円高恐慌に首相夏休み 一体景気・株価・企業はどうなるのか

(日刊ゲンダイ2010/8/13)

政府も日銀も拱手傍観を決め込み 緊急対策も危機管理策もまるでなし

◆代表選しかアタマにない経済オンチ首相


世界経済がまたぞろヤバイ展開になってきた。きのう(12日)、15年ぶりの高値となる一時1ドル=84円台をつけた円は、きょうも1ドル=85~86円と円高水準。ギリシャ危機に端を発した欧州の経済不安に加えて米国の景気減速懸念が高まり、世界中のマネーが円になだれ込んでいる構図だ。
各国の打つ手は早かった。オバマ政権の意向を酌んだFRBは一層の金融緩和に踏み切り、ユーロ圏の高官は「日本が為替介入することは歓迎しない」と早くもプレッシャーをかけてきた。世界恐慌から逃れるため、どの国も血眼になっている。その結果が超円高なのだ。
それなのに、この国のトップは何をやっているのか。こんな重大局面にもかかわらず、平然と夏休みに入って、来客も公務もシャットアウト。軽井沢のプリンスホテルで猛暑を逃れ、バカンスを楽しんでいる。
首相が東京を離れて夏休みを過ごすのは01年の小泉首相(当時)以来。野党時代はあんなに批判していたくせに、同じ穴のムジナじゃないか。
経済評論家の広瀬嘉夫氏が言う。
「菅首相の危機感のなさにはホトホト呆れます。円高について『ちょっと動きが急すぎる』と仙谷官房長官や野田財務相に電話したらしいが、東京に飛んで帰るわけでも、具体策を命じるわけでもない。ただ“動向を注視するよう指示”しただけ。その通りに、政府も日銀も円高を注視するばかりだから、円独歩高で日本だけがバカを見るのは当然なのです。首相の経済オンチには開いた口がふさがりません」
閣僚も最悪だ。きのうは野田財務相の会見がさらに円高を加速させる一幕もあった。市場が警戒していた為替介入ではなく、「注意深く見守る」とノンキな発言を繰り返すばかり。円買いに拍車をかけてしまった。
結局、これまでに政府がやったことは、経産省が企業200社を対象に、円高に関するアンケート調査を始めたぐらい。国民をナメているのか。
「首相は9月の代表選のことしか頭にないのです。大事なのはこの国のビジョンより、自らのポジション。円高地獄を何とかすることまでは考えが及ばない。リーダー失格です」(政界関係者)
民主党政権嫌いの大新聞には、さっそく「無策では許されず」と、かみつかれていた。経済オンチで危機意識ゼロの「ダメ菅」首相がいる限り、恐怖の円高は進む一方だ。


◆市場最高の1ドル=79円を突破、株価8000円割れの恐怖


円高という言葉が独り歩きしているが、今回の“為替異変”の正体は「ドル安」「ユーロ安」である。内需が冷え込む米国が輸出倍増計画による景気回復のため、国を挙げてドル安を容認しているのだ。景気が悪化している欧州も同様で、ユーロをどんどん下げて輸出企業を潤わせようとしている。欧米の通貨安攻勢に、日本が単独で効果的な手を打つのは容易ではない。だからといって菅政権の無策が許されるはずがない。
このままでは円高がますます進む。つられて株価が下落する。すでに平均株価は5日続落。きのうは一時200円下落し9000円割れまであと60円に迫った。今後、日本経済はどうなるのか。
「政府が何もしなければ、1ドル=80円を割って史上最高の1ドル=79円75銭を突破する可能性も否定できません。こうなると株価9000円の次は8500円、さらには8000円を割り込んでいくことになる。原因は、オバマ政権が5年後の輸出倍増計画を打ち出し、どこまでもドル安を歓迎しているからです。米国はリーマン・ショック後に総額80兆円もの景気対策を打ったが、いまだ失業者数が約1500万人に上り、雇用不安から個人消費が低迷している。さすがにもう財政出動はできないし、すでにゼロ金利だから金融対策も打てない。ほかに手がないから、とことんドル安を放置することにしたのです。菅政権が国際協調を呼びかけなければ、円高は果てしなく進行する。日本経済は底が抜けるかもしれませんよ」(広瀬嘉夫氏=前出)

