マイケル・グリーン Michael Green
米戦略国際問題研究所=CSIS=日本部長・ジョージタウン大学教授
1961年生れ。フルブライト留学生として東京大学大学院に留学。国会議員秘書や新聞記者などで5年間の滞日経験をもち、日本語に堪能。ジョンズ・ホプキンズ大学高等国際問題研究大学院(SAIS)より博士号取得。2001年、ホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)入りし、04年から05年まで上級アジア部長。



創刊20周年、おめでとうございます。活字メディアが新たな技術の挑戦を受け、世界金融危機もあり各紙誌が発行部数の減少に苦しむなか、『フォーサイト』は、常に変化する世界にあって、政策と政治に影響を与える尊敬される力強い声として確かな足場を築きました。米国とアジアで数多の新聞・雑誌・ブログなどに寄稿してきた私自身の経験からしても、『フォーサイト』ほどの影響力をもつ媒体は、そうありません。数年来続けてきた私の連載に対しても、学者やジャーナリストばかりか、日本の歴代首相からも反応が寄せられてきました。こうしたことからも、権力の中枢にある知的階層が『フォーサイト』を最初から最後のページまで読んでいることは明らかです。つまり、この雑誌こそ、言うところの「スマートパワー」なのです。しかも執筆者には、アメリカ、アジア、ヨーロッパ各地から名のあるインテリたちが名を連ねている(そのうちの何人かは、オバマ政権に入った)。この調子でがんばれ、フォーサイト!

マイケル・グリーン 米戦略国際問題研究所日本部長



●日米同盟の青信号・赤信号

第17回 「トヨタ問題」はどんな教訓を残したか

(フォーサイト 2010年4月号) http://p.tl/WSre


マイケル・グリーン 米戦略国際問題研究所(CSIS)日本部長


 [東京発] この一カ月、アメリカのテレビや新聞は、連日、トヨタ車の急加速問題を大きく取り上げている。車が制御不能に陥ったとするドライバーからの緊急電話の録音を繰り返し流すなど(後にドライバーの証言に疑義も出たが)、報道の大半が否定的で警戒を呼ぶものだ。
 一方、日本では、アメリカでトヨタ問題がヒステリックな扱われ方をしていることを、沖縄の米軍普天間基地の移設問題や、カタールで三月十三日から開催のワシントン条約締約国会議で議論される地中海・大西洋産クロマグロ(本マグロ)の輸出入禁止(日本は反対)にアメリカが賛成するのを決めたことと絡めて、新たな「ガイアツ」の兆しと受け取める報道がある。
 もちろん、米日双方の評論家の間には、米議会がトヨタ車の安全問題を追及する背景には、これを機に米市場におけるシェアを奪い返そうと目論む米自動車メーカーと労働組合からの圧力があるとの見方もある。実際、経営破綻しかけたGMとクライスラーの救済に公的資金が投じられ、全米自動車労働組合(UAW)が議会に対して大きな影響力を持っていることは紛れもない事実であり、トヨタの信用に傷をつけようという政治的陰謀があるのではないかと疑う者がいても不思議はない。

