じり貧の菅直人首相に、逆転延命の「秘策」あり!
このままでは予算関連法案が通らず、早晩、行き詰まる


(現代ビジネス 2010年07月14日) 山崎元「ニュースの深層」  http://bit.ly/bTcHUV

 民主党は国民新党と合わせた連立与党ベースでも参院の過半数を確保できなかった。参議院議長のポストも失う可能性が大きい。

 衆院に優越が認められる予算案は何とか通っても、予算関連法案が通る保証がないから、このままでは政権運営は遅くとも次期通常国会中に行き詰まるだろう。

 それ以前に、参院選大敗の「責任論」が今後の世間の関心事になる。

 ワールドカップも終わったし、大相撲の問題も関心的には尻すぼみなので、世間のサディスティックな楽しみは政変の可能性に集中する。こんなときアメリカのような野蛮な国の政権なら、外国に戦争でも仕掛けて国民の関心を逸らす方法があるが、日本では無理だ。

 9月の民主党代表選挙では、選挙期間中から菅氏を批判していた小沢一郎元幹事長のグループが菅氏に対立候補を立てることになるだろう。それまでは小沢氏のグループにとっては、菅・仙谷、枝野体制がしばらく継続するほうが批判のターゲットが明確で好都合だ。

 選挙から明けて2日目の全国紙の朝刊1面最大の見出しは、毎日「枝野幹事長続投」、読売「公明・みんなに連携打診へ」、朝日「首相、責任論封じ懸命」とある。この大敗に責任者の辞任なしで収まるはずがないし、公明党、みんなの党が今の時点で簡単に連携するはずもない。菅氏の政治センスのなさが全開していると言わざるを得ない。

 代表戦の票読みは難しいが、党内最大の勢力を誇る小沢氏に近いグループと、鳩山氏に近いグループが菅批判でまとまれば、すでに党員票固めの手を打っているとされる小沢氏のグループが推す候補者に勝ち目が多いだろう。

 小沢氏に近いとされる候補者としては原口一博総務大臣がおそらく最適の人物だろうが、計算上「勝ち目有り!」となれば、彼も政治家だから誘いに乗って不思議はない。「政権交代の、即ち(総選挙の)マニフェストの初心に帰る」という大義名分も十分立つ。

 ちなみに、他に名前の挙がる人では、海江田万里氏はキャリアのある政治家だが、首相候補に担ぐには、閣僚経験がない。前々回の総選挙では落選しており、前回の選挙で復活したばかりだ。

小沢一郎氏自身は、少なくとも検察審査会の結果を見るまで動けまいし、数を得るためには小沢氏のカラーを薄めるのが得策だろう。細野剛志幹事長代理は男前だし小沢氏に忠実だが、若すぎるし、山本モナさんとの不倫問題の記憶が生々しすぎて、党の顔にはまだ使えないだろう。

 菅氏としても、やっと手に入れた首相の座だし、首相と党代表としての各種の権限を持っているので、それなりの対抗策を講じるであろう。しかし、報じられているように、現在の執行部を維持して、参院選の敗北をやり過ごし、そのまま政権運営に当たろうとしても、早ければ今年の9月、遅くとも来年の春には政権運営が行き詰まるだろう。

 このままでは、どう見ても、菅内閣は短命だ。将棋なら必至が解けない状態ではないか。

「菅直人大逆転」の思考実験

 筆者は、今になってもギリシャと日本の状況の違いがよく分からない菅直人氏、人物的にも政権交代後の重要な時期に鳩山前首相を支える働きをせずにひたすら「次」を待って官僚との妥協を繰り返していた菅直人氏が、首相を今すぐに辞めても何ら惜しいとは思わない。

ただ現在の政治状況を考える「思考実験」の一つとして、菅氏の立場に立って、菅政権延命のための秘策はないかと考えてみた。

 すると、意外なことに「秘策」はあるのではないかと思われた。

 例えば、菅氏が、以下の手順を踏んだらどうだろうか。読者も想像してみて欲しい。

< 菅直人首相、逆転延命のための「秘策」 >

手順1 【参院選敗北総括のやり直し】

 参院選敗戦を総括する会見をやり直す。ここからやらないと始まらない。

 この際に、財政支出のムダ削減の前に消費税増税を予約しようとした「手順の誤り」と、総選挙マニフェストととの不整合をやり過ごして消費税を上げようとした「不誠実な態度」を詫びることが肝心だ。

 有権者は、菅氏が言うような「説明不足」に怒ったのではなく、「手順の誤り」と「不誠実」に怒ったのだ。

 製品の不具合を詫びリコールを発表するメーカーの社長のような態度で「顧客」たる選挙民に納得して同情的になって貰わなければ、トラブル・シューティングは上手く行かない。

