策士、軍師なき民主政権の困難な道 9月政治混乱か政変は間違いなし

(日刊ゲンダイ2010/7/21)

厳し過ぎる政権運営に果たして妙手はあるのか

小沢離党勧告まで出す青二才政治集団は一見真面目に見えるが政治的には未熟で愚味過ぎるとアキレるプロの目
小沢一郎を排除した後は、恐らく四分五裂か支離滅裂の野党へ転落するだろう
こういうのを“脳死状態”というのだろう。最近の菅政権のことだ。想像を超える“機能不全”に陥っている。
例えば、予算――。例年、概算要求の枠組みが決まるのが、この頃だ。内閣が大きな方針を示し、それに沿って、各省が予算を組む。
「戦略的な内閣であれば、あらかじめ景気動向を判断し、緊縮か、刺激策かを決めておく。刺激策をとる場合、どこをカットし、どこに重点的に盛り込むか。景気対策と併せて詰めていくものです」(霞が関事情通)
こうした方針を示すことで、財務官僚の暗躍を抑え、前年踏襲主義を排し、ダイナミックな予算が組めるようになるのだが、菅はヒドイものだ。
財務省主導なのか、各省庁一律1割カットなどと言い出し、閣僚委員会でもモメている。一律カットなんて、自民党時代だってやらなかった愚挙だ。「大胆な予算の組み替えはどうした?」と言いたくなる。
そのうえ、景気に対する認識はアヤフヤ、司令塔になるべき国家戦略室は大幅縮小。
で、出てきた基本方針が、歳出は71兆円以下にすること、国債は10年度の44兆3000億円を上回らないこと……などなどで、要するに、何の戦略もないまま、予算の上限だけを決めたのである。
菅内閣は民主党政権として初めて、概算要求段階から予算に関わる。今年こそ、民主党らしい予算の組み替えに挑むべきなのにナーンにも考えちゃいない。
これじゃあ、どうしようもないのである。

◇党内最大の軍師を敵に回した自業自得
菅内閣が“脳死状態”なのは、今後の政権運営の青写真がまったく描けないからだろう。
何をやろうとしても、参院で数が足りない。連立相手がいなければ、法案一本すら通らない。この時期に大風呂敷の方針を広げても、それが連立交渉の足かせになってしまう恐れもある。だから、動くに動けない。
加えて、9月には代表選が控えている。小沢の動き次第では政局になる。ますます、菅は首をすくめるしかない。政治ジャーナリストの角谷浩一氏によると、菅は予算どころじゃないらしい。
「いま、執行部は党内の不満を抑えるのに必死です。人事を先送りし、参院選惨敗の責任論噴出を封じ込め、その間に地方の県連や議員から話を聞いて、責任論のガス抜きに懸命です。しかし、そんなことをやっている場合なのか。本来であれば大きなビジョンを示し、それを実現させるための政治的手続きに入っていなければおかしい。野党の協力を得るにしても、きちんとした手順を踏んで、どこに話をつけるべきかを考え、戦略を練っていく。それが今の民主党は何もできず、ただ党内不満を抑えるだけに汲(きゆう)々(きゆう)としているのです」
なぜ、こうなってしまったのか。理由は誰が見ても一目瞭然だ。小沢前幹事長を排除したツケである。
先見性に富み、一歩も二歩も先を読み、手を打つ策士、軍師がいなければ、ねじれ国会は乗り切れない。それなのに、菅政権は党内最大の軍師、小沢を排除し、あろうことか、敵に回しているのだから、自ら首を絞めているようなものだ。
しかも、菅が排除したのは小沢だけではないのだ。いわゆる小沢的なもの、すべてを排除してしまった。小沢・鳩山一派を締め出し、小沢がこだわったマニフェスト順守の精神も切り捨てた。封印していた消費税論議を解禁し、政治主導の象徴だった国家戦略室を骨抜きにした。小沢や鳩山が築いてきた“民主党らしさ”から完全決別したのである。