トヨタ擁護に回った州知事ら

 では、トヨタ危機は、米日関係の亀裂の核心なのだろうか?
 私の答は、明白な「ノー」である。なぜかを説明する前に、ひとこと述べておきたいことがある。私たち夫婦は、所有する二〇〇八年型のプリウスにとても満足している。そして、私の所属する戦略国際問題研究所は長年、トヨタ自動車から資金提供を受けてきた。だが、トヨタ車を選んで良かったと思うのは多くのアメリカ人に共通することであるし、研究所が資金援助を受けたからといって、この問題に関する私の客観的な分析が何ら影響を受けることはない。そのことを確認したうえで、検証していこう。
 事実その一。アメリカ人の対日観は非常に肯定的なものだ。ほとんどの世論調査で、日本はイギリス、カナダに次いで「信頼すべき同盟国」と見なされている。
 〇八年にシンクタンク「シカゴ地球問題評議会」が自由貿易のメリットに関するアメリカ人の考えを調査した時、調査が始まって以来初めて、自由貿易を評価するよりも懐疑の念を抱く人の方が多くなった。にもかかわらず、アメリカ人の半数以上が日本との自由貿易には賛成だと答えたのだ。一九八〇年代や九〇年代にアメリカ人の多くが、日本を「不公平貿易」をする国だと考えていたのと比べると隔世の感がある。
 ではアメリカ人が考えを変えた理由は何かといえば、トヨタをはじめとする日本企業がアメリカ全土に直接投資を行ない、良き企業市民として広く受け入れられる努力を積み重ねてきたからだ。米議会がトヨタ問題に関する調査を始めた時、ミシシッピ州のハーレー・バーバー知事をはじめ、多くの州知事や議員らがトヨタ擁護に回ったのも、そのためだ。
 事実その二。日本では、米議会公聴会での豊田章男社長に対する質問が厳しかったように受け止められたが、〇八年十一月にアメリカの三大自動車メーカーの経営者たちが公聴会に呼ばれた時は、議員たちの追及ははるかに過酷なものだった。自らの会社の救済のために納税者の金をもらおうというのに、GMやフォードの首脳が自家用ジェットでワシントンに乗りつけたことに非難の嵐が巻き起こったことは記憶に新しい。議会もメディアも、傲慢で無神経な印象を与えた経営者らをこてんぱんに打ちのめした。
 一方、豊田社長は偉ぶることなく、真摯に問題に取り組んでいる印象を与えた。議員の中には芝居がかった批判をしてみせる者もいないではなかったが、大きな声にはならなかった。議会と世論の非難が向けられたのは、トヨタよりも、むしろ職務を怠ったアメリカの国家運輸安全委員会に対してだ。言うまでもなく、議員の中でも米メディアでも、この問題で国としての日本を非難する声はまったく聞かれなかった。
 事実その三。アメリカ人の多くが、日本の技術力の強さを信頼していることは、世論調査からも明らかだ。先に述べたシカゴ地球問題評議会の調査でも、アメリカ人の多くが、日本をきわめて重要なパートナーだと見ていることがわかる。「アメリカ、および世界との関係で、日本が寄与できる力とは何か」との問いに対して、大差をつけて第一位に選ばれたのが「テクノロジー」という回答だった。トヨタ問題が騒がれることで、いくぶん数字に陰りは出るかもしれないが、それでも興味深いのは、多くのアメリカ人が、日本が先端技術分野で力を発揮するのは、アメリカにとって脅威ではなく、良いことだと受け止めていることだ。
 アメリカの人々は、トヨタに技術的リーダーとしての信頼を早く取り戻して欲しいと感じている。トヨタの現在の苦境を、勝ち誇ったような目で見る空気は、一般のアメリカ人の間にはない。

切り離せない企業と政府

 ただし、たとえ豊田社長がアメリカ市民に良い印象を与えたとしても、また、この「トヨタ問題」が米日間のすきま風を反映するものではないにしても、今回の経緯は、トヨタをはじめとする日本の有力企業が胸に刻んでおかなければならない教訓をいくつか残した。
 ひとつは、アメリカで地に足をつけ、良き企業市民として活動すれば、地元政府や議会の支持を得ることは十分に可能であることをトヨタは示した。だが、日本の本社における意思決定が不透明である印象を与えれば、会社の評判は一気に落ちる危険も示したことだ。
 トヨタの一件では、公聴会で証言した北米トヨタの社長が技術面を含む重要な問題で、十分な知識を持っていないことが明らかだった。となると、米議会やメディアは、現地代表は何も知らず、重要な意思決定が秘密裏になされるのは遠い日本であるという印象を持ち、アメリカの法律や消費者の監視が届かないのではないかという疑念を抱いてしまう。
 第二の教訓は、このような危機的状況においては、積極的かつ迅速な対応が不可欠であるということだ。
 トヨタは、レイ・ラフード運輸長官の、 「原因がはっきりするまでトヨタの車は運転しない方がいい」という有名な(そして、不適切な)発言が飛び出すまで、経営幹部による米議会証言に消極的だった。運輸長官は後に発言を撤回したが、時すでに遅し。しかも、トヨタが社長の渡米を決めたのは、さらに二週間も後だった。
 会社の名誉がかかっている時には、ぜったいに後手に回ってはいけない。常に先手を打ちながら、すべてを公にしていく姿勢を示すことが重要だ。サザンイリノイ大学の教授が、突然の加速の原因として配線の問題を指摘した時は、トヨタはスタンフォード大学の専門家らに調査を依頼。指摘されたような配線をすれば、どんな車でも異常な加速をすることや、実際にはこのような配線はあり得ないことを証明したのは成功だった。しかし、こうした反論型対応には何週間もかかり、時間の経過とともに悪い印象は既成事実化してしまう。
 最後に、今回はっきりしたのは、どれほど国際的な認知度が高まろうとも、トヨタは依然として日本企業として見られているという事実だ。
従って、日本政府とトヨタの立場が結びつけられるのは避けがたい。
 今回のケースでいえば、前原誠司国土交通大臣が冷静でプロフェッショナルな姿勢を維持したことは、トヨタを側面からサポートした。トヨタ車の問題は日本の消費者にとっても重大な関心事だが、前原大臣の態度は終始落ち着いたもので、日本のドライバーが動揺することもなかった。そして、このことはアメリカでも報じられている。困難な状況下で、企業は政府から完全に独立ではいられない。今回の問題はそれを如実に証明した。
 アメリカの消費者も、八百万台超のトヨタ車のリコールは、アメリカやヨーロッパの自動車メーカーが行なうリコールと何ら変わりないことを最終的には認識する。
 日本が誇る優良企業の一つであるトヨタにとって、いまが最も暗い時代であることは間違いない。だが、これを奇貨とし、カイゼンの哲学を活かして、いっそう強い企業として再生するであろうことも疑いない。
 会社としてのトヨタがアメリカで見せた謙虚さと自己改善への意欲は、日本が信頼に足る親密な同盟国であることをアメリカ人に再認識させる一助となるであろう。
訳=小山一樹




