菅内閣で景気は良くなるのか 重大な不安と疑問 (日刊ゲンダイ2010/6/4)

ご祝儀で株価は上がったが菅内閣で景気は回復するのか

菅内閣で景気は良くなるのか。出だしは上々だ。
きのう(3日)の株式市場は、次の首相として名前が挙がった菅財務相が“材料”となって、平均株価は前日比155円高で寄り付くと、輸出株を中心にグングン上昇、終値は今年1番の上げ幅となる前日比310円高の9914円をつけて引けたのである。少なくとも兜町は沸きに沸いた。
東海東京証券チーフエコノミストの斎藤満氏がこう指摘する。
「この株高は、為替が円安(1ドル=92円台)にフレたことを好感したためですが、市場は菅財務相の大臣就任早々の“円安誘導”発言を覚えている。円安持論の菅財務相が首相になれば、輸出産業で稼ぐ日本の強みが遺憾なく発揮されるから、景気回復が期待できると見ているのです」
市場では、「経済オンチ」といわれたかつての菅評は影を潜め、菅首相待望論が広がっているのが実情だ。菅は3日の立候補表明で、こうした期待に応えるかのように、産業の「新成長戦略」を6月中にまとめ上げ、「強い経済、強い財政、強い社会保障を一体的に実現する」と強調した。
「鳩山前首相は“宇宙人”といわれる理想論者で、具体的な手法に欠けたが、菅財務相は“リアリスト”。きちんとした戦略を立てた上で、現実的な手を打つことができれば、景気回復は案外早いかもしれない」(財界関係者)
景気回復にはGDP(国内総生産)の6割を占める個人消費の回復が不可欠だ。そのカナメである雇用にも言及した。
「企業はリストラできるが、国は国民をリストラできない。私は介護や福祉などで新たな雇用をつくり出して日本を成長させていく」
基本姿勢はできている。社会の底辺を底上げし「安心」を強調して景気を回復させるつもりだ。少なくとも今より悪くなることはなさそうだ。

ひとつ間違うと致命傷になる消費税アップなどの増税容認論
菅財務相のニックネームが、「イラ菅」から「黙菅(ダマカン)」に変わっていることをご存じか。
財務大臣になって、財政や経済について猛勉強している姿を見てきた財務官僚が名づけたという。そこで身につけた知識は、財政再建をしっかりやるということだ。鳩山首相が「4年間消費税を上げない」と公言していたのに、大臣就任後しばらくして、菅財務相は税制論議をするべきと言い出した。野党やマスコミからの“バラマキ政治”批判をかわすためでもある。しかし、菅が「増税容認派」に傾いているのは事実だ。
菅財務相のブレーンは2人。菅大臣と同じ東工大出身で、大阪大学社会経済研究所所長の小野善康氏。内閣府参与も兼ねている。もうひとりは東京大学大学院教授の吉川洋氏。財務大臣の諮問機関である財政制度等審議会の主要メンバーだ。
2人は増税論者である。その主張につられ、菅財務相も消費税アップが必要と考えるようになってきた。800兆円を超す財政赤字を解消する決め手が他に見つからないからだ。日本をギリシャにはできないという使命感でもある。これを「菅氏が財務官僚の手に落ちた」と評するのはたやすいが、自公政権時代の財務大臣と同じと考えてはいけない。
「小泉・竹中政権のときは、大企業だけを優遇する税制を取り続け、負担だけを下々の国民に押し付けた上に、派遣法を改悪して雇用を切り捨てた。だが、菅財務相は『増税しても成長戦略を推し進める中で雇用を増やせば景気は回復する』と考えている。そして増税しても社会保障費充実で国民に還元することを基本に置いています」(経済ジャーナリスト・小林佳樹氏)
増税しても国民が納得できる策を練っているようだが、果たして国民に受け入れられるかどうか。野党は消費税アップを参院選の争点にしようとしている。言い方をひとつ間違えると、鳩山首相の「普天間問題」になりかねない。

