幹事長辞任でいよいよ加速――ロッキード事件、金丸事件を挙げた2つの組織が水面下で協力

地検特捜部と国税の「最強タッグ」が“対小沢”リターンマッチに動き出す
(SAPIO 2010年6月23日号掲載) 2010年6月28日(月)配信 http://p.tl/yORS


文=伊藤博敏(ジャーナリスト)

 本誌は前号で、「東京地検特捜部が国税庁と連携して小沢一郎氏の捜査を進めていく可能性がある」と指摘した。“縦割り行政”と揶揄される霞が関において、「国税と検察」だけはタッグを組む。彼らは幹事長の座を手放した小沢氏の捜査をどう進めていくのか。

 小沢氏に挑んだ東京地検特捜部の捜査は今のところ失敗に終わっている。

 検察審査会の「起訴相当」議決を受け、小沢氏からの再聴取が行なわれたが、5月21日に2度目の「不起訴処分」発表があったことからもそれは明らかだろう。

 しかし、検察の捜査現場は諦めていない。彼らはすでに「刑事被告人・小沢一郎」との戦いまで視野に入れている。

 一般市民で構成される検察審査会が2度目の「起訴相当」議決を下せば、検察が証拠を持っていようがいまいが、「強制起訴」されることになる。この場合、裁判所指定の弁護士が検事役となって裁判が進められることになる。検察関係者が今後の“シナリオ”を説明する。

「検察は、検察審査会の事務局を務める法務官僚への根回しと、進行役を務める補助弁護士の取り込みによって『起訴相当』の結論を再び引き出そうとしている。

そうなれば、その後は公判での争いになる。小沢弁護団との厳しい戦いにあたっては、捜査資料の提供、新事実の掘り起こしなど、検事役の弁護士への検察の協力が不可欠になる。だから検察サイドは今からその準備に余念がない」

 しかも、小沢氏の幹事長辞任がその動きを加速させることになるだろう。

「2月の時点では、検察上層部が政権の最高権力者からの“報復”を恐れたために、『不起訴』の判断が押し通された。幹事長ポストを手放したのだから、捜査を進める上でのハードルは下がったと考えていい」(別の検察関係者)

 検察が「有罪」を勝ち取るために、強力なサポート役として期待しているのが、国税当局だ。

 現段階で小沢氏が「嫌疑不十分のため不起訴」となっているのは、あくまで政治資金規正法違反の容疑についてである。

 問題となった「世田谷の秘書宅」購入の原資4億円がタンス預金だったという小沢氏の資力の源泉や、見え隠れする不透明な資金の流れについて、国税当局が調査した時にどういう結果が出るかは「現段階での不起訴」とは全く別の話になる。

 検察庁と国税庁最強の捜査機関がタッグを組んだリターンマッチの可能性が残されている。


特捜部にとって国税は「情報の宝庫」である


 検察と国税はそれぞれ、法務省と財務省という違う省の管轄にあるが、両者がタッグを組むことは決して珍しくない。“縦割り行政”が当たり前の霞が関において、異例とも言える協力関係を築いている。なぜなのか。

「マルサ」と呼ばれる国税局の査察部門が、悪質な脱税を刑事事件化して摘発しようとする場合、特捜部などに告発して、起訴してもらうという手順を踏まなければならない。公訴権を持つのは検察官だけだから、国税が検察の力を借りなくてはいけないという現実的な理由がある。

 特捜部には、特殊直告1班、特殊直告2班、財政経済班の3班があるが、国税局のカウンターパートは「財政経済班」で、大型脱税事件の摘発では、国税サイドから財政経済班の副部長、主任クラスへの根回しがあった上で、合同捜査という形を取るとされる。

 しかし、「国税から検察にアプローチして捜査・起訴してもらう」という構図ばかりかというと、そんなことはない。むしろ、逆の場合も多い。

 実は、特捜部には腐敗の証拠を握るための情報ネットワークが完備されているわけではない。東京、大阪、名古屋の地検に配置された特捜検事の数は、部長や副部長といった管理職も含めて70人前後に過ぎない。その上、近年は現場検事の人事異動の周期が短くなっていて、捜査能力の低下も囁かれている。

一方、5万6000人の職員を抱える国税庁は、情報の宝庫である。税務署や国税局には、「税歴表」と呼ばれるデータベースがある。これには、法人の過去の納税状況、業績、財務指標がコンパクトにまとめられている。

 法人だけではない。申告した個人、個人事業主、自営業を含めあらゆる法人、個人の情報を握る。情報の質、量ともに国税に勝る機関はないだろう。

 特捜部が国税に“情報提供”を求める場合、もちろん、犯罪捜査の一環だから水面下の捜査協力となる。うまくいけば国税から得た情報をきっかけに、硬直化した捜査が立件へと大きく進展するのだ。

 小沢氏の事件が今後大きく動くとすれば、このパターンに当てはまる時であろう。

 検察と国税の間では事務官レベルを含め、出向などによる人事交流が行なわれている。そうしてできた個人レベルでの人脈も“水面下の協力”の際には活かされることになる。

 さらに付け加えて指摘したいのは、「退職する時の連携」だ。

 企業と接触する機会が多く、退職後は税理士資格が与えられる国税OBは、企業の監査役や顧問税理士として、第二の人生のスタートを切る。検事も「ヤメ検」と呼ばれる弁護士になるわけだが、顧問先を探すのは容易ではない。それを手助けするのは大物国税OBであるケースがままある。

