あの政権交代は正しく必要だったのか

(日刊ゲンダイ2010/6/22)

それは消費税でも、ないマニフェストでもない

案の定だが、菅政権の内閣支持率がガクッと落ちた。朝日新聞は59%から50%へ。NHKは61%から49%へ。
そりゃ、いきなり、消費税増税を打ち出せば、「聞いてないぞ」となる。自民党と「増税」を競っているのだから、世話はない。
そんな中、参院選が迫っている。この調子だと、参院選の争点は、消費税の信任投票になってしまう。これはおかしな話だ。こと、消費税に関する限り、自民も民主も一緒だからだ。
「消費税に反対なのは、みんなの党や国民新党、社民党。有権者は困ってしまいます。消費税に反対する人が半分いるとして、小さな政党に投票してもしようがないと思う人は棄権するしかなくなってしまう。
しかし、せっかくの一票なのに、棄権もしたくない。迷っている有権者はかなり多いと思います」(政治ジャーナリストで選挙分析に詳しい野上忠興氏)

その結果、民主党の得票が伸びなければ、どうなるか。
「焦点は改選議席の54をクリアできるかどうかです。これを超えれば、菅政権は信任を得たことになり、単独過半数にいかなくても比較第1党として、政局をリードできる。連立話でこじれることもないでしょう。しかし、それより下回ったり、まさかの50議席割れになれば大変です。他党は様子見を決め込み、民主党は連立のパートナー探しに苦しむ。政策協定のハードルを上げられ、民主党の思うような政治ができなくなる。連立に失敗し、衆参がねじれるような事態になれば、アウトです。衆院で3分の2を押さえていない民主党は法案を通せず、悶絶することになります」(野上忠興氏=前出)
そうなったら政治は混乱を極め、民主党の改革は頓挫。自民党が息を吹き返し、せっかくの政権交代が元の木阿弥になってしまう。
有権者はそれでもいいのか。
今度の選挙は、そこを考えるべきなのである。


◇有権者がイラ立てば改革は進まない
7月11日の選挙の争点は何か。消費税に見えるが、違う。マニフェストの達成度でもない。それより何より政権交代の是非である。
民主党政権に代えたのは正しかったのか、間違っていたのか。参院選で問われているのは、その答えだ。
ハッキリ言って、鳩山政権の9カ月は失望と苛立ちの連続だった。政治とカネの問題で翻弄され、 財源問題に苦しみ、マニフェストはどんどん後退。政治主導は掛け声倒れで、国家戦略局もスタートせず、混乱は普天間問題で極みに達した。

しかし、ここでちょっと、立ち止まって欲しい。何事もソツなく流れる官僚主導政治がいいのか。政治主導による改革を目指し、混乱の中で七転八倒することを許容するのか。
「後者を目指した鳩山政権の混乱はしようがない部分があるのです。ところが、メディアは従来の自民党政治を見る視点で鳩山政権の混乱を叩いた。有権者も洗脳され、支持率が下がり、鳩山政権は追い詰められた。次の菅政権は鳩山政権の失敗の教訓を生かし、なるべく、官とケンカをしないように舵切りしている。怖いのは、混乱を恐れるあまり、民主党らしさが失われることです。有権者に寛容さがないと、そうなってしまうあるのです。ところが、メディアは従来の自民党政治を見る視点で鳩山政権の混乱を叩いた。有権者も洗脳され、支持率が下がり、鳩山政権は追い詰められた。次の菅政権は鳩山政権の失敗の教訓を生かし、なるべく、官とケンカをしないように舵切りしている。怖いのは、混乱を恐れるあまり、民主党らしさが失われることです。有権者に寛容さがないと、そうなってしまう。国民はもう一度、政権交代の原点に立ち返り、選挙に臨むべきです」(ジャーナリスト・神保哲生氏)

そうなのだ。民意が混乱を恐れ、目先の結果を求めれば、経験だけは長い「自民党政権がマシ」という結論になってしまう。官僚が主導し、無駄は温存され、庶民に負担を押し付ける不公平社会に戻ってしまう。
鳩山政権は稚拙な政権運営で失敗したが、そこに有権者が目くじらを立てていると、ただでさえ財務省寄りの菅政権は、ますます官僚に頼るようになり、プチ自民党政権化してしまう。それじゃあ、元も子もないのだ。
有権者は政権交代を選択した以上、もっと長い目で待つべきだ。改革を促すのも潰すのも、有権者の姿勢次第なのである。


◇失敗、混乱だって政権交代の成果ではないか
ボロクソに言われている鳩山政権だが、もちろん、いいこともやっている。鳩山内閣でもっとも期待外れといわれたのは長妻厚労相だが、その長妻は今、省内事業仕分けに挑んでいる。バッサバッサと省内の無駄に切り込んでいる。
厚生労働省は「政権交代後の実績について」という資料を作った。めくってみると、新聞に載っていない改革が数多くある。診療報酬を改定し、産科、小児科、救急医療を充実させたし、後期高齢者医療制度の見直しも急ピッチで進んでいて、夏には骨格がまとまる。生活保護の母子加算も復活したし、自殺対策プロジェクトチームを設置し、自殺者は5%減少した。

外務省は核密約を暴いたし、中国大使に民間人の丹羽宇一郎氏を起用、官僚をギャフンと言わせている。
「子ども手当や高校無償化で一息ついている庶民も多いはずです。そのうえ、事業仕分けは無駄をあぶり出しただけでなく、その過程を国民の前に見せることで、情報公開を大事にし、透明な政権運営を目指していることを印象付けた。記者会見はフリーランスの記者にも開放され、自民党政権ではあり得なかったことが数多く実現したのも事実です」(政治評論家・山口朝雄氏)

普天間の問題にしても鳩山は解決できずに投げ出したが、自民党政権であれば、沖縄県民の感情など無視して、辺野古の海を埋め立てたはずだ。首長と土建業者を抱き込み、県民が気がつかないうちに移転先をまとめてしまう。それが旧来の手法だったのに鳩山は愚直にやって失敗した。無能と言えばそれまでだが、国民全体が沖縄の負担と日米安保の在り方を考えるようになった功績はある。誤解を恐れずに言えば、失敗も含めて、政権交代の成果である。


◇長くやらせなければ改革はできない
厚生労働政務官の山井和則氏は9カ月間を振り返ってこう言った。
「慣らし運転で戸惑った部分はあります。政治主導は簡単ではない。国家公務員法改正が通り、人事を自由に動かせるようになれば、もっと違った展開になるでしょう。ただ、政治主導を実現するには絶対に長期政権でなければできません。自民党政権のように大臣がすぐに代われば、結局、官僚に頼らざるを得なくなる」
民主党の改革を貫くには、時間が必要だということだ。そうすれば、システムが変わる。エキスパートの大臣が育つ。真の政治主導=国民主導が始まる。ここで民主党政権を潰せば、官僚がほくそ笑むだけだ。それでもいいのか悪いのか。有権者はそのことを争点にして、参院選の一票を投じるべきなのである。