◇小沢排除が加速化している民主党の異常と甘さ
こうなると、選挙に負けるのも当然だし、支持率下落も当たり前だが、今、民主党内では驚くべき議論が交わされている。
小沢排除を反省するどころか、かさにかかった小沢排除の動きだ。民主党の牧野聖修衆院議員は「小沢一郎前幹事長の拡大路線が参院選の敗因」とし、「離党勧告すべきだ」と言い放った。
前出の角谷浩一氏は「何でもかんでも小沢氏のせいにすれば、丸く収まると思っている」と呆れていたが、当たっている。
小沢を排除した執行部は自分たちの非を認めたくない。だから、責任を全部、小沢におっかぶせようとする。
恐ろしい論法だが、民主党内の若手議員には同調者が少なくない。ここが民主党の未熟なところだ。
彼らは小沢がいなくても「やっていける」と豪語する。「古い政治はこりごり」とも言う。だとしたら、彼らはどうやって、現実の政治を動かすつもりなのか。
「政策ごとの部分連合でやっていける。これが新しい政治の形なのです。ねじれ国会は悪いことばかりではない。国会の場で与野党が真剣勝負で協議し、法案を修正して、通す。そうすれば、官僚が法案をこっそり修正することもできない。これぞ政治主導です」(民主党の国会議員)とか言うのである。
彼らは小沢流の数を束ねる政治手法を否定する。それだと、「国会議員は賛成票を投じるマシンになってしまう」と言う。その理想論は立派だが、現実の政治は権力闘争なのだ。
「若手が言う理想論は分かりますが、現実は各党のメンツがある。自民党は政権奪回を目標にしている。重要法案であればあるほど妥協しませんよ。法案は暗礁に乗り上げ、政治は動かなくなる。まして、9月の代表選で小沢一派が党を割る可能性だってある。民主党の若手議員の見通しは甘すぎます」(政治評論家・浅川博忠氏)
浅川博忠氏は「小説角福戦争」や「小説角栄学校」などの著書がある。長年、永田町の権力闘争を見続けてきたプロだ。そんな浅川氏には民主党の若手は青二才に見える。未熟で愚昧。

現実の政治はそう簡単ではないのである。


◇菅は9月の代表選に不出馬で退陣か?
それだけに小沢一郎を切り捨てた菅政権の今後は危ういのだ。政治ジャーナリストの野上忠興氏は「9月政変の可能性」を指摘する。
「菅内閣の運命は来月の内閣支持率次第だと思います。4割台から3割台やそれ以下に下落したら、一気に持たないムードになると思う。予算編成の作業を見ていても、この内閣が一体、何をやりたいのかが見えてこない。ただ権力を維持したいだけなのか。そうであれば、世論の評価は厳しくなるでしょうね。支持率がドンドン下がれば、民主党内のムードも変わる。代表選で300ポイントある党員・サポーター票の行方も焦点です。彼らが菅離れを起こせば、代表選の再選は難しくなる。現職首相が代表選で負ければ赤っ恥ですから、代表選不出馬、首相退陣のシナリオも考えられると思います」
権力欲に取りつかれている菅はその前に小沢にすがるだろうが、小沢が突き放せば、終わりだ。小沢は菅の将来ではなく、民主党政権の維持を最優先する。菅では支持率回復も連立のパートナー探しもままならないとなれば、あっさり切り捨てる。強力な政権でなければ、野党だって寄ってこないからだ。もちろん、支持率がどれだけ下がっても、菅が代表選に出て、何とか続投を決めるシナリオもある。しかし、ヨレヨレ菅では早晩、行き詰まることになる。
小沢・鳩山一派が動き、党内は四分五裂。その場合、民主党そのものが怪しくなる。大混乱の政界再編に突入する。

いずれにしても、ロクなことにならないが、それもこれも参院選の民意の結果だ。安倍政権同様、菅政権も参院選で進退窮まり、政治は漂うことになる。