世界の「為替切り下げ競争」に敗北した日本 [慶大教授 金子勝の天下の逆襲]

(日刊ゲンダイ2010/8/24)


急激な円高が進んでいる。07年半ばには1ドル=120円を超えていた為替レートは、1ドル=85円前後にまでなっている。4―6月の実質GDP成長率が0・1%まで落ちているにもかかわらず、円高というのは本来、理屈に合わない。日本経済の実力からも大きく乖離(かいり)している。
原因は、米国もEU諸国も不況なので、金融緩和政策を背景にして、ドルとユーロが売られるのを放置して為替下落を容認しているからだ。
ただ、米国やEU諸国がターゲットにしたのは、日本ではなくむしろ中国だった。元高にしようとしたのだ。しかし、その結果、日本が打撃を受けることになってしまった。
中国は完全なドルペッグをやめ、一定の幅で為替レートを変動させるようになった。欧米通貨の動きに合わせて為替レートを徐々に落としているので、結局、日本の円だけが上昇し、中国市場あるいはアジア市場でも不利になっている。
この円高は、100年に一度といわれる世界的な経済危機の中で起きている点に本質がある。80年前の大恐慌で起きた「為替切り下げ競争」の現代版であり、近隣窮乏化政策が起きているのだ。
その副作用も大きい。金融緩和で中央銀行がもたらす過剰流動性は、当面は投機マネーとなって石油や穀物に流れ、やがて景気回復の足を引っ張るだろう。
欧米諸国が為替下落を放置している以上、日本一国だけが為替介入や、さらなる金融緩和政策を行っても、劇的効果を期待することはできない。とはいえ、日銀・政府は急激な円高が望ましくないというメッセージを強く送り出す必要がある。
日銀だけをバッシングするポピュリズムは論外としても、やはり円だけが独歩高になることだけは必死に食い止めなければいけない。
同時に、いまこそ中期的な仕組みもつくることが必要だ。ここで東アジア共同体構想を進めなければ、欧米諸国に食い荒らされてしまうだろう。
まず、中国・アジア諸国とのEPA(経済連携協定)やFTA(自由貿易協定)の促進のために、欧米諸国並みに農家の戸別所得補償を確保するという国民的な合意形成を急がなければいけない。さらに、すでにドルを介さない2国間通貨決済などが進んでいるが、中国やアジア通貨との間の変動幅を抑えるために、共通の通貨介入基金をつくるべきだろう。(隔週火曜掲載)