「小沢一郎捜査で露呈した東京地検特捜部が抱える病巣」 郷原信郎×田原総一朗 vol.1


(現代ビジネス 2010年06月16日) 田原総一朗のニッポン大改革 http://bit.ly/cJVwNy

 鳩山由紀夫さんが首相を辞めて、同時に小沢一郎さんが民主党幹事長を辞めた。それで菅直人内閣になったとたん、17%ぐらいだった内閣支持率がグッと上がって60%以上になった。これは、小沢さんを排除したことで支持率が上がっているんだと思うんです、極端に言えばね。

郷原 はい。

田原 それほど小沢さんは、国民に「悪者だ」と思われていた。小沢さんが悪者だと思われた、その原因は「政治とカネ」の問題です。

 去年の3月に西松建設の問題で、小沢さんの秘書・大久保(隆規)さんが逮捕された。そこで、そのとき小沢さんは民主党の代表でしたが、代表を辞めた。

それで幹事長として選挙にのぞみました。そうしたら今度は、世田谷の深沢の土地の問題が出てきた。

 郷原さんは、西松建設の問題が起きた去年の3月からこ、の問題について非常に関心をお持ちだという。どこに関心をお持ちになったんですか?

 郷原さんは言うまでもなく元検事です。まさにプロなんですが、プロとしてどういうところがおかしいとお思いになったんですか?

郷原 まず去年の3月、大久保氏が逮捕された時点で、みんなが思ったのは、最初の逮捕事実は、普通に考えると政治家や有力な政治家の秘書を捕まえる事件としてあまりに軽微だということですね。

田原 虚偽記載でした。

郷原 政治資金収支報告書の虚偽記載ですね。それも西松建設の寄附なのに、それを政治団体の寄附という名義で記載していたという、名義の問題だけです。

 それだけのことで、あの時期にあれほど大きな政治的な影響を及ぼすような事件の強制捜査をやるわけがない、と多くの人が思ったわけです。

田原 いつ選挙があってもおかしくない時期ですよね。


ライブドア事件も、村上ファンド事件も問題があった

郷原 だからその背後に、なにかもっと大きな事件があるはずだと。贈収賄とかあっせん利得とか、そういった事件の見通しが立っていて、その入り口としてあの事件に着手したんだろうという見方をする人が多かった。

田原 多くの人がそう思っていましたね。これは単なる入り口であって、小沢さんは東北地方の本当に実力者だから、贈収賄があるんじゃないかとか、そう見ていましたね。

郷原 ええ、前半部分については僕も基本的に同じ見立てでした。

 要するに、これだけでやるのはおかしい。常識では考えられない。これだけの事件で、こんな時期に小沢さんの秘書を捕まえたりしない――それが今までの検察の常識だった。

 そこまでは同じなんです。しかし「それじゃあ本当にその先に大きな事件があるのか」という部分に関しては、私は最初から「たぶんないだろう」と思っていたんです。

田原 そうですか。

郷原 ええ。

田原 小沢さんはあのとき民主党の代表ですよ。いつ選挙があってもおかしくない、野党の代表です。それに対して致命的なダメージを与えたわけですよね。こんな程度のことでダメージを与えるのはおかしいから、なんか奥にあるんじゃないかと、私もふくめてみんなそう思っていましたよ。

郷原 そこが、特捜検察、今の東京地検特捜部っていう組織の力をどのように評価するのかっていう問題だと思います。

 私は別にあの事件で突然検察のことを批判し始めたわけではないんです。ライブドア事件についても、村上ファンド事件についても、検察の捜査の問題はさんざん指摘してきていました。この2000年以降の特捜検察が手がけた事件って、はっきり言ってろくな事件がないんです。非常に捜査能力が低下している。

 ですから、最初は「大事件に発展するんじゃないか」と思わせながら、最後はろくな事件にならなかったというケースは、それまでにもたくさんあったんです。

 ライブドア事件だってそうじゃないですか。「大変な悪党の会社だったということが分かった。これから特捜部が闇のカネを曝いていく。マネーロンダリングだ、海外の不正送金だとかこれから出てくる」などと言われました。