 できるだけ、みじめな自分の姿を晒して、人が意外に感じるところまで自己批判することが肝心だ。言い訳は無反省だと思われるだけだし、プライドは反感を買うだけだ。

 そして、何について詫びているのか、よく分かる具体的な形が必要だ。(手順3)で述べるが、消費税問題の白紙撤回は優れた手段だろうと思う。

手順2 【小沢一郎氏への公開の場での詫び入れ】

 総選挙のマニフェストを軽んじて消費税の引き上げに言及したことや、子ども手当などの公約を簡単に破ろうとしたことは、菅氏の政治家としての誤りだ。菅氏にとっては残念なことだが、選挙期間中の小沢氏が発した菅氏への批判は正論だった。

 また、法的には何ら疾しいところはないという立場を取っていた小沢氏に対して、「しばらく静かにしているほうがいい」と言い放ったのは、菅氏が、些か失礼だった。

 これらを小沢氏に詫びる手順を入れるほうがいい。

 なぜかと言えば、この「秘策」は、小沢氏及び彼のグループが、戦を仕掛けるのは9月の代表戦だと考えて、それまでにしばし時間を与えてくれることで有効になるからだ。

 たとえば、代表選挙の前倒しを求めるような政局を直ちに仕掛けられた場合、菅氏が状況を有利に逆転するための時間的余裕が得られなくなる。ここで時間が得られるなら、頭を下げるくらい安いものだ。

 小沢氏のグループの側に立つと、ここで手を緩めて漫然と9月を待つと、何が起こるか分からない。仕掛けるなら早いほうがいいだろ。他方、菅氏の側は、時間が欲しい。

視聴率が下がれば政権もテレビ番組も打ち切り

 想像してみよう。

 たとえば、9月の代表選挙の少し前に、菅内閣の支持率が55%くらいまで回復していたらどうだろうか。

 ご本人に聞いたことはないが、原口総務大臣が少なくとも「反小沢」ではないとしても、完全な「親小沢」であるかどうかは微妙だ。仮に「半小沢」くらいだとすれば、支持率の高い内閣の閣僚として、総務大臣の職をなげうって、菅氏にチャレンジするだろうか。また、小沢氏側の票読みにも狂いが出てくるだろう。

 過去には小泉純一郎氏の内閣がそうだったように、世論調査での「人気」があれば内閣は延命できる。それ以降の内閣を見ると分かるように、「人気」が下がると首相は辞めざるを得ない。事の善し悪しはともかく、内閣と支持率には、テレビ番組と視聴率のような関係がある。

 視聴率さえあれば、番組は打ち切りにならない。支持率が上がれば、首相は延命できる。日本の政治はほぼこの次元で動いている。

 しかし、菅氏が短期間に支持率を上げる方策はあるのか?

手順3 【消費税率引き上げの白紙撤回】

 今回の参院選で、前回総選挙では民主党を支持していた多くの有権者は、菅氏の消費税に関する発言に腹を立てて、民主党に投票しなくなった。

 選挙民の腹立ちの原因は何か。決して菅氏の言う「説明不足」の一言で納得できるようなものではなかったはずだ。自分は正しいので、丁寧に説明すれば、(バカな)国民にも分かるだろう、と言わんばかりの上から目線の言い訳は、言い訳として有効に機能していない。

 筆者は、「手順の誤り」と「不誠実」が有権者の感じた違和感の中核にあったと解釈しているが、ともかく有権者は「消費税に関して怒った」のだ。

 この怒りに対応するには、消費税問題に関する、何らかの思い切った処置が必要だ。

 この際、有権者の怒りを利用して、消費税率引き上げ問題を「猛省の下に白紙撤回する」と宣言して、総選挙マニフェストの時点まで戻してしまうことが有効だろう。

 官僚も新聞も慌てて菅氏を叩くだろうが、気にしなくて良い。政策に大きなテーマを投げ込む方が、責任論の行方一色に集中しがちな世間の関心を分散させる上でも好都合だ。

「ブレ」と書かれようが、「無責任」と書かれようが、大きく書いて貰う方が都合がいい。

「総選挙のマニフェストを軽んじて、財政支出のムダ削減の前に消費税率に手を着けようとした、私が間違っていた。今、そのことが分かって目が覚めた」とハッキリと自己批判すれば、国民の共感は得られるだろう。

 次の(手順4)とも関係するが、「財政支出のムダ」と「デフレ」を悪役にして、「初心に帰って」これらと戦う姿勢を明確にしたら、国民の菅氏に対する見方は変わるだろう。

手順4 【みんなの党の提案を丸呑みする】

 参院選の投票を分析すると、大雑把に言えば、前回総選挙で民主党に投票していた無党派層の相当部分がみんなの党に流れ、この煽りを食って、民主党の多くの候補が自民党の候補にも競り負けた。