 こうして検察と国税は、様々な場面で利害を一致させつつ、政官財界を巡る疑獄や大型脱税事件に臨んでいる。


関係“復活”のきっかけとなったのは「ロッキード」


 振り返れば、「検察|国税」がタッグを組んで挑んだ事件は少なくない。

 1947年、検察は、東京地検に特捜部(当初は隠退蔵事件捜査部)という政官財の“お目付け役”を置くと、次々に事件を摘発していく。

 昭和電工事件、繊維汚職、炭鉱国管事件、日本シルク事件、油糧配給公団事件、電気通信省汚職、造船疑獄。

 特捜部が贈収賄事件の摘発を続けていくに従って、カネの授受を行なう側の手口も巧妙化していった。そこで捜査にあたって、陰に陽に検察は国税と手を組むようになった。

 だが、一時期、両者の関係が冷え込んだことがある。

 67年10月、特捜部が東京国税局と合同で行なった日本通運(日通)の取引先である大和造林という小さな会社の脱税事件がそのきっかけだった。

 翌年になり、脱税で浮かせたカネが、日通を通じて、政界工作資金となっていることが判明した。受け取っていたのは衆参合わせて47名の国会議員で、2人の政治家が逮捕された。

 国税がショックを受けたのは、一連の事件の中で、日通関連会社から飲食接待を受けていたとして、東京国税局の5人の職員が、収賄容疑で逮捕されたことだ。事件の端緒を開いたのは国税の通告であり、合同捜査では、「政治家逮捕」という“花”を特捜部に持たせたのに、その“恩”を“仇”で返した構図である。当時を知る国税OBは、「バカらしくて協力できるか、という気持ちになった」という。この事件を機に、検察と国税の関係は冷え切り、その後数年間は本格的な政界捜査を行なえなかったという。


再び手を結ぶきっかけとなったのが、ロッキード事件だ。


 76年2月4日、米上院外交委多国籍企業小委員会は、ロッキード社が日本での航空機の販売にあたり、大物右翼の児玉誉士夫に21億円を贈っていたことを明らかにした。

 そして戦後最大規模と言われる捜査がスタートする。検察は、川島興・特捜部長のもとで陣容を整え、そこに東京国税局と警視庁の捜査部隊が加わる。第一報から20日後の2月24日、世田谷区の児玉邸を合同捜査隊が急襲した。

 その前日の2月23日、磯辺律男・東京国税局長(のちの国税庁長官)は、東京国税局の地下会議室に、捜査員を集めてこう檄を飛ばしたという。

「これは国税だけの問題ではない。この事件は日本の、そして検察の威信がかかった大事件だ。しっかりやってもらいたい」

 再びタッグを組んだ捜査の末、同年7月27日、田中角栄・元首相は逮捕される。検察と国税は、日通事件の恩讐を超えて親密な関係を取り戻した。

 93年の金丸事件も、両機関がタッグを組んだ事件だが、検察の苦境を国税が救うというパターンだった。

 当時の金丸信・自民党副総裁に5億円の政治献金を持参したことを東京佐川急便の渡辺広康・社長が供述し、それを金丸氏も認めた。にもかかわらず、検察は上申書と20万円の罰金で略式起訴で済ませた。甘い処分に対し、「大物は特別扱いか!」と、国民は怒り、検察庁の看板にはペンキがブチ撒けられた。

 そんな中で国税局が検察サイドに金丸氏の金融債による蓄財の資料を渡したとされる。これを元に、検察は息を吹き返し、金丸逮捕に至るのだ。事務所金庫や自宅からは金融割引債や金塊など100億円相当が押収された。


1億円はどこに消えたのか「解明するのは国税の役割」


 金丸氏は、政治資金規正法違反の責任を取って議員辞職したが、権力ポストを手放した後に、脱税で逮捕された。小沢氏はその経緯が脳裏に焼き付いているに違いない。だからこそ、支持率が急落してもギリギリまで幹事長ポストにしがみついたと見ることもできる。

「幹事長辞任」は良好な関係が続いている検察と国税の背中を押すことになるだろう。奇しくも検察と国税にとって小沢氏は、「角栄・金丸の衣鉢を継ぐ政治家」である。政治団体名義での“蓄財”にはその片鱗がうかがわれた。だから特捜部はしつこく捜査を続けている。一方の国税は、側面協力したとされるものの、まだ本格着手には至っていない。

 国民が「政治とカネ」に関して解明を求める点は多い。

 小沢氏個人と政治団体「陸山会」の間には、巨額の資金と不動産が行き交う。

 政治団体はなぜ小沢氏からの借入金を担保に銀行から融資を受けるなどの複雑な会計処理を行なったのか。不動産資産はなぜ政治団体と小沢氏個人の間で所有権が移り変わったのか。国会議員の資産公開における預貯金(普通預金は除く)は「なし」と報告されているにもかかわらず、これら不動産のほとんどはキャッシュで購入されている。その小沢氏の資力はどこからくるのか。国民は不自然さを感じている。そういった声に応えるためにも、国税が小沢氏個人の収支と資産を洗い直すべきではないか。

 小沢氏とゼネコンとの関係もそうだ。水谷建設元会長の水谷功氏は、特捜部の取り調べに対し、

「1億円(5000万円に分けて2回)を小沢事務所の石川知裕・秘書(現代議士)と大久保隆規・秘書に渡した」

 と、供述している。国税庁関係者はこう語る。

「水谷は1億円を出したと言っている。特捜部はその出金伝票も入手しているというが、ではそのカネはどこに消えたのか。運び役を務めた元社長が懐に入れた可能性があるし、政治団体に入っていないのなら石川と大久保が着服したことも考えられる。あるいは、小沢個人に密かに“上納”されたのかもしれない。それを解明するのが国税の役割だ」

 参院選後には、「小沢vs検察&国税」の新たな戦いが始まる。