●朝日新聞が、世間の感覚とズレにズレている理由


気鋭のジャーナリスト、上杉隆氏、相場英雄氏、窪田順生氏の3人が、Business Media 誠に登場。「政治評論家に多額の資金が渡った」と指摘されている官房機密費問題や、メディアが抱える問題点などについて語り合った。


上杉隆の「ここまでしゃべっていいですか」
(Business Media 誠:土肥義則 2010年08月11日 09時00分)    http://bit.ly/bc0bVh


小渕内閣で官房長官を務めた野中広務氏の「官房機密費」問題が注目を浴びている。当時の官房機密費の取り扱いについて、野中氏は「毎月5000万円~7000万円くらいは使っていた」と暴露。さらに評論家らにも配っていたが、那覇市内で行われたフォーラムで「持って行って断られたのは、田原総一朗さん1人」と述べた(参照リンク )。

 

野中氏の発言は一斉に報じられるものの、その後、この問題を追及する主要メディアはほとんどなかった。なぜ新聞やテレビは、官房機密費問題を取り上げようとしないのか。それとも「報道に値する」ものではないのだろうか。Business Media 誠ではジャーナリストの上杉隆氏、作家・経済ジャーナリストの相場英雄氏(時事日想・木曜日連載)、ノンフィクションライターの窪田順生氏を招き、官房機密費やメディアに関する問題を徹底的に語り合ってもらった。全10回に渡ってお送りする。


■政治部は人であらず

相場:主要メディアで官房機密費問題を追及しているところはほとんどないのですが、一般の人にはかなり浸透してきたのではないでしょうか。


窪田:浸透してきましたね。これまで多くの人は、新聞記者やテレビ報道に携わる人のことを「中立な人だ」「正義の象徴だ」と勘違いしていましたが。


相場:確かに。大いなる誤解はあったでしょうね。


窪田:官房機密費の問題では、政治家が政治評論家や主要メディアの解説委員クラスに「お金を渡したのではないか?」という疑いが出ています。しかしヒラの記者にも、政治家は“お年玉”と称して、お金を配っていました。そんなに大きな額ではありませんが、年末や正月にお金を受け取った記者は多いはず。

 記者が政治家のために好意的な記事を書けば、当然「ありがとうな」ということになる。そして政治家からメシをおごってもらったりする。それだけならまだしも、やがてエスカレートし、正月にお年玉をもらったりするのかもしれない。


上杉:官房機密費は、政治の問題だけじゃないんですよ。メディアの問題。そもそも官房機密費というのはあって当然だと思う。使い道をオープンにすれば、いろいろな面で「抑止力」になるわけですし。問題は、ジャーナリストがお金をもらったということ。しかもお金の出所は税金なのに。

 ボクはこのことを何度も言っているのに、必ず「官房機密費のあり方について」という議論に戻されてしまう。フリーのボクがこの問題を取材していますが、本来であれば新聞やテレビが率先して内部調査しなければいけない。それが“筋”というもの。しかも税金の使い道に関する問題なのに、主要メディアはだんまりを決め込んでいる。記者クラブ問題のときと同様、今回の件についてはそういう動きが全くない。


相場:日本のマスコミは、ものすごく官僚的ですね。


上杉:そうですね。マスコミと思うからダメで、むしろ彼らのことを「官僚」だと思えばいい。


相場:なるほど。分かりやすいですね。


窪田:日本のメディアはジャーナリストではなく、「役人」であれば腹が立たない……ということですね。


相場:ボクには小学校5年生の子どもがいるんですが、なぜか息子のクラスにはマスコミ関係者の父親が多い。でも、父親がマスコミで働いている子どもは肩身が狭いそうで……。


窪田:それはかわいそうですね。


相場:ちなみに、ウチの息子はこのように言っているそうです。「ボクのパパは、元時事通信社の経済部だ。政治部ではない!」と(笑)。


上杉:昔は政治部以外は人にあらずだったのに……隔世の感がありますね。



■朝日新聞のズレ


相場:ボクがいた時事通信社でも、政治部記者の多くは真面目に取材をしていました。しかし偉くなっていくと、社内の権力闘争に明け暮れていくんですよ。そして、それに勝った人間が上に上り詰めていく。


窪田:まさに官僚的ですね。ボクも以前は朝日新聞にいて、そのときにもらった資料や本を探してみました。何か面白いことでも書いていないかな……と(笑)。

 入社したときに『歴史の瞬間とジャーナリストたち 朝日新聞にみる20世紀』という非売品の本をもらったので、読み返してみました。その本には、朝日新聞の記者が日本の近代化にどれだけ役目を果たしたか、といった内容が書かれていました。


上杉:負の歴史ですね(笑)。


窪田:あらためて驚いたのは開いて1ページ目から、「日露開戦にいち早く布石」という見出しで、当時の朝日新聞主筆・池辺三山が外務省の参事官から、元老と会って「対露強攻策で問題解決を図るよう働きかけてほしい」と頼まれるくだりからはじまっていることです(笑)。


上杉:それって、ものすごくマズイじゃないですかっ!