●米国はいつまでも鳩山政権にやさしくはない(2009年11月号)


日米同盟の青信号・赤信号 第15回  マイケル・グリーン 米戦略国際問題研究所(CSIS)日本部長


 [ワシントン発] 発足から一カ月を経た鳩山政権は、世論調査で高い支持率を維持している。米国のオバマ政権も敬意と寛容をもって支持する姿勢を示し、あからさまな衝突は避けるよう努めつつ、日本の民主党政権がより現実的な方向へと着実に舵を切っていくことを期待してきた。
 だが、ワシントンの高官たちの間には懸念が湧き上がりつつある――米国の示す寛容と忍耐を日本の新政権は弱腰あるいは柔軟性の印だと誤認しているのではないか? 海上自衛隊のインド洋への派遣や沖縄の米軍基地移転といった問題では、オバマ政権の立ち位置はブッシュ時代とほとんど変わっていないにもかかわらず――。
 こうした憂慮を裏書きするのは、鳩山政権の閣僚たちが発するさまざまなシグナルだ。彼らの声に耳を傾けていると、連立与党は野党からの脱皮が思うように進んでいないように思えてくる。独自の見解をマスメディアに自由に開陳していい立場から、自身の発言が海外から日本政府の政策と直結して受け取られる立場へ。その変化に新閣僚たちはうまく適応できていない。新閣僚に「発言統制」が必要なのは珍しいことではないが、オバマ政権や韓国の李明博政権、オーストラリアのラッド政権などの立ち上がりの時期と比較すると、日本の連立政権から飛び出す発言の雑多さは群を抜いている。
 たとえば、沖縄問題では北澤俊美防衛相が政策の連続性を強調する一方で、長島昭久同省政務官や岡田克也外相、前原誠司国土交通相は普天間の海兵隊基地の沖縄県外への移転を主張し続けている。だが、現実を見れば、沖縄県内に普天間基地の代替施設ができなければ、米国防総省が海兵隊のグアム移転に同意する可能性は低い。
 沖縄では来年、参議院選挙とともに県知事選、名護・沖縄市長選が行なわれ、米軍基地反対派が勢力を強めると見られている。そうなる前に決断を下さないかぎり、鳩山由紀夫首相は普天間問題での掌握力を失い、これまでの合意が無に帰す恐れもある。そして、十三年前に米日が普天間基地の閉鎖と沖縄の基地再編で合意して以来続いてきた出口のない状況がさらに続くことになる。
 インド洋への海自派遣継続問題についても、日本から聞こえてくる声は混沌としている。北澤防衛相は給油任務の延長はないと言うが、他の閣僚らは新規派遣の可能性を唱えている。
 この問題はオバマ政権にとっては大きな政策課題だ。海自が海上給油から引き揚げた場合、燃料の七〇%以上を海自に依存しているパキスタン海軍のテロ阻止能力は大幅に落ちる(隣国インドのムンバイでは昨年、海上ルートで侵入したテロリストによる破壊活動が実際に起きている)。新政権が対テロ戦争から撤退するということになれば、日本の国際的な名声にも傷がつく。
 オバマ政権は、インド洋派遣という単一の問題が米日の同盟関係全体を揺るがす事態は望んでおらず、日本の民主党が海自に対して、たとえ現在とは別の任務になるとしても、意義ある役割を割り当てることを期待している。そのため、今は“ガイアツ”の行使を避けているものの、社会民主党の唱える「平和主義」に民主党が屈するといった、易きに流れる展開は求めていない。

