W杯を"食い物"にする八百長フィクサー『黒いワールドカップ』著者が告発する現代サッカーの暗黒面


この著者に聞け デクラン・ヒル(Declan Hill) ジャーナリスト・研究者

(現代ビジネス 2010年08月15日)   http://bit.ly/drMX4W


2010年7月11日、南アフリカで開催されていた"世界最大の祭典"ワールドカップはスペインの優勝で幕を閉じた。日本代表の"予想外"のベスト16もあり、日本中が熱狂したW杯。しかし国際的な大会ほどその裏で暗躍する人間も増えてくる。

 今回の大会でもそれは例外でなく、ナイジェリア対ギリシャ戦などで八百長の疑いがあったとBBCなどが報じている。サッカーの舞台裏で暗躍し、大金をせしめようという八百長フィクサーたちを追ったノンフィクション『黒いワールドカップ』(原題『THE FIX SOCCER AND ORGANIZED CRIME』)の著者デクラン・ヒル氏は、今大会を通してあらためて現代サッカー界の抱える問題点を指摘した──。


■南アフリカ入りしていた八百長フィクサー
 八百長フィクサーが南アに入っていたのは知っている。仕事の都合で私自身はW杯に行けなかったが、フィクサーは間違いなく現地入りしていた。二つの根拠がある。まず彼らギャングは常に大きな国際大会に現れるからだ。U-17W杯、U-20W杯、女子W杯、オリンピックのサッカー競技、そしてW杯だ。

--------------------------------------------------------------------------------

 組織犯罪や国際問題を中心に調査報道を行なう。最近では、カナダ・マフィアの殺人事件やコソボの報復抗争、イラクの民族浄化についてドキュメ ンタリー作品を製作。
これまでトルコの名誉殺人とフィリピンの記者殺人事件に関するドキュメンタリーで賞を受賞している。
英国外務省チーヴニング奨学金でオックスフォード大学大学院に入学、プロサッカーの八百長に関する研究 で博士号を取得。(著者近影は2,3ページ) 06年W杯をはじめこれら多くの大会で彼らの姿はあった。

 拙著を読んでもらうとわかるが、これは選手自身、監督やコーチ、審判、国際サッカー連盟(FIFA)の役員、代表チーム関係者、さらに八百長フィクサーたちも認めている。サッカー界の内部にいる人たちにとって常識ともいえる事実だ。

 二つ目の根拠は、私は今もギャング組織の内部に知り合いがいるということ。彼らから直接、(南アで)何をしようとしていたかを聞いている。

 南アで実際に八百長の手配に成功したかどうかは私にはわからないが、彼らが南アに入り、選手たちに接触をしていたことは確かだ。

 なぜ、彼らは選手や関係者に接触することができるのか? それはいまだに多くの代表チームの管理者側が途方もないほど無能であるからだ。

 異常なことのように思えるが、世界最大のスポーツイベントでプレーしているのに、報酬を受け取れるかどうかわからない選手が今もいる。

 たとえばトリニダード・トバゴのある代表選手は、2006年のドイツW杯に出場した報酬の支払いを4年経った今でも待ち続けている。ホンジュラスの選手たちは何ヵ月も給料が支払われていない。ナイジェリア代表にいたっては、大会終了後に大統領が介入してサッカー協会を活動停止にするような動きまであった。

 私はこれらのチームが八百長をしていたと言いたくはないが、大きな国際大会で汚職が存在する理由として、管理者側の無能さが鍵になると強く言いたい。八百長フィクサーは多くの選手が適切に報酬を受け取っていないことを知っていて、文字通りに現金の詰まったかばんを携えて選手に近づく。そしてこう言う。

 「私たちと手を組んだら、悩むべきは金の使い道だろう」。

『黒いワールドカップ』ではアテネオリンピックのグループB(注:日本、パラグアイ、ガーナ、イタリアが同組で、本の中で、ガーナのステファン・アッピアー選手がパラグアイ戦で金を八百長フィクサーから受け取ったと認めている。さらに日本戦でもガーナ代表が八百長に関わったと証言されている)について触れている。


■UEFAを動かしたプラティニ会長への手紙

 今回、偶然にも決勝トーナメント1回戦で日本がパラグアイと対戦したが、とくに"奇妙なこと"は何もなかった。八百長フィクサーが多くのチームや選手に近づいているのは知っているから、八百長フィクサーが、オリンピックに参加したこれらの代表チームの選手に(今回のW杯で)接触した可能性があっても驚きではない。

 ただ選手がフィクサーの話に耳を傾けたのか、ましてや彼らと「ビジネス」をしたのかどうかはわからない。

 八百長はサッカーの世界に浸食しているが、イギリスで(八百長についての)授業をすると、生徒たちは自分たちに関連することだとはあまり感じないようだ。イギリスでは、その手の汚職はアジアのみで行われていると考える。これは人種差別の1つの形態だ。だが私は合理的な選択を信じる。

 国籍や文化を超えて、同じ状況を与えられたら大体同じようなことをする人はいるだろう。選手に適切に支払いをしなければ、八百長に手を出す可能性は高くなる。日本人選手だろうが、イギリス人やアフリカ人だろうが関係ない。食い物にされたら八百長をする選手はいる。

 最大の問題は、サッカー界の内部にどんな汚職問題も一掃するのに役立つ警察が存在しないことだ。『黒いワールドカップ』がヨーロッパで出版された後、私は欧州サッカー連盟(UEFA)から本部があるスイスに招かれ、アドバイスを求められた。そしてUEFAは警察組織を設置した。

 UEFAにインテグリティー部(保全部)が組織された理由のひとつは、私たち(私とフランス語版の出版社)が、私の著書『黒いワールドカップ』と手紙をUEFAのミッシェル・プラティニ会長に送ったことがある。

手紙の中で自分が長くプラティニのファンであったこと、自分の著書は物議を醸してしているが、決して興味本位の話題重視ではないと書いた。さらに何年にもわたる厳しく、緻密で、危険な取材によるもので、何か彼の役に立てることがあるなら喜んで協力するとも伝えた。

 それから3週間後、私が本で勧めたように、UEFAはインテグリティー部を組織した。そして私は彼らから本部のあるニヨンに呼ばれ、UEFAの幹部たちとその部署について協議したのだ。それ以降、インテグリティー部は欧州サッカー界の汚職対策に役立っている。

 UEFAのインテグリティー部には大勢の元警官が配属され、ヨーロッパ中の国々の警官らと適切に接触できるようになっている。警官たちは国籍に関係なくお互いを理解している。外部の人間には入り込めないほどだ。

 また賭博市場でどんな怪しい兆候にも目を光らせる賭博専門家たちがいる。完璧とは言えないが、少なくとも動き始めたし、すべての欧州諸国が同じ様にすれば、適切にサッカーを守ることができる。


■入り口に鍵をかけられないお菓子屋

 しかしまだまだ物足りない。日本サッカー協会を含む世界中のすべてのサッカー協会がサッカーを適切に守ることのできる同様の部署を組織すべきだ。そういう動きがないわけではない。多くの協会から協力を求められ、雇われた。例えば、オランダサッカー協会とデンマークサッカー協会。

 デンマークサッカー協会では、私の協力で特別な電話回線を設置し、選手から汚職を報告してもらうようになった。オランダサッカー協会も私が協力し、国内サッカーの取り締まりを強化するために独自のインテグリティー部を設置した。

 だがFIFAをはじめ他の多くのサッカー協会ではまだそういう対策が取られていないのが現状である。

 今のままでは、まるで、入り口に鍵をかけることができないお菓子屋を経営しようとするようなものだ。

[取材・文:山田敏弘]