窪田:元老の山縣有朋が日露交渉に賛成する姿勢をみせたので、開戦論者の外務官僚からすればワラをもすがる思いで頼んだわけですよ。池辺主筆も期待に応え、「いまなさねばならぬのは、断じてこれを行うという決断です」と説得、山縣は頭を垂れて涙を流したと書いてあります(笑)。

 要するに、朝日新聞の役割というのは、取材よりも官僚の役にたって政治に働きかけることであるということです。なんせ……1ページ目から書いてあるくらいですから。


上杉:それって、自分たちがジャーナリストではなく、プレイヤーであることを宣言しているようなもの。


相場:じゃあ昔から、読売新聞社のナベツネ(渡辺恒雄)さんみたいな人がいたということですね。


窪田:ですね。事実、この逸話は「これ以降、日本の新聞界に近代的エディターとしての主筆が定着する」と誇らしげにしめくられています。やはり朝日新聞の感覚というのは、世間とズレていると思いました。


上杉:それは朝日新聞だけではないですよ。どこも同じようなもの。

 あとメディアには「愛社精神」というヘンなものがありますよね。「朝日人」とか。ちなみにボクがNHKにいたときには「NHKマン」だった(笑)。これってものすごく気持ち悪い。


窪田:気持ち悪いですね。それって昔の「オレは大蔵官僚だ」「ワシは通産官僚だ」といった感覚に近いのかもしれない。


上杉:また彼らは、家族で同じ寮に住んだりしている。そうすると考え方まで似通ってくる。




●記者に手渡される怪しいカネ……メディア汚染の問題点とは


いわゆる“永田町の論理”という言葉があるが、それは現場で取材をする記者にも当てはまるようだ。政治家の“懐”から記者に金品を渡すのは、慣習として存在。政治家と一緒に食事をするだけで、30万~50万円のカネが手渡されていたという。

(土肥義則,Business Media 誠)  http://bit.ly/bc0bVh

官房機密費から莫大なカネが、主要メディアの記者に流れていたことが暴露された(関連記事)。一体、誰にどのくらいのカネが渡されていたのだろうか。この問題を報じようとしない大手新聞社やテレビは、自ら内部調査すら行っていない。

 また官房機密費だけにとどまらず、政治家の“懐”から記者に金品が流れていたようだ。この「記者とカネの問題」について、上杉隆氏、相場英雄氏、窪田順生氏の3人が語った。


■クッキーの包装紙に御車代

上杉:小渕政権で官房長官を務めた野中広務さんは「現職の記者に金品を渡したことがない」と言っています。しかしボクが鳩山邦夫さんの秘書をしていたとき、実に多くの政治家が記者にお金を渡していたのを知っています。もちろん鳩山事務所の場合は、官房機密費ではなく、“子ども手当て”だったりしますが(笑)。

相場・窪田:ハハハ。

上杉:鳩山家の子ども手当てに対し、大手メディアが突っ込めないのは多くの人がその恩恵に与っているから。

 ところで、官房副長官をした鈴木宗男さんは政治部長懇談会などを開いたとき、必ず「お土産と一緒にクルマ代を渡していた」と言っています。「クルマ代を渡さないなんてありえないだろう」と。ちなみにボクもクルマ代をもらったことがある。もちろんすぐに返しましたが。

相場:実はボクも1度、クルマ代をもらったことがありました。そのときはひっくり返りそうになりましたね。

上杉:ボクの場合、白地の封筒を見せられ、「御車代です」と言われました。相場さんはどのように?