 でも、結局、最終的に起訴された事実はたった54億円の粉飾決算、しかもほとんどそれが会計処理の問題なんです。

田原 だから堀江(貴文)さんに対する判決も、「態度が悪い」とか。

郷原 そうです、情緒的な判決でした。

田原 極めてね。


やはり公共工事絡みしか考えられない

郷原 私はそういう特捜検察の事件を一つひとつ、自分なりに見てました。そもそも、小沢さんのような・・・。

田原 超大物。

郷原 そう。それが簡単に、尻尾を捕まれるような政治家とは思えない。

 だから、今回、突然、特捜検察が大変な捜査能力を発揮して、そんな不正に、闇に斬り込む、なんていうシナリオのほうが可能性が低いだろう、とまず思ったわけです。

 それと同時に、それじゃあ本当に具体的に何か野党の政治家であった小沢さんに贈収賄の疑いをかけるようなことがあるんだろうか、あるいはあっせん利得が成立する可能性があるだろうかと考えてみると、やはり公共工事絡みしか考えられないんです。

田原 でも公共工事絡みでは小沢さんは野党だから、職務権限がないんですよね。

郷原 本当に「まかり間違って」ということがあれば、不正の請託だとかいって、あっせん収賄とか可能性はまったくないわけではないんですけど。

田原 あっせん収賄ね。あっせん利得じゃない。

郷原 ただ、いずれにしてもそれがあるとすれば、やはり談合構造が前提になっているはずなんです。

田原 あ、談合構造ね。

郷原 談合構造が前提になって、その談合構造の下で不正なカネのやりとりが行われるっていう構図だったんです。しかし、その談合構造自体が3年ぐらい前に終わっているわけですよ。

田原 終わっているんですか。

郷原 ええ、終わっているんです。基本的にゼネコン間の談合はほとんど終わっている。

田原 僕らが得ている情報では、鹿島をさんざん調べたという。それで鹿島からいろんな情報を取っているはずだと言われています。

郷原 それについても、私はこの4月に出した『検察が危ない』っていう本の中でも書きました。

田原 読みましたよ。検察の内部がよくわかりました。


構造にまで踏む込めなかったゼネコン談合事件の失敗

郷原 ゼネコン汚職事件の時に、私はあの事件の捜査に一部、関わったんですが、あの事件っていうのは一番最初に手を付けたのは、仙台の市長の事件だったんです。

田原 それから次は宮城県知事ですね。

郷原 そう。あそこで、東北地方のゼネコン談合の構図というのをもっともっときちんと解明すべきだったんです。

 ところが、あの本にも書いたように、特捜部は談合の構図、構造というところに目を向けなかった。石井(亨)市長がゼネコンから1億円もらった、本間(俊太郎)知事がおカネをもらった、竹内(藤男・茨城県)知事がもらった、といったゼネコンとの間のカネのやりとりを、結局、点と線でしか事件を捉えてこなかったんです。

 その背景にある談合構造というところまで、捜査を展開させようとしてなかったところに問題がある。

田原 そうなんですか。

郷原 ええ。ですから、そこをもっともっと、その構造を追っかけていけば、その構造を解明していけば、ひょっとすると何かあったかもしれない。

田原 でも、しなかった。

郷原 あのときは小沢さんの全盛期ですよ、平成5年といったら。岩手県だけじゃなく、東北地方全体の談合構造に大きな影響を与えていた可能性はありますよね、あの当時。

 ところが、あのときに少なくとも小沢さんなんていう名前はまったくどこにも出てこなかった。

田原 そう言えばそうだ。小沢さんの名前は出てこなかった。

郷原 マスコミにもそんな名前は出なかった。

田原 まったく出ていなかったですね。

郷原 捜査の現場でも私はまったく聞いたことがないです。あの当時、決して検察は小沢さんをターゲットにする気持ちなんて更々なかった。逆に言えば、大変な大物政治家でしたから、だからこそやることを最初から考えていなかったのかも知れないんですけど・・・。

 ですから、やるとしたらああいう時なんですよ。

田原 なるほどね。

郷原 本当に、もしおカネの流れに問題があるとしたら、その時なんです。

田原 構造的にやるとすればね。

郷原 はい。しかし、そういった談合構造というものが3年以上前に、ゼネコンの間ではだいたい崩れているんですね。

 それ以降に、小沢さんに結びつくような贈収賄とかあっせん利得の事件があるとはとうてい思えない。ですから普通の人が考えるような、検察の常識で考えるような大事件があるとは思えません。私が最初に思ったのはそういうことです。


特捜部が狙った「天の声」

田原 結局、西松事件はどうなったんですか?