小沢一郎はこのまま消えるのか、隠然たる影響力を維持するのか
鳩山首相から「幹事長も職を引いていただきたい」と引導を渡された小沢幹事長。小沢本人も記者団に「私が皆さんと会うのも最後だ」と意味深なセリフを言い残している。
小沢一郎はこのまま表舞台から姿を消し、力を失ってしまうのか。それともヤミ将軍として隠然たる影響力を維持するのか。「菅直人はきのう(3日)の会見で『小沢幹事長には、しばらく静かにしていただいた方が、民主党にも、日本の政治のためにもよい』と口にしています。小沢一郎を重用する気はないでしょう。むしろ、少しでも小沢色を排除していくはず。バラバラだった反小沢一派も菅直人の下でまとまりつつある。急速に影響力を低下させるはずです」(民主党関係者) しかし、その一方で、たとえ無役になっても絶大な権力を握りつづけるという見方も根強い。
「小沢一郎の凄さは、役職についていようが無役だろうが、関係なく影響力を発揮できることです。政治家としてのパワーが違う。そもそも、党内に150人の勢力を抱えるのに、完全に排除できるはずがない。しかも、ほかのグループと違って小沢グループは結束が固い。
小沢本人もヤル気満々です。7月の参院選も、自分が幹事長として擁立した候補者を、徹底的に支援していくのは間違いない。9月の代表選では、巻き返しに出てくるはずです」(政治ジャーナリスト・鈴木哲夫氏)
なにより、小沢一郎ほど選挙や国会運営を熟知している政治家はいない。いずれ、菅直人も頼らざるを得なくなるはずだ。
大マスコミの目を気にして、無理やり小沢排除をする必要なんてない。使える場面、頼りたい部分では小沢の力を活用すればいいのだ。大事なのは民主党政権の安定と強化なのである。


旧自民党政党に戻れと旧勢力が大合唱のナンセンス
鳩山首相の退陣が決まったことで、大新聞・テレビはさっそく、自民党時代の政策に戻れ、官僚政治を復活させろと大合唱を始めた。
「普天間基地移設をめぐる迷走」「政治とカネ」「小沢幹事長の二重支配構造」……。鳩山政権の8カ月間を振り返りつつ、退陣の原因は、鳩山首相が掲げた「理想」が「幻想」だったと一蹴。おまけにポスト鳩山政権に注文を付けて、「外交・安全保障政策の基軸となる日米同盟の強化」「官僚組織を排除する『政治主導』の見直し」が必要だとエラソーに主張しているから笑ってしまう。それだから「旧勢力の守旧派」とバカにされるのだ。
「中国の英字紙チャイナ・デーリーは、鳩山首相の辞任は『日本の親米メディアと米国』に原因があるとし、『親米メディアは鳩山政権の新政策をほとんど取り上げず、マイナスの影響ばかりを報じた』と報道している。海外から見ても、日本メディアの鳩山叩きは異様だったのです」(政界ジャーナリスト)
政治評論家の本澤二郎氏がこう言う。
「今の日本のメディアは完全にジャーナリズムの機能を失っている。官僚におんぶに抱っこで、彼らの言うことがすべて正しいと信じ切っている。明治時代から続いてきた官僚主導でこの国は借金だらけでおかしくなった。だから政治本来の姿に戻そう、というのが昨夏の政権交代。それを元に戻そうという考えは言語道断です」
3日付の英紙タイムズは、鳩山首相のことを「不器用な指導者だったが、変革の道を開いた」と評価。そして鳩山政権の誕生によって「政府とは変革できるものであり、すべきものである」という民主主義の大原則を日本に教えたことで「意味があった」「良き指導者が後に続くだろう」と報じた。その通りだろう。
イタリアの政治思想家マキャベリは「君主論」の中で、旧制度に依存する敵と、いい加減な支持者に囲まれた中で進める「改革」の難しさを説いている。たった8カ月ですべてがバラ色に変わることはあり得ない。しかし、日本の大手メディアは自分が絶対的だとうぬぼれているから、菅政権になっても民主党はイバラの道だ。