相場:ある業界団体から、クッキーをもらいました。しかしよく見ると、包装紙に封筒がくっついていたんですよ。それがクルマ代。このことをキャップに言ったら「すぐに返してこい!」と怒鳴られました。

 しかし冷静になって考えてみると、当たり前の対応です。封筒は絶対に開けませんでしたから。

窪田:うっかり封筒を開けてから返すと、イチャモンをつけられるかもしれない。「金額が少ないじゃないか」と(笑)。

相場・上杉:ハハハ。

窪田:また封を切ってから返してしまうと「オレを舐めるな! こんな金額じゃ足りねえ!」などと勘違いされても困る(笑)。

上杉:せめて大きめの紙袋に入れてもらわないと(笑)。

窪田:いやジュラルミンケースに入れてもらって、ゴロゴロ転がしてきてもらわないと(笑)。

上杉:そこまでしてくれるのならちょっと考えてやっても……いや、絶対にないな。


■永田町の感覚

作家・経済ジャーナリストの相場英雄氏相場:普通の記者であれば、お金をもらったらビックリしますよね。お金をもらったら「ちょっとマズイ」という意識が働きますから。

 ボクは経済部だったので、企業の広報から接待されれば、必ずおごり返していました。それが慣習としてありましたから。しかしお金をもらったときには驚きましたね。

上杉:相場さんの感覚は普通ですよ。むしろ永田町の感覚が、麻痺している。政治家はよくこんなことを言います。「ほら“お年玉”をあげるよ。これはね……社会通念上の問題だから」と。

相場・窪田:ハハハ。

上杉:でも、秘書時代の先輩から聞くと「A社の政治部長に10万円はちょっと少ないかなあ」と思ったりしたそうです。30万~50万円が多かったので「時事通信だと30万円でいいけど、読売新聞だと50万円かな」といった感じ。

 そういうことをしていると、永田町の通念が当たり前のように思えてくる。またもらう側の記者も、何の疑問も抱かずに受け取る。しかし一般の人の感覚からすると「なぜ政治家と一緒にご飯を食べただけで、30万~50万円の大金をもらえるのか?」と思うのが普通ですよね。

相場:永田町の感覚って……相撲界の“ごっつあん体質”に近いのかもしれない。

上杉:ボクの場合、ジャーナリストをする前に政治家の秘書をしていた。つまり配っている側からもらう側になってしまった。実際、ジャーナリストになると政治家の秘書たちがお金を持ってくるんですよ。彼らは平気な顔をして、机の上にお金を置いていく。しかしそのお金をきちんと返せば、相手は2度と渡そうとしません。

 受けとろうとしない相手に、何度も何度も渡そうとする人なんていません。なので「自分は断っているのに、政治家が何度も何度も渡しに来る」と言っている人は、過去に1度は受けとっている可能性があるとみてしまう。

 あと高名な政治評論家に関しては「講演会」を絡めて、500万円くらいが相場でした。しかし、ある別の政治評論家はこんなことを言っていました。「これ金額が間違っていますよ」と。多すぎるんですか? と聞いたところ「これは半分だよ。半分しかない。1000万円だよ」と言ってきた。

窪田:政治評論家の先生って、スゴイですねえ。




●“ブラックなカネ”と記者クラブの密接な関係

「官房機密費から記者にカネが手渡されていた」という疑惑があるが、なぜこれまで報道されてこなかったのだろうか。ジャーナリストの上杉隆氏はこの問題を取材していくうちに、記者クラブとの密接な関係があることに気付いた。


(土肥義則,Business Media 誠) http://bit.ly/dbCPRx

ジャーナリスト・上杉隆氏、作家/経済ジャーナリスト・相場英雄氏、ノンフィクションライター・窪田順生氏による鼎談連載3回目。「官房機密費問題で日本のメディアが汚染されている」といった指摘があるが、海外ではどのようなルールに基づいて取材しているのだろうか。米国のメディア事情に迫った。


■官房機密費と記者クラブの関係

ノンフィクションライターの窪田順生氏上杉:官房機密費の問題ですが、メディアの中でも共同通信と時事通信の記者は「接待」を受けやすかった環境にありました。なぜなら通信社は土・日・祝日でも必ず官邸に詰めないといけないから。そうなると政治家も情が移り、渡しやすいんですよ。

 また官房機密費の問題は、記者クラブ制度と密接にリンクしている。しかもそれがキモだったということが、取材して分かった。そういう意味でいうと、ボクも鈍感でしたね(笑)。