郷原 結局、みんなが考えていたような大きな事件がないということがだんだん明らかになった。

 それで検察が何をやったかっていうと、具体的な事件として大きなものを追っかけるのは諦めた。

 その代わり、「天の声」を狙ったんです。ゼネコン間の談合構造の中で、小沢事務所が非常に影響力を行使して、その見返りとして政治資金をもらった、西松からの政治献金はその談合による受注の見返りだったという、そういう形で悪質性を裏付けようとしました。

田原 悪質性ね。

郷原 ええ、そっちに入っていこうとしたんですね。

 それでたくさんの応援検事を特捜部に集めて、ものすごい数で、当時のゼネコンの談合担当者とかをどんどんどんどん調べた。それが新聞でいろいろ報じられたわけです。

田原 でも結局出てこなかったんですよね。

郷原 ええ。ほとんど具体的なことは何一つ。

田原 何にもなかった。

郷原 結局、みんなが、「これだけでとても小沢さんの秘書なんか捕まえないだろう」と思った最初の逮捕事実、それとほとんど変わらない事実でしか起訴できなかった。

田原 それで今度は世田谷の深沢の土地問題ですね。

郷原 政権が変わってからですね、今度は。

田原 あれが出てきた。それで小沢さんは、自分のおカネ4億円を資金管理団体の陸山会に持ってきた。このカネがどっからきたカネだということになったわけですね。

郷原 そうですね。最初は不動産の取得時期が、実際に収支報告書に書かれている時期と違うと。それよりも2ヵ月ちょっと前だと。

田原 わずか2ヵ月。

郷原 その時期が違うということは、少し前に支払われていたということであり、陸山会が説明しているような銀行からの借り入れではなくて、別のところからおカネが入っているんじゃないか、ということで調べていった。そうしたら、石川(知裕)さんがですね、「いやそれは小沢さんから現金で受け取った」と。

田原 そう言ったわけですよね。

郷原 そのこと自体が政治資金規制法違反だというような話になっていった。収支報告書にそんなことが書かれていないとなっていったんです。

田原 そうですね。


「水谷建設からの5000万円」をすっぱ抜いた産経新聞

郷原 その最中に「水谷建設からの5000万円」という話が出てきたわけです。

田原 そこなんです。水谷建設の元会長ですね。

郷原 元会長です。

田原 その元会長が、石川さんに5000万円、それから大久保さんに5000万円、しかも全日空ホテルで渡したと、こう話したといいますね。新聞がそれをバンバン書き立てた。

郷原 最初に書いたのは、かなり早い時期に、確か産経新聞が書いたと思うんですよ。まだ検察の捜査が本格化するずっと前ですよ。

 水谷建設の元会長が小沢氏の側に5000万円、とかいう話を確か産経新聞が書いた。そのとき、他の新聞はほとんど追っかけなかった。なぜかというと、「あんな水谷の元会長なんて大嘘つきだから、元会長が言っているようなことは全然信用できない」と、まともに相手にしなかったんです。

田原 大嘘つきだと。

郷原 そう言っていた記者もいたんです、その当時。

田原 実は、私が水谷の元会長は信用できないと初めて聞いたのは郷原さんからだった。
『サンデープロジェクト』に郷原さんと(元東京地検特捜部長の)宗像(紀夫弁護士)さんに小沢問題で出ていただいたときにいろいろやった。そのときに、郷原さんは「あの元会長は嘘をついているんですよ」と言った。まったく知らなかったんだけれど、福島県の佐藤(栄佐久)さんという知事がいた。

 でその前知事の問題で、水谷建設の元会長がこの時はいくら出したって言ったんでしたっけ? いくらじゃなかったのかな?

郷原 あれは土地の問題なんです。土地を実際の時価よりも1億7000万円高く買ってやったと。それでその1億7000万円、差額分が佐藤前知事に対する賄賂なんだと、こういうストーリーなんですね。

田原 それであのときに、「嘘をついている」と郷原さんが指摘した。郷原さんの前には(小沢捜査に理解を示す)宗像さんがいたんです。で、郷原さんが「それを曝いたのは(佐藤前知事の弁護士だった)あなたじゃないか」と。そうしたら宗像さんが困っちゃって、「あれはあれ、これはこれだ」と。