 乱暴な言い方で恐縮だが、みんなの党の支持者の賛意を取り込んでしまえば、民主党の支持率はかつての民主党のそれに近づくはずなのだ。

 先ずは、みんなの党が出している公務員の人事制度改革法案を丸呑みして、次の臨時国会で通してしまおう。その先に送ってしまったら、骨抜きにされるし、そもそも菅内閣が続いていない公算が大きい。「今直ぐ!」が肝心だ。

デフレ対策も「みんなの党」を丸飲み

 スピードを持って事に当たれば、官僚の「リーク」「悪口」「サボタージュ」といった武器が効力を発揮できない。チャンスは次の臨時国会しかない。「参院選で示された民意」を旗印に、法案を通してしまおう。

現在、自民党はこの法案に乗っている。一方、菅氏が賛成だといえば、大っぴらにこれに反対できる民主党員はほとんどいないだろう(自治労に余程忠実な議員だけだろう)。

 渡辺善美みんなの党代表が言う通り、公務員の人事制度を変更して、政治が公務員人事をコントロールできるような体制を作ることこそが、財政支出のムダ削減をはじめとするすべての前向きな政策の前提条件だ。

 もう一度いうが、国会に絶対多数が無く、党内に反乱グループを抱える菅代表が頼りに出来るのは、内閣支持率に表れる世間の支持だけなのだ。一説には、菅代表は小泉内閣を研究しようと考えているらしいが、今や、小泉元首相的な人気(国民の支持率)以外に頼るものがないのが自分の現状だと、菅直人氏は認識する必要がある。

 みんなの党的な公務員の人事制度改革については、周囲の官僚や、自治労、ひいては民主党のオーナー気取りの連合からの反対を受けるかも知れない。

 しかし菅氏にとっては、どうせ向こう3年、首相である自分が解散しない限り国政選挙はないのだから、無視して構わない。そればかりか、場合によっては彼らを「守旧派」扱いして、敵役に祭り上げるくらいが丁度良い。

 ともかく、菅氏が頼るべきものは「人気」しかない。首相の解散権も、人気があってはじめて現実的な権力闘争の道具になる。低支持率の下で「解散するぞ」と脅しても、「殿、ご乱心」と馬鹿にされるだけだろう。

 ついでに、日銀に圧力を掛けるデフレ対策も、みんなの党の案を丸呑みするといい。日銀は、霞ヶ関から見て「本丸」ではないので、抵抗が少ないはずだ。菅さんの好きな財務省も喜ぶかも知れない。

 みんなの党は、当面、少し前の国民新党と社民党が持ったような影響力を持てるかも知れないが、この影響力は、いったん政界再編が起こると雲散霧消する可能性がある。

 みんなの党の立場に立てば、余裕を持ちすぎずに、出来るだけ早いタイミングで、同党のアジェンダを実現すべく勝負をかけるべきだ。重要法案の成立と引き替えにできるなら、「閣外協力で政策協定を結んだ連立」くらいにところまでは、菅政権に党を「売っても」いいのではないか。

 「公務員人事制度改革」と「デフレ対策のための日銀アコード」が実現出来れば、政策プロジェクトとしてのみんなの党は成功だったと見ていいと思う。菅政権はどうせ長く続くまいが、みんなの党と渡辺代表には次の可能性が開けるだろう。

 渡辺代表は、どう思われるだろうか?

手順5 【官僚を裏切る男になる】

 もともと菅氏の失敗の原因は、かつては「大バカだ」と罵っていた霞ヶ関の官僚に取り込まれて、「洗脳」(又は「調教」)されたことにある。しかし、官僚の側では、決して菅氏を尊敬しているわけではないだろう。消費税率の引き上げに役立てば感心だが、菅氏の代わりはいくらでもいると考えて、使い捨てにすることも辞さない気分であるにちがいない。

官僚から見捨てられる前に見返せ

 菅氏が簡単に洗脳されたのは、彼の、たとえば財務大臣としての実務的な能力があまりに貧弱で、自身のプライドと不釣り合いだったことに原因があったと思う。国会質疑に、国際会議にと官僚を頼るうちに、すっかり調教されたのが実情だろう。

 しかし、この際、首相にもなったことだし、自分が官僚機構に使い捨てられる前に、自分から官僚の側を見返してやるのだと考えてみてはどうだろうか。

 もちろん、官僚以外の有能なスタッフを持つことなど、自分自身の官僚依存を断つためにしなければならないことは数多くある。菅氏にそれができないのなら、所詮長続きすべき政権ではない。

 これらの手順を踏むと、菅政権は、国民の支持を再び集めることが出来るようになるのではないだろうか。もちろん、その実行にはスピードが肝心だ。また、政策としても、国民にとって悪いことではない。

 但し、申し訳なくもあり、残念でもあるのだが、予想の問題として、現在の菅氏の「政治勘」では、ここで述べた「秘策」を使うのは無理だろう。

 菅政権は、結局、短命だろう。