マニフェストという足枷

 経済面での注目点は、亀井静香金融・郵政改革担当相が唱える中小企業向け融資の返済猶予だ。
 米国の経済界はこの問題を重視しており、オバマ政権にもそう伝えている。極論にも思える金融担当相の政策は、不況に苦しむ日本の中小企業経営者からは歓迎されるとしても、実施されれば金融システム全体を閉塞させ、新たな融資の道を途絶えさせかねない。返済猶予措置を受けた借り手の債権を不良債権と見なさないという亀井金融担当相の方針が現実のものになった場合、日本の金融機関の信頼性が国際的に損なわれる可能性もある。
 ワシントンはまた、鳩山首相自身が打ち出した東アジア共同体構想にも驚き、混乱している。九月の国連総会の際に行なった中国の胡錦濤国家主席との首脳会談で唱えたもので、民主党は、アジア通貨危機後の一九九七年に浮上したアジア通貨基金構想の生まれ変わりのような存在だと説明している。この基金構想は、基軸通貨としてのドルの影響力を抑えるとともに、米国を除外してアジア各国間で自由貿易協定(FTA)を結ぼうとする内容だった。
 しかし、現在、民主党内には東アジア共同体は米日同盟なしでは成立しないとの見方を示す議員も多い。私見では、この共同体が実現する可能性は非常に低く、米国が心配する必要はないのだが、オバマ政権は強い関心を寄せているように見える。
 鍵となる安全保障や経済の課題について、鳩山政権内で閣僚の言論の統一や政策の調整が今後進んでいけばいいが、実際の政権はマニフェストという足枷に縛られ、その軛(くびき)から逃れて着実に歩む術は持ちあわせていない。が、普天間基地やインド洋派遣といった問題の結論を先送りしていれば、連立政権は手持ちの選択肢を減らすばかりで、沖縄の米軍再編計画が瓦解したり、日本の国際貢献にとって有効な代替案もないまま海自の給油任務が期限を迎えたりといった事態に陥ることになる。
 こうした課題について米国は、十月二十日からゲーツ国防長官が訪日する機会に日本から何らかの前向きな回答を得なくてはならないだろう。解決のメドが立たないまま十一月のオバマ大統領訪日の日を迎えれば、ホワイトハウスは米国のマスメディアに叩かれることになる。それでなくとも、在日米軍と対テロ戦争は米日同盟の根幹に関わるほど大きい。鳩山首相とオバマ大統領の協調が全般的にどれほどうまく運んだとしても、両国間の関係の全体的な基調(トーン)を決めるのは、この二つの問題に他なるまい。

