小沢・検察・市民をめぐるニュースの怪 (GALAC 2010年7月号掲載)


文=別府三奈子   http://p.tl/Ip20


4月27日15時44分のNHK速報。「東京第五検察審査会は、小沢一郎・民主党幹事長の政治資金をめぐる事件で、嫌疑不十分で不起訴になった小沢氏本人について、起訴すべきと議決しました」。地検は、見直し作業をすることになった。

情報の出所が見えない

第一報が入って以来、各局のテレビニュースは「市民感覚」を高らかに謳いあげている。「生活感のある」「常識的な」「一般的な」「素朴な感覚」「一般感情」といった表現が溢れ、渡部恒三は「天の声、民の声」と頷く。

「検察審査会」の議決要旨の文言には「不自然で信用できない」「執拗な偽装工作」「絶対権力者」「共謀共同正犯は成立するとの認定が可能」等の表現が並び、「これこそが善良な市民としての感覚」と締めくくる。

良き市民との対比で真っ黒な小沢のイメージが作られ、全国のテレビから27日に集中投下された。

おいおい……。法治国家の下で、不起訴となった小沢氏は、今のところ無罪の人だ。小沢氏の顔が妻夫木聡タイプだとどうなるかな、などと考える。

ニュースでは、相変わらず顔も名前もない情報源からのコメントが溢れ続けている。「小沢さんに近いある幹部」「選挙対策の関係者」「閣僚のひとり」「小沢さんと距離をおく議員」「ある与党幹部」「若手民主党員」「ある総理の側近」「政務三役のひとり」……。記者の伝聞を確かめる術はない。

しかし、政治家は公人であり、この出来事は公共性が実に高い。情報源を個人名で聞かないことには、情報の受け手は、さまざまな発言の真意を測りかねてしまう。

記事は「知る権利」の守り手

当事者はたくさんいる。審議申し立てをした都内の市民団体「真実を求める会」の代表者、審査会に逆判断を提示された東京地検の木村匡良検事、検察審査会の議決書作成を補助した米澤敏雄弁護士など……。だが、それらの名前は語られない。

審査を担当した市民11人には守秘義務が課せられているが、議決が全会一致に至った経緯を知る権利は、市民全体で共有すべきものだ。検察審査会は議事の過程や記録が非公開だから、審査会が公平・公正な手続きと運用の下に実行されていることを確認する術もまったくない。全国に165か所ある検察審査会は年間2700件近くを扱う。案件によって審査のスピードも違う。専門家による1年がかりの強制捜査の是非を、2か月間の8回の会合で議決した今回への評価は割れる。

毎週、会合に参加できる「市民」は限られる。市民の感覚による判断と、司法手続きの専門家による判断は、起訴の基準自体が異なる。市民の判断がいつも全部良識とは限らない。

顔の見えない力は暴走しやすい。ニュースは明示できる取材源から正確・公正に伝えるという鉄則に戻らなければ、リークなどで早晩操作されてしまう。たくさんの「責任ある個人」が語ることによってのみ、偏見やバッシングを抑制できる。開かれた意見の交流によって初めて、「市民感覚」も豊かに良識を発揮できる。善良な市民感覚!と連呼するテレビが、市民の意見はかくあるべし、と一つの姿を強調する怪。その下で多様な市民の声が圧死しそうだ。知る権利を託された記者は、情報源の開示でプロの腕を見せてほしい。


べっぷ・みなこ 日本大学法学部准教授。博士(新聞学/上智大学)。専門は米国ジャーナリズム規範史(プロフェッション論)。「アジア戦跡情報館」(www.war-memories.org )館主。