自民党と違って先手を打った民主党は再生できるのか
菅は、代表選の出馬会見でこう語った。
「民主党の新たな政権を新たな歩みを再スタートする。(鳩山首相には)政治とカネの問題で国民の皆さんから不信を招いている幹事長にも辞任をしていただく形で、新しい民主党への扉を勇気を持って開いていただいた」
代表選のキーワードは「クリーンな民主党の再生」。
それだけ、民主党にとって「政治とカネ」の問題は足カセになっていた。
法大教授の五十嵐仁氏(政治学)が言う。
「政権の足カセがはずれれば、日本政治が大きく前進するきっかけになる。それに、このタイミングでトップ交代ができた意味は大きい。自民党は昨年7月、麻生降ろしが燃え広がりましたが、結局、降ろすことができずに9月の衆院選に突入。その結果が歴史的な大惨敗です。そして内部分裂のドタバタで自滅の道をたどっていった。鳩山降ろしを素早く決着させた民主党は、同じ轍を踏まずに済みました。首相辞任から新代表選出まで短時間で運んだこともプラス材料。緊急事態に仲間割れしている場合じゃありませんからね」
民主党は、昨年5月に小沢代表(当時)が西松事件で辞任した際も、5日後には新代表を選出。新しい顔で衆院選を戦い、結果的に大躍進につながった。
「新聞社の緊急世論調査では、鳩山首相の辞任で政党支持率が10ポイント近く上がりました。代表交代は、今のところ好意的に受け止められている。ただ、この期待が参院選まで続くかは分かりません。何も変わらなければ、すぐに失望されるだけでしょう」(政治アナリスト・伊藤惇夫氏)
菅は、古くからの民主党リーダーのひとりだから、安定感はあるが、新鮮味とサプライズはない。どれだけプラス材料を上乗せできるのか。無党派層をもう一度引き戻せるかは、そこにかかっている。


惨敗予想だった民主党の参院選は何議席回復するか
「鳩山首相のままなら惨敗だったでしょうが、体制一新で、民主党は参院選で巻き返す可能性が出てきた」と、前出の五十嵐仁氏がこう言う。
「逆に、自民党や新党は厳しい状況に追い込まれました。選挙後には藻くずと消えてしまう政党があるかもしれません」
野党の本音は「鳩山首相に辞めて欲しくなかった」だ。
内閣不信任案や問責決議案をチラつかせながらも提出しあぐねていたのは、むやみに鳩山内閣を追い込んで、本当に退陣されたら困るという思惑からだ。首相が代わって民主党の支持率が回復することを警戒し、裏では「鳩山さんを大事にしなきゃ」なんて言い合っていた。不信任案を出す前に辞められてしまい、参院選をどう戦うか、頭を抱えているのは野党の方である。
同時に小沢幹事長が引くことも、選挙にはプラスに働く。マスコミ報道によって、世間には「小沢=悪」のイメージがとことん植えつけられてしまった。最近は、どの世論調査でも、7割以上が「小沢氏は幹事長を辞任すべき」と答えていた。こうした“悪材料”が払拭された以上、民主党に支持率が戻ってこなければ嘘だ。
「政治とカネの問題がクローズアップされ、“民主党も古い自民党と変わらないじゃないか”と失望した有権者は少なくありませんでした。しかし、小沢氏の辞任で、民主党に対する有権者の見方が変わる。新首相が人事で手腕を発揮できれば、政党支持率もかなり戻ってきます。改選121議席のうち、民主党の単独過半数は無理にしても、順当に行けば40~50議席は取れるでしょう」(政治評論家・有馬晴海氏)
一時は30議席に届くかどうかといわれるほどの劣勢だったことを考えれば大挽回。ボロ負けは免れそうだ。


