ドルは最終の場面を迎えた [高橋乗宣]

(日刊ゲンダイ2010/8/13)

雇用につながらないIT産業
米国経済は自動車に乗って走り出したといわれている。1908年、フォード・モーターが世界で初めての量産車となるT型フォードを開発した。そこから米国は世界経済の中心に君臨する。20世紀は、間違いなく米国の時代だった。
それから、ざっと100年。米国経済は、自動車産業の衰退とともにへたり込んだ。米国の時代は、いよいよ最後の場面を迎えたようだ。
為替相場は円高・ドル安の流れが止まらず、円は15年ぶりに1ドル=84円台に突入した。これは円高ではなくドル安である。ユーロも安いために独歩安とはいえないが、米経済はFRBのバーナンキ議長が「異例の不透明さ」と指摘するありさまだ。市場でドルに対する信認が低下するのは当たり前である。むしろ、これまで価値があると認められてきたことの方が不思議であった。
1971年に米国が金とドルの交換を停止した「ニクソン・ショック」まで、ドルは世界で唯一、金の裏付けがある通貨だった。そのほかの通貨の価値はドルとの相関関係で決まる。第2次大戦後の世界は、これで秩序を取り戻した。パックス・アメリカーナの時代である。
米国が金本位制をやめたあとも、ドルがナンバーワンの地位を守れたのは、世界で最も整備された決済システムがニューヨークにあったことが大きい。ただ、裏付けのないドルが威信を保った副作用も小さくなかった。世界中が決済用のドルを買えば、米国には短期資本が流入する。これに味をしめた米国は借金漬けになり、経済も財政もおかしくなった。ごまかしながらやりくりするのにも限界がある。ニクソン・ショックから崩れ始めたドルが、ジリジリと価値を失っていくのは自然の流れだ。食い止めようがないだろう。
米国には自動車のほかにちゃんとした製造業が見当たらない。そのため、失業率は9%台で高止まりしている。ITは大量雇用に結びつかない産業だ。自動車の穴を埋められる大黒柱は育っていない。これも米国経済を危うくしている。
こんな姿を見ていると日本も心配になってくる。トヨタや日産、ホンダ、スズキと、自動車メーカーは頑張っているが、中国やインドのメーカーが追いかけてきている。環境か、医療か、介護か。いまのうちに新しい産業を育てておかないと、米国の二の舞いである。