中国経済の先行き不透明感も不安材料だ。エコノミストの門倉貴史氏が言う。
「中国政府は不動産バブル膨張を懸念して金融を引き締めています。結果、内需が弱まり(欧米などからの)輸入品が以前ほど売れなくなっている。欧米にとって最大の買い手である中国で製品が売れなければ、景気回復は遠のく。さらにドル安やユーロ安が進み、円高が加速する構図です」
しかも、ドル安・ユーロ安が進めば、中国は世界一の外貨準備高の運用をこれまで以上に日本国債にシフトする。これが円買い=円高の加速に拍車をかけることになる。

◆想定外の円高で正社員にもリストラの嵐

問題は、急激な円高が病み上がり気味の日本企業にどれだけの被害、打撃をもたらすのか。真っ先にダメージを受けるのは自動車や電機メーカーなど主要輸出企業だ。きのう、トヨタは年初来安値を更新し、ソニーやキヤノンといった輸出関連株は大量に売り浴びせられた。
それも当然で、主要輸出企業の想定為替レートは各社おおよそ1ドル=90円程度に設定している。これより円高に振れると損失が出る。別表の通り、大企業ともなると1円の円高につき十数億~数百億円もの大損害だ。とくに自動車メーカーはケタが違う。1円の円高による営業利益の減少額はトヨタ300億円、ホンダ170億円、日産150億円とベラボーだ。
もし1ドル=80円を割れば想定の10倍にもなる。その先に待っているのは“景気の2番底”だ。
「すでにトヨタが期間従業員の削減を始めていますが、9月のエコカー補助金終了を控え、自動車業界は反動減を警戒しています。補助金によって需要の先食いをしていた面もあるから、この時期の円高はダブルパンチ。1ドル=80円を割るような事態になれば、期間従業員のクビ切りどころではすまない。各社とも、リーマン・ショック後にかなりの雇用調整をしているため、ボーナスや残業代のカット、それでも間に合わなければ、正社員のリストラもあり得る。電機メーカーも同様、エコポイントと地デジ特需が終われば、3Dテレビどころではなくなります」(門倉貴史氏=前出)
たったひとりの無能なトップのために、世界に名だたる日本の大企業が傾く。そんな悪夢が現実になりかねないのである。

◆中小・零細企業は倒産ラッシュ、大卒は5人に1人が未就業


大企業でさえアップアップの円高・株安地獄は、デフレ不況を辛うじて生き残ってきた中小・零細企業を奈落の底に突き落とす。アジアをはじめとする新興国に生産拠点を移転することで円高に対応できるひと握りの大企業はいいが、その下請け、孫請けはたまらない。
自動車や電機関連は、大きな会社は1社だけでグループ社員に家族を含めれば10万人以上になる。そのうえ部品メーカーなど下請けや孫請けの社員、家族を含めたら数十万人規模になるから、円高恐慌の影響は計り知れない。
「悲惨なのは下請け、孫請けなどの企業群です。これまでも納入価格の引き下げを押し付けられたり、生産調整のあおりを食らったりと、常にギリギリの状況で生き残ってきた。円高が進み自動車などが生産過剰となれば、一気にしわ寄せが来る。その上、大手が生産拠点を移せば、仕事そのものがなくなってしまう。この1年間は中小企業円滑化法などの効果で、多くの企業が資金繰り破綻を回避できましたが、今後は倒産、廃業が一気に増えそうですね」(明大教授・高木勝氏=現代経済)

日本全体で企業数で99%以上、従業員数で約70%を占める中小・零細企業。まさに日本経済の屋台骨である。それが無能政権の無策のあおりでグラグラになってしまうのだ。
雇用も崩壊だ。文科省の調査によると、今春の大学卒業者の5人に1人(約10万6000人)が「進路未定者」だった。このうち約1万9000人はアルバイトや派遣社員などの仕事に就いていたが、8万7000人は何もしていないという。
「就活現場は超氷河期といわれた昨年よりも厳しい状況が続いています。そこへ円高・株安で景気2番底なんてことになったら、目も当てられない。新卒の就職地獄は3年続きになる。すでに若者失業率(15歳から24歳)は10%超ですが、さらにひどいことになる。中高年失業者も増えますから、文字通り、失業者が街にあふれる。凶悪犯罪が増え、殺伐とした世の中になってしまいますよ」(経済ジャーナリスト)

迫り来る円高恐慌の前に、菅政権は手も足も出せない。無能政権のせいで国民生活はズタズタにされてしまう。