首相交代を繰り返した自民党の二の舞になる危険
鳩山首相は、わずか8カ月で辞任に追い込まれた。日本の首相は安倍晋三、福田康夫、麻生太郎と1年ごとにトップが代わっている。菅直人も二の舞いになるのか。
「首相交代が年中行事のようになっているのは、内閣支持率が下落した途端、容赦なく党内が引きずり降ろしにかかるからです。『福田首相では選挙に勝てない』といった声が噴出する。鳩山首相が退陣したのも『参院選に勝てない』という理由だった。小選挙区制が導入されてから、党首の条件は“選挙の顔”になるかどうかになってしまった。菅首相も、支持率が下がったら、あっという間に引きずり降ろされる。とても、3年後も総理をやっているとは思えません」(鈴木哲夫氏=前出)
しかも、民主党議員は政権政党の自覚が薄いからなおさらだ。
「鳩山首相の迷走が支持率下落の原因とされているが、責任の一端は閣僚たちにあります。首相に任命された大臣は、本来、総理のために働くものです。ところが、鳩山内閣の閣僚たちは、俺が俺がというタイプばかり。自分が目立つことしか考えていない。普天間問題が典型です。内閣を挙げて取り組んでも難しい問題なのに、誰も黒子として汗を流さない。首相は孤立してしまった。ドロをかぶりたくない沖縄担当の前原大臣は、なにもしなかった。それもこれも、政権政党の自覚が足りないからです。この民主党の体質は、菅首相になっても変わらない。菅内閣はピンチに陥った時、非常にもろいはずです」(民主党事情通)
菅直人も1年持たずに退陣となったら、民主党は本当に国民から見放されてしまう。


マニフェスト政治を終わらせることが正解なのか
「マニフェスト(政権公約)至上主義が混乱を招いた」「マニフェストを見直す必要がある」――。きのう(3日)の新聞紙面には、民主党が衆院選で掲げたマニフェストの批判記事があふれていた。鳩山政権が行き詰まったのも、マニフェストが“病巣”といわんばかりの論調だったのだが、マニフェスト政治はそんなに悪いことなのか。
そもそも、国会でマニフェストの導入論議が高まったのは、自民党時代の政権が「公約」に対してあまりにデタラメだったためだ。時の首相が公約に掲げても、族議員は反対のことを言うのが当たり前。だから“公約”は“口約”とか“すぐはがされる膏薬(こうやく)”なんて言われ、実現されないのが当たり前。マスコミさえも文句を言わなかった。
そんな長年のデタラメを見直し、政治を政策重視の本来の姿に変えたのがマニフェスト政治だった。大きな前進である。それを批判する大新聞こそがおかしい。時代遅れであり、自民党体質ドップリから抜け切れないのである。元毎日新聞記者で、政治評論家の板垣英憲氏はこう言う。
「『一内閣一仕事』と言われたように、過去の政権は細かな政策を掲げず、英国流のマニフェスト政治も相手にしなかった。その当時と比べたら、国民が政策判断できるマニフェストは重要です。ただし、日本ではまだ実験段階。国家は営利企業でないから、『必達目標』か『努力目標』かといえば後者であり、政策の達成度を測る目安です。それなのに、今の状況は、少しでも実現されないと『公約違反』『嘘つき』と追及される。マニフェストの悪い面ばかりが強調されているようです」
本当だ。鳩山内閣は大マスコミに煽られ、マニフェスト実現を急ぐあまり、自分のクビを絞めてしまった。次の民主党政権は焦らずに、「残り3年間でマニフェストを一つずつ実行するから見守ってください」くらいのことを言って、一歩ずつ前進すればいいのだ。大マスコミの魂胆は民主党政権を弱体化させ、支配下に置くことだから、とことん無視すればいい。大マスコミの扇動政治に引っかからない――それが菅政権の最大の課題なのである。