参院選の情勢報道の怪 地方の選挙民の低水準が問題 (日刊ゲンダイ2010/7/8)

都会では民主党圧勝だが田舎にいくとまだ自民信仰が濃厚というこの国

あの悪政自民党に投票する選挙民がまだかなり多数いるらしい驚き
この国の民度は、どうなっているのか。「民主苦戦」「自民復調」という参院選の情勢報道に触れるたび、つくづくこう感じてしまう。 マスコミ各社の民主党の獲得議席予想は、51~54と、単独過半数には遠く及ばない。特に驚かされるのが、29ある1人区の情勢だ。あれだけ国民の税金や年金を私物化し、勝手放題に使ってきた腐敗政党・自民党が、地方を中心に息を吹き返しているのである。
「すでに自民は群馬、富山、石川、和歌山、愛媛、山口、佐賀、宮崎の8選挙区を押さえ、青森、秋田、福井、鳥取、島根、香川、長崎、熊本の8選挙区で大接戦を演じています。特に北陸・九州は自民が強い。菅首相の消費税増税発言や、枝野幹事長の連立組み替え発言などの敵失もあり、こと1人区に限れば、自民勝利に転んでも、おかしくない情勢です」(政治評論家・小林吉弥氏)
これは奇々怪々だ。最新の自民と民主の政党支持率を比較すれば、民主が自民を10ポイント以上引き離している。ところが、地方の1人区では大苦戦。ヘタすりゃ自民に逆転されてしまうのだ。



◇地方は小泉政権の5年を忘れたのか
小泉悪政の5年間で、都市部と地方の地域間格差は広がった。地方経済はガタガタに崩れ、地域社会はズタズタに引き裂かれた。その地方の怒りが爆発し、前回の参院選で自民党は1人区で6勝23敗と歴史的敗北を喫したものだ。
それが今回はどうだ。のど元過ぎれば……ではないが、地方経済をメチャクチャにした自民党に投票し、その復権に手を貸そうとする選挙民が、多数いるのだ。
そんな情勢の中、興味深かったのが、5日付の毎日新聞が報じた世論調査の結果だ。都内の有権者に限ると、菅内閣の支持率は51%。全国平均は47%。つまり、都市部の方が支持率が4ポイントも高かった。政党支持率も同様だ。都市部では民主36%、自民14%。それが全国平均となると、民主33%、自民15%になってしまう。
消費税引き上げへの賛否についても、都市部は賛成49%、反対46%。しかし、1人区に限って賛否を集計すると、反対52%、賛成42%。賛否が逆転するのである。しかも、その差は10ポイント! これはデカい。菅首相の消費税発言への地方の反発が、民主党の選挙戦を苦しめていることが、ハッキリ、数字に出ているのだ。

◇ちょっとでも風がやめば保守地盤が盛り返す
確かに、地方経済の疲弊はひどいものだ。1人当たり県民所得ではトップの東京が454万円なのに最下位の沖縄は204万円である(2007年度調査)。沖縄だけが貧しいのではなく、200万円台の県が34県もある。失業率に目を転じると東京は5%だが、青森8%、秋田6・5%、沖縄7・6%(2010年1―3月)。これじゃあ、消費税10%はかなりキツイ。 しかし、自民党だって、消費税増税派。地方の選挙民だって、ちょっと冷静になれば、どちらの政党が暮らしを良くしてくれるかが分かりそうなものだ。
それなのに、消費税増税の菅はケシカラン……というムードになってしまった。
もともと地方の1人区は自民党の牙城だ。自民党支持者の血縁、地縁が張り巡らされている。民主党にすごい追い風が吹けば話は別だが、ふだんの選挙では自民党が圧倒的に強くなる。そこにメディアの民主党政権批判が重なる。消費税がいきなり出てくる。民主の苦戦が伝えられる。あれよあれよで、民意は流されてしまったのである。

衆院和歌山1区の岸本周平氏(民主党)は、昨年の選挙で自民党王国を突き崩して、当選した。和歌山は1区も2区も民主である。ところが、参院選では、野田聖子元消費者担当相の元旦那の鶴保庸介氏がめっぽう強い。全国でもっとも早く、当確が出そうな勢いだ。
岸本周平氏に苦戦の理由を聞いてみた。
「衆院選と参院選が別であるということはありません。しかし、和歌山は県議会は圧倒的に自民党なのです。政権交代は中央だけで、地方は違う。そういうところがたくさんある。さらに与党での初めての選挙です。批判を真っ向から受ける選挙に慣れていない」
岸本氏はこう分析したが、民意の成熟度みたいなものもあるのではないか。



◇自民と民主でどちらが格差を是正するのか
作家の池澤夏樹氏は朝日新聞のコラムでこう書いている。
〈菅直人首相は就任の記者会見で「政治の役割は『最小不幸の社会』を作ることだ」と言った。久しぶりに為政者の口から質量のある言葉を聞いたと思った〉〈小泉政権はあからさまなリバタリアン(自由至上主義者)だった。儲けられる立場の者はいくらでも儲ければいい。政治はそれを応援するという姿勢。好況になれば富は下の方まで流れてくるという、いわゆるトリクルダウン理論だが、これはまったく機能しなかった〉〈「最小不幸」の原理は小泉政治を根底から否定するものである。それが明言されたことの意義は大きいと思う〉
そうなのだ。いくらマニフェストの見直し、後退が目に付くとはいえ、民主党政権の本質は脱小泉の格差是正政権なのだ。それを理解すれば、シャッター通りの地方こそ民主党支持に転じていなければおかしいのだが、なかなか地方は気づかない。ここが民主党の戦略ミスであり、保守の地盤の強さであり、日本人の移ろいやすさなのだろう。筑波大名誉教授の小林弥六氏はこう言った。

「自民党と民主党の政治の違いは、強者に優しい政治が自民党、弱者に優しいのが民主党。こう色分けできると思います。ところが、菅政権がいきなり消費税増税や法人税減税を言い出したものだから、『話が違う』と混乱を招いているのです。これにはマスメディアの責任も大きい。いつの間にか、消費税選挙のようなムードになってしまった。オランダ人ジャーナリストのカレル・ヴァン・ウォルフレンは『日本のメディアは世論を伝えるのではなく、作り上げるもの』と書いている。うっかり消費税を言い出した菅政権は、メディアに付け焼き刃を叩かれ、それによって作られた世論に翻弄されている。1人区はオセロゲームですから、こういう世論が全体の選挙結果に大きな影響を与えてしまう。民主党は何だかんだ言っても国民生活第一を掲げているのですから、有権者はメディアの報道に惑わされることなく、投票に行くべきです」

今後の景気は、崖っぷちだ。米国や欧州を見ても分かるように景気の2番底が迫っている。地方の有権者は、自民党政権に戻したところでロクなことにならないことを思い出すべきである。