逆戻りと批判されている菅政権 政権維持が目的化してきた菅首相の前途
(日刊ゲンダイ2010/6/17)

鳩山前政権のバラ色の理想主義から財政再建という暗い感じの現実路線への転換に、旧自民党政権とどこが違うのかと訝る選挙民

去年の衆院選のマニフェストを次々修正して参院選で信を問うという菅政権に勝ち目は果たしてあるのだろうか
世襲のボンボンたちが怒っている。安倍元首相にとって菅政権は「史上まれにみる左翼政権」とか。麻生元首相も「市民運動と言えば聞こえはいいが、これだけの左翼政権は初めてだ」と解説した。親に与えられた看板と資産でのうのうと生きてきた幸せな連中には「不幸」が理解できないのだろう。「不幸になる要素を最小にする」(菅首相)なんて言われてもチンプンカンプンで「左翼だ」となったらしい。
なに、坊ちゃんたち、心配はいらない。菅内閣は世襲宰相が率いた自民党路線にどんどん近づいている。
法大教授の五十嵐仁氏(政治学)が言う。
「菅政権は急速に自民党化を進めている印象です。菅さんのリアリストぶりが強く出て、民主党政権が目指してきた変革に対する気概や方向性が見えなくなっている。大マスコミはそんな菅政権を現実を踏まえていると歓迎していますが、政権交代を望んだ国民が抱いてきた新しい政治への期待感は急速にしぼんでいる。はたして、自民党と違う政治の姿を示そうとしているのか、大いに疑問ですね」菅が消した鳩山の「たいまつ」
鳩山政権は、夢を掲げていた。特別会計を合わせた国の総予算207兆円からムダをバッサバッサと切り取って、子育て支援や医療制度の再建などに回すとし、「命を守りたい」と訴えた。
甘っちょろい理想論とバカにするのは簡単だが、100年前から変わらない官僚天国を野放しにする方が、よほど阿呆だ。?

鳩山政権が掲げた非効率な統治システムの見直しには、国民的コンセンサスという裏付けもあった。だから歴史的な政権交代を実現したのだ。
それがどうだ。菅は、国民が同意した昨年の衆院選マニフェストを次々修正し、参院選で信を問うという。鳩山が「4年間引き上げない」と公言した消費税の増税にも踏み切る構えだ。菅は鳩山から「たいまつを託された」と言った。しかし、燃えていたはずの“理念の火”はいつの間にか消えていた。理想が見えない暗い世の中に逆戻りである。
「このままでは、消費税増税など9兆円の負担増で景気回復に水を掛けた橋本内閣の二の舞いになりかねません。大蔵官僚に“今がチャンス”と背中を押された橋本首相(当時)は、一時的な景気回復に税率アップをぶつけ、金融危機の引き金を引いた。経営基盤が弱かった北海道拓殖銀行や山一証券は、大蔵省にトドメを刺されたのです」(市場関係者)
日本経済は今、リーマン・ショックから立ち直り始めたばかりだ。とてもじゃないが、消費税を引き上げられるような環境ではない。最低限、きっちりと富が再分配される体制を整えてからでないと、経済も暮らしもガタガタになる。菅は早く目を覚ました方がいい。

国民が音を上げるまで待った小泉路線と同じ
かつて小泉元首相は、「歳出をどんどん切り詰めていけば『やめてほしい』という声が出てくる。増税してもいいから必要な施策をやってくれ、という状況になるまで、歳出を徹底的にカットしないといけない」と話していた。さすが非情の男だが、子ども手当を簡単に半分に減らして歳出を減らす菅の姿勢も、国民が音を上げるまで待っているように見えてしまう。
沖縄の普天間移設問題に対しても、菅は冷淡だ。衆院選マニフェストでは「在日米軍基地のあり方について見直しの方向で臨む」としていたが、今度の参院選では「日米合意に基づいて、沖縄の負担軽減に取り組む」に方針返還。


「見直し」の文字は削除された。
「鳩山さんは、やり方は稚拙でしたが、かすかな希望も見えた。
自民党時代の日米合意をどうにかして変えられないか模索していました。ところが、菅さんは、あっさりしたもの。沖縄に負担を強いることに対する心の痛みは感じられません」(五十嵐仁氏=前出)
「大バカ」と敵意ムキ出しだった霞が関の官僚とも手を結んだ。幹部役人の降格を可能にする国家公務員法改正案は廃案で、「官僚こそプロ、その力を使って政策を進める」なんて言い出している。この問題では、自分はロクに漢字も読めないくせに、「官僚は使いこなすものだろ」とシタリ顔で話していた麻生そっくりになってきた。
どうも菅の発想は自民党の歴代首相に近いのだ。


参院選敗北で退陣なら自民党末期そっくり
「自民党は自分たちの政策をすべて官僚につくらせてきました。一方の官僚は、政策の中に自分たちの利権拡大につながる仕組みを盛り込んできた。どれだけハードルが高くても、するりと入り込んで甘い汁を吸う役人たちのノウハウや知恵は想像以上です。彼らの手口を見抜き、きちんとコントロールできなければ、ズブズブだった自民党と同じです」(霞が関事情通)
これでは新しい時代の政治など生まれるわけがない。
「政権交代を望んだ国民は、まだ、民主党に失望していません。菅政権のマニフェスト変更も、根本的なところは変わっていないと思っている。そうした声は60%の支持率に表れています」(政治評論家・山口朝雄氏)
ただ、この状態が参院選まで続く保証はない。むしろ、現実路線と言えば聞こえはいいが、リスクを次々に回避するだけの菅政権に、国民が肩を落とし、落胆する日の方が近いのではないか。それで民主党が参院選に敗れ、菅首相が退陣なんてことになれば、それこそ自民党の末期と同じである。
国民は安全運転で着実にポイントを稼ぐ政権を待っていたわけではない。支持率なんて当てにしていると、ぬか喜びに終わる。統治システムを根底から変える大胆な政治を示せなければ、参院選の勝利はおぼつかないのだ。