されていた西松建設関連の虚偽記入の事実は大久保氏単独犯だということです。ですから、そこのところを、訴因変更請求書で、全部「石川、池田と共謀の上」に変更するというと西松建設事件も全部石川氏、池田氏が共謀している話しになってしまう。そういう共謀の事実はないわけですから。それはおかしいという指摘を受けて、検察が、訴因変更請求書を修正したということだと思います。


しかしそれを考えるとますますおかしいですね。同じ収支報告書の虚偽記入の1つの犯罪のうちの一部は単独犯で、一部は3人の共謀だと言うのですが、その1つの犯罪のうちの一部だけが共謀というのは刑法理論上は一体どう考えるのかさっぱり訳が分からな。起訴状の書きようがない、犯罪事実が支離滅裂になってしまう事件というのは通常無罪です。起訴状の記載と、訴因変更請求だけで収拾がつかない事態になっているということは、刑事事件の公判維持、立証という面で、ほとんど破綻しかかっていると言っていいのではないかという気がします。

(THE JOURNAL 2010年5月15日) http://bit.ly/c7vg0C


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