相場・窪田:ハハハ。

上杉:取材を進めていくうちに「なんでだっ!? なんでこんなことが起こるんだ!?」と思うことがありました。

窪田:記者クラブ問題よりも、触れてはいけなかったことかもしれないですね。まさに彼らの“逆鱗”に触れたといった感じ。

 逆に言うと、この問題を触れられたくなかったから、記者クラブで止めておきたかったのかもしれない。

上杉:その可能性は高いですね。

新聞やテレビは、自民党しか取材してこなかった

相場:あえて名前は伏せておきますが、毎日のようにテレビに出て政治のことを語っているXさん。このことはBusiness Media 誠の時事日想の連載でも書かせていただきましたが(関連記事)、彼は民主党の取材が全くできていない。そんな人が、テレビでコメントすることに疑問を感じますね。

 Xさんは民主党議員の知り合いがほとんどいないので、ネタ元はすべて現場の記者から。彼のせいで、若い記者たちが泣いていましたよ。頻繁に「何かネタはないのか?」とせっつかれて。

上杉:Xさんのみならず、各社は自民党しか取材をしてこなかった。2009年に政権交代が行われましたが、その1年前に各社は「そろそろヤバイな」ということで民主党の番記者を増やしたりした。ところが人脈がないので、なかなかうまく取材ができない。政権交代したのにもかかわらず、民主党内の話を自民党議員のコメントを使って埋めるという不思議な記事が多かった(笑)。

 当時からよくお呼びがかかったのが、政治アナリストの伊藤惇夫さん。ボクも鳩山邦夫さんの秘書をしていたので、民主党議員に知り合いがたくさんいた。しかし記者クラブ問題を突っ込んでいたので、主要メディアでは「上杉を出すな!」という号令がかかっていた。なので各社は、伊藤さんのところに殺到したというわけです。

 他にはずっと民主党を取材していた神保哲夫さん、それに塩田潮さんなどが重宝がられてました。十分うなずける人選です。

 でも、他の評論家やコメンテーターはひどいものです。民主党の記者会見どころか、民主党取材を一切したことないくせに、「オレは全部知っている」という感じですから。

相場:テレビに出ている解説委員クラスの人は、そもそも取材をしようという気があまりない。部下の記者を使って情報を集めておいて、テレビでしったかぶりしてコメントしている。それって……「記者」と呼べるかどうか。

上杉:そういう人たちは「評論家」にしてもらえればいいのに。


■記事で“お返し”してはいけない


窪田:テレビに解説委員の人たちがよく出ていますが、海外ではどのような状況なのでしょうか。

上杉:いますよ。例えばCNNの『AC360』を担当しているアンダーソン・クーパーはジャーナリスト。ジョン・キングはこの前まではジャーナリストでしたが、オバマ選挙後は政治アナリストになりました。

 アナリストは分析に重心を置き、取材をしなくてもいい。一方のジャーナリストは現場で取材をする。両者の役割は違うが、いずれも取材対象者からお金をもらってはいけない。ボクはニューヨーク・タイムズに1999年から2001年までいましたが、取材対象者から2ドル以上のお金や物品を受けてはいけないという“2ドルルール”がありました。いまではニューヨーク・タイムズのWebサイト(参照リンク)にルールが記載されていて、取材対象者と会食をしたり、ランチを食べたりすることですらNGになっています。

 クリントン政権のときにロビイストとランチを食べるときに「20ドルを超えてはいけない」というルールができた。それに習って各社も限度額を設定したのでしょう。そしてその額を超えてしまうと、ワイロとみなされる。「取材対象者からお金をもらった記者の記事は信用できない」ということに。

窪田:米国のルールを持ち込むと、日本の記者は全員アウトですね(笑)。

相場:ボクは“即死”(笑)。

窪田:メシを一緒に食べることがダメなんですよね? 日本では、取材対象者とメシを食いに行って“ごっつあんになります”という記者は多い。

上杉:日本には「メシを食わなければ取材ができない」という独特の文化がありますね。もちろんそのときは「対等返し」で、自分の分も支払います。ただ料亭では受けとってくれないことが多いので、必ず料理代金相当のおみやげを渡します。もしそれでも金額が足りなかったら、翌日議員会館などに行って「ありがとうございます」と言って、別の形で必ず返しますよ。そうやってバランスをとるのが、日本型なのかなと思っています。

窪田:一部の企業ではちょっと前まで、企業広報の役割といえば記者に飲ませたり、食わせたりすることでした。

相場:そうですね。広報は記者を“ズブズブ”にしておくことで、もしスキャンダルが出ても記事に手心が加わることを期待しています(関連記事)。

窪田:しかし記事でお返しをするのではなく、日本人的な形で返す方法があるのではないでしょうか。例えばメシをおごってもらえれば、メシをおごりかえすように……。