米外交の本質に変化なし

 話は変わるが、ビルマ(ミャンマー)に対して米国が新たなアプローチを打ち出したことで、日本にはいささかの誤解が生じているように思えるので、ここで論じておきたい。九月に国連で開かれたミャンマー問題に関する外相会合でクリントン国務長官が、軍事政権との直接対話に踏み切る方針を明かしたものだが、人権と民主主義に重点を置いた従来の米国外交に何が起きたのかと驚いた日本の読者も多かったろう。
 こうしたテーマについてオバマ政権の基本姿勢はブッシュ政権とは異なっており、それは大統領が国連で行なった演説に人権や民主主義、法治主義への言及が皆無だったことからも明らかだ。
 この新たなトーンは、米国による民主主義の流布活動と受け止められがちだったイラク戦争への反動だ(実際、あの戦争の当初の狙いは大量破壊兵器の使用の阻止だったが、戦後の復興の焦点は新たな民主的政権への支援に変わった)。
 人権および民主主義というテーマについてのオバマ大統領の明らかな二面性は、反帝国主義と人権支援の双方を柱としたリベラルな外交政策がはらむ葛藤を反映したものだ。しかも、ブッシュ政権が敵視してきた非民主主義国家への“積極的な関与(エンゲージメント)”は、オバマの外交政策のうちの数少ない特徴的課題であるため、これもオバマのトーンがソフトである理由だ。
 この人権についての柔軟な姿勢とエンゲージメントの推進は、対ビルマ政策でも大きな誤解を生んでいる。米国があの国の人権侵害に目をつむり、制裁を解除しようとしているという誤解だ。
 だが、大統領のトーンに幻惑されてはならない。米国の外交政策の本質は、多くの分野において引き続き非常にタフなままだ。
 ビルマ問題にしても、ジム・ウェッブ上院議員のビルマ訪問や“対ビルマ政策見直し”をめぐる熱い議論、エンゲージメントの拡大によって、東南アジアでは米国が軍事政権への制裁措置を解除するのではとの見方が生まれている。
 たしかに、キャンベル国務次官補(東アジア・太平洋地域担当)が九月下旬に政策の再検討を発表し、軍事政権との直接対話や人道的支援の拡大を唱えたのは事実だ。しかし、米国の対ビルマ新政策には、アウン・サン・スー・チー氏率いる国民民主連盟(NLD)や少数民族が政策決定プロセスに早期に迎えられない場合、制裁を強化するとの意向も盛り込まれている。
 私はブッシュ政権末期にビルマ問題特使を務めたが、今回のオバマ政権の政策見直しの多くは、まさに私自身が打ち出そうとしていたものに他ならない。従来の政策の発展的展開ながら、軍事政権への圧力は減じていない。
 軍政は最近もスー・チー氏の自宅軟禁措置を続ける決定を下したほか、少数民族への軍事攻撃を続けている。日本もビルマへの対応を従来よりさらに軟化させてはならない。今は日本にとって、圧力とエンゲージメント戦略に同調することで、東南アジアにおいてより積極的な役割を果たす存在へとステップアップする好機なのだ。
訳=岡田浩之




●北朝鮮「弾道ミサイル」へのこれからの対処法 


ミサイルの脅威は、過ぎ去ったわけではない。北が核開発を再開しミサイルの性能もさらに上げてくる可能性があるなか、「今後どう対処するか」こそが、日本にとって最も大事な問題であるはずだ。マイケル・グリーン氏による的確で具体的なアドバイスが必読だ。(編集部)


北朝鮮「弾道ミサイル」へのこれからの対処法(2009年5月号)

北との対話に前向きすぎるアメリカとその足元を見透かす北朝鮮。
中国とロシアが“非協力”を貫く中で、アメリカと日本には何ができるのか。
これから数週間の動きが対北朝鮮政策全般の行方を左右する。


マイケル・グリーン 米戦略国際問題研究所(CSIS)日本部長

[ワシントン発] 四月五日、オバマ米大統領がチェコのプラハで「核のない世界」の実現を訴える演説をしようというまさにその時、北朝鮮が、予告していたとおり弾道ミサイル・テポドン2を発射した。
 国際社会に向けた北朝鮮の挑発行為を罰すべく、アメリカと日本は、すぐさま国連安全保障理事会を舞台に外交活動を開始。六カ国協議の行方も含め、今後の展開がオバマ政権の対朝安全保障政策全体の方向性を定めるものになる可能性がある。