郷原 そうです(笑)。

田原 あの元会長があやしいというのは、知っている新聞記者もいたわけですね。

郷原 やはりいろんなことに詳しい新聞記者もいます。あの水谷建設の元会長が、佐藤氏の公判で供述をひっくり返したということも、私はある新聞記者から聞いたのです。

 それは間接的な話だったので、直接、控訴審の法廷を傍聴していた福島の雑誌の編集長に電話をして、どういう話だったのか、水谷建設の元会長がどういう話をしたのか聞いたんです。そうしたら、要するに水谷建設の元会長の供述であの事件は組み立てられていた。先程も言ったように1億7000万円高く買ったと。

 それに基づいて一審は佐藤さんが有罪になっていた。

田原 罰金(刑)を貰った。

郷原 ええ、賄賂額は減りましたけれど、一応収賄で有罪と言うことになっていたんです。

田原 うん。


「ウソの証言」を告白した水谷建設元会長

郷原 ところが控訴審になってから水谷建設の元会長が弁護人の宗像さんの側に、「実は自分は嘘をついていた。嘘をついていたということを法廷で今度は話してもいい。ちゃんと真実を話してもいい」と、わざわざ連絡してきたというんです。

 そのことを宗像さんたち(佐藤氏の)弁護団が書面にまとめて、「こういうことを言ってきたから、是非それを再度、控訴審で水谷建設元会長を証人に呼んでくれ」と強く求めたらしいんです。

 ところが裁判所はそれを証人に呼ばなかった。

田原 それはおかしいね。

郷原 それで一審の証言をそのまま採用して、一応有罪判決は書いたわけです。ただ金額はさらに土地の価格についての認定が落ちてしまって、賄賂額はゼロになってしまった。

田原 賄賂額がゼロで有罪なんてあるんですか?

郷原 本当は水谷建設の元会長をもう一回証人に呼んで、本当のことを聞かなきゃいけなかったんです。すごく中途半端な判決になっているんです。いずれにしてもそういうことで、自分のほうから「嘘をついた」と言い出した。それを宗像さんは聞いているわけです。

田原 さてそこなんですが、検察は当然そのことを知っていますよね。東京地検特捜部は。

郷原 知っています。

田原 なのに、水谷建設の5000万円、5000万円がキーワードみたいになった。なんで嘘つきだと分かっていながらそこに・・・。

郷原 私も検事時代に経験があるんですけど、やっぱりそういう事件の関係者って嘘つきが結構いるんですよ。

田原 なるほど。

郷原 で、嘘つきの証言だから一切使えないということではないんです。嘘つきが言っていることの中にも、中には本当のこともあるんですよ(笑)。

 しかしそういう嘘をしょっちゅう付いている人間の話は、その人間の話だけではとても信じてもらえないわけです。ですから何か支えがいるんです。

田原 別の証拠、あるいは証言ですね。


検察が「石川秘書逮捕」に踏み切った理由

郷原 ええ。今回の場合で、一番ハッキリするのは、水谷建設の元会長が5000万円を石川氏にやったと言っているのですから、石川のほうが「確かに貰いました」と言うことです。これでいくら嘘をあちこちでついたことのある人でも、その人の話が本当になっちゃう。だからなんとかして石川氏のほうから「5000万円を貰った」という供述を取ろうと考えた。

田原 だから逮捕したんですね。

郷原 その可能性は強いと思いますね。

田原 あのとき水谷建設の元会長が石川さんに渡したと言うときは、元会長は一人だったんですか。誰か付き添いはいないんですか。

郷原 その話もいろいろ断片的に出ていましたけど、何が本当か分からないですね、供述内容は。

田原 もっと酷かったのは、どこかのテレビ局が、それを目撃した人がいると報じました。

郷原 いや、これは酷かったですね。背の高い人っていうことになっていましたね。石川さんは全然背が高くないんですよ。

田原 高くないんですか。

郷原 そうです。全然高くないですよ。見上げるような長身じゃあ絶対にない。まったくデタラメのVTRです。どうしてそんな話がテレビで流せるのかって、信じられない話です。

田原 検察はそのテレビを見てどう思ったでしょうね。

郷原 検察はとにかく新たな供述が出てくることでしか、当初、目指していた捜査の結果を出す道はないと、言ってみれば一つの賭けに出たんだと思います。他にやりようがなかったんです。



以降 vol.2 へ。(近日公開予定)

(この対談の収録は6月9日です)