米日韓と中露の大きな溝

 各国がどう動くかは、北朝鮮がなぜテポドンを発射するのか、その動機をそれぞれがどう理解しているかによって違ってくる。筆者自身の理解はこうだ。北朝鮮は一貫して、日本とアメリカに核兵器を飛ばすことのできる長距離弾道ミサイルの開発を目指している。今回も、そのための一ステップに過ぎない。
 今回のミサイル発射では、北朝鮮は衛星を軌道に乗せることにも、射程を大幅に伸ばすことにも失敗した。第二ロケットの切り離しに成功したかどうかも見方は割れる。だが、二〇〇六年のミサイル発射実験の時よりは遠くに飛ばした。要するに、北朝鮮にとって技術的前進がなかったわけではないが、大陸間弾道ミサイルをもつに至るには、まだ何年もかかることを露呈したのだ。
 米科学国際安全保障研究所のデイビッド・オルブライトのように、すでに北朝鮮は、射程一千キロから千三百キロの中距離弾道ミサイル・ノドンに搭載した核兵器を日本に落とす能力をほぼ手にしていると見る技術専門家もいる。だが、はるかに射程の長いテポドン2に核兵器を搭載する技術をもつには、まだ何年もかかると彼らは見ている。とはいえ、日本の領土がノドンの射程に入る以上、在日米軍基地をもつアメリカも同じ脅威に晒されている。
 北朝鮮にはテポドンを発射する戦術的な動機もあった。たとえば、咋夏に脳卒中を起こして健康不安のある金正日の国内的な威光を取り戻すこと。また、オバマ政権と交渉を始める前にテポドンを発射することで、核開発の停止とその検証という、より難しい問題からアメリカの目を逸らす目的もあっただろう。
 さらには、ミサイル輸出によって、あるいは輸出の停止によって現金収入を得ようという目論見もある(実際、一九九八年に、ミサイル輸出を中止する見返りとして、北朝鮮はアメリカに現金十億ドルを要求したことが明らかになっている)。危機的状況を作り出すことによってアメリカと直接交渉する機会を得て、日本と韓国の影響力を減退させようとの意図もある。
 この他、オバマ政権内部でも、北朝鮮の意図については様々な見方がある。いずれにせよ、米日韓の見方が一致しているのは、北朝鮮のミサイル発射は軍事目的以外の何ものでもなく、〇六年に北朝鮮が核実験を行なった時に採択された国連安保理決議一七一八号(北朝鮮の核実験に対する制裁決議)と一六九五号(北朝鮮の弾道ミサイル開発の停止を要求する決議)への明白な違反であるということだ。
 これとは対照的に、中国とロシアは、今回のミサイル発射は北朝鮮が国際民間航空機関(ICAO)と国際海事機関(IMO)に事前通告を行なった「平和的」な衛星打ち上げであり、軍事目的のものではないとして、安保理決議には反していないと主張している。
 中国高官たちは、北の軍事能力は大したものではないとし、ミサイル発射は単に北がアメリカとの直接交渉を強く望んでいることを示すだけだとの見方を強調する。だが、表向きはそういいながらも、中国は舞台裏では北朝鮮にミサイルを発射しないよう働きかけていた。
 オバマ政権は一貫して、北朝鮮のミサイル発射を強く牽制してきた。クリントン国務長官の言葉を借りるなら、「(発射すれば)代償を払うことになる」といった表現で。
 しかし、〇六年とは違い、今回、中国とロシアは新たな安保理決議には賛成しない姿勢を保った(中国の慎重な姿勢の背景には、経済危機に直面し、国内の安定に対する不安が増大しつつあるという国内事情もあった)。〇六年の時は、ブッシュ政権が非常に強い態度で決議採択を求めることがわかっていた。このため、中国とロシアも早々に同調した。だが、今回はアメリカがさほど強い姿勢に出ないことを両国が察知しているのも違いのひとつだ。
 アメリカのこうした姿勢は、ゲイツ国防長官がテレビ出演した際に、北朝鮮にミサイル発射をやめさせるためにアメリカにできることはないと認めたうえで、「実際、対応策は何も準備していない」と公言してキャスターを驚かせたことにも明らかだ。さらに、ミサイル発射の二日前、北朝鮮問題担当のスティーブン・ボズワース特別代表が、北を相手にする時に「圧力は最も生産的なアプローチではない」と発言し、『ワシントン・ポスト』紙の社説をはじめメディアの批判を浴びている。
 そしてアメリカ時間の四月十三日、安保理は新たな決議ではなく、拘束力のない安保理議長声明(四月の議長国はメキシコ)を全会一致で採択して決着した。北のミサイルの他にも安保理で扱わなければならない重要な問題が山積していることや、米政権が中露との関係を再構築しようとしていることを考えると、議長声明での妥協は予想されていた。

考えられるいくつもの手立て

 とはいえ、打つ手がないわけではない。たとえば、米日両国は安保理の制裁委員会に働きかけて、無意味な報告書を出すのをやめ、実際に北朝鮮の何を対象に制裁を科すのか、具体的なリスト作りに着手するよう促すことはできる。実際、〇六年に安保理決議一七一八号が全会一致で採択された時、次なるステップはこのリスト作りだったはずだ。
 あるいは、アメリカと日本は制裁委員会が活性化するかどうかとは別に、賛同する国々を募って北朝鮮に対する独自の制裁を発動しても良い。また、アメリカは北朝鮮をテロ支援国家に再指定し、北に対する重油の供給を止めることもできる。
 このほか、米日がPSI(大量破壊兵器拡散防止構想)の共同演習を実施することも有効な手段のひとつだろう。PSIは、ブッシュ政権当時に、北朝鮮のような国が他国とミサイルや大量破壊兵器の売買を行なうことを阻止するために船荷を監視する制度として創設された。北朝鮮のミサイル発射のあと、韓国がようやくPSIへの参加を表明した今、共同演習を行なえば、北朝鮮と中国に対して強いメッセージを送ることができる。
 さらに、米日韓三国調整グループ(TCOG)を再稼働することも選択肢のひとつだ。六カ国協議を開始する際、中国が米日韓三カ国に対し、北朝鮮問題は六カ国協議を主舞台とすべきだと主張したためにTCOGは休眠状態になった。TCOGを再稼働することで、中国の姿勢に対する深い不満をきっぱりと示すことができるし、北朝鮮に対しても、米日韓の三カ国を分断することはできないのだと教えることができる。
 もうひとつ、アメリカは愛国者法(反テロ法)第三一一条を使って、金融面からの圧力を高めることもできる。実際、〇五年、アメリカはこの条項を使って、マカオの銀行バンコ・デルタ・アジアを「資金洗浄懸念先」に指定、米金融機関との取引を事実上停止することで、同行にあった北朝鮮の資金を凍結した。六カ国合意を進めるために、〇七年、アメリカは北朝鮮の資産凍結を解除したが、これを再度発動することは十分に可能だ。

中国の初期対応には失望

 こうした手立てがあり得るにもかかわらず、北朝鮮は、アメリカをはじめとする諸外国が断固たる行動を取らないよう誘導できると考えている。北朝鮮は、国連安保理が新たな決議を採択したり議長声明を出したりすれば、六カ国協議をボイコットすると強気の姿勢を崩していない。
 三月に北朝鮮以外の六カ国協議アジア三カ国を訪問したボズワース特別代表は、オバマ大統領が金正日にあてた親書を手にしていたと報じられているが、北はボズワースの訪問を断った。オバマ政権が自分たちとの対話を切望していると見て取った北朝鮮側が、ミサイル発射に対する諸外国からの批判を最小限のものに抑える「新たなカード」を手に入れたと考えても不思議ではない。
 もしアメリカが北朝鮮をテロ支援国家に再び指定したり、重油の供給を止めたりすれば、北朝鮮はアメリカの行為が〇七年二月の六カ国合意への違反であると主張して、寧辺(ヨンビヨン)の核関連施設を再稼働すると脅してくるかもしれない。加えて、北朝鮮の手には、中国側から北朝鮮国境に近づいた(あるいは北朝鮮に侵入した)として捕らえられた米女性ジャーナリスト二人の存在もある。これを取り引き材料にしてこないとも限らない。
 オバマ政権はこうした脅しに屈してはならない。対話しようという我々の誠実な思いを、北朝鮮に利用させてはならない。対話を望むからといって、北朝鮮の挑発行為に対する断固たる行動を取り下げてはならないのだ。
 寧辺の核関連施設の再稼働については、過剰に心配することはない。仮にすぐに活動を再開したところで、核兵器一個を製造できるだけのプルトニウムを抽出するには少なくとも一年はかかるからだ。
 むろん、アメリカと日本の対応は、並行して続けられる外交努力を妨げるものであってはならない。しかし、「代償を払うことになる」と明言したクリントン国務長官の言葉に嘘がないことを、きちんと実証することもまた極めて重要である。
 今後数週間の間に、国際社会が今回のような危機にいかに対応するかがはっきりする。中国の初期対応には失望させられた。北朝鮮問題に関して中国にどういうアプローチを取るべきか、再考を迫るに十分だったといえよう。
 そしてオバマ政権の対応は、強い警告を発する一方で、一貫性に欠ける部分があったことも事実だ。
 一方で、韓国はPSIへの参加を表明したことに象徴されるように、目覚ましい好対応を見せた。
 そして日本の対処も適切なものだった。アメリカ、韓国と緊密に連携しながら、ミサイルそのものの脅威と落下物への警戒のために、陸海空自衛隊が初めて共同作戦を実施した。今後、米日が発した強い声明と外交活動の成果が、目に見える行動として結実することを期待する。
訳=小山一樹