小沢一郎「国の資産の証券化」で「政府のスリム化」は実現するのか
独法の廃止・民営化とセットでなければ意味がない 


長谷川幸洋「ニュースの深層」
(現代ビジネス 2010年09月10日)  http://p.tl/bGlH


先週のコラム(「余裕の小沢一郎が『公約』に仕掛けた『みんなの党』への秋波」)で、民主党の小沢一郎前幹事長が持ち出した「国の資産の証券化」について「(小沢は)代表選後をにらんで、みんなの党に秋波を送ったのかもしれない」と書いた。証券化はみんなの党が参院選のアジェンダに掲げていたからだ。

 すると意外なまでに反響があったようで、コラムは『現代ビジネス』のアクセスランキングでも上位に入った。

 さらには、みんなの党の渡辺喜美代表も9日の『現代ビジネス』コラム(「『無策の菅』 vs『暴走の小沢』でおきる民主党分裂を政界再編につなげよう」)で「デタラメなパクリはやめてほしい」と書いている。

 自分で書いておいて恐縮だが、どうも小沢が考えている証券化とみんなの党が掲げる証券化は「似て非なるもの」のようだ。

 小沢自身は証券化について詳しい説明をしていないので、真意は分からない。だが、証券化を自分が掲げる政策の財源調達手段として考えているのだとすると、大きな問題点をはらんでいる。

 証券化は政策財源の調達手段ではなく、政府のスリム化に活用すべきであるからだ。

 政府のスリム化に反対する財務省は、小沢発言を絶好の機会ととらえて「証券化つぶしキャンペーン」を張っているふしもある。そこで論点をあらためて整理しておきたい。

 小沢は1日の記者会見で、予算の組み替えと財源論がテーマになったところで次のように語っていた。

「600兆円といわれる国の資産のうち、200兆円くらいは証券化できるという考え方もある。いろいろ知恵を使い、無駄を省けば十分、財源は捻出できる」

 まず、話の出発点として国のバランスシートを確認しておこう。

2008年度末で国の資産は664兆円ある。うち道路や建物など有形固定資産が182兆円に上る。見逃せないのは貸付金が162兆円、出資金が54兆円で合計216兆円もある点だ。これらの多くは独立行政法人に流れている。このほか株式など有価証券も99兆円ある。

 一方、負債は982兆円で、うち一番大きいのが公債の681兆円だ。資産と負債の差額は317兆円の負債超過である。よく「政府の借金は800兆円」などという数字が踊るが、バランスシートでみた正味の国の負債は、実は300兆円強にすぎない。

 証券化とは、資産を小口の証券にして民間に売却する手法である。小沢は資産の証券化で得た200兆円を何に使うつもりなのだろうか。

 たとえばの話、200兆円を全額、子ども手当にして国民にばらまいてしまうと、国は資産の200兆円が減る一方、負債は変わらないから、ネットの負債超過額は一挙に517兆円に膨れ上がる。とてつもない財政悪化であり、長期金利は暴騰し、日本経済はたちまち破綻の危機に見舞われるだろう。

 そうせずに、国が新たな資産を買ったとする。

 その場合は200兆円が別の資産に変わるだけなので、負債超過額は変わらない。だが、それは中身次第では意味がない。たとえば、道路用地を買収するために別の道路を売っても、全体として道路整備は進まないからだ。

 そこで何を売って、何に使うかが問題になる。

 小沢自身は何を証券化するのか語っていない。「庁舎や公務員宿舎を証券化する」というのは、マスコミの推測である。

 もちろん、国が公務員宿舎を保有せずに借り上げにしたって、いっこうにかまわないし、むしろ高層化によって有効活用を図れる場合が多いだろうから、公務員宿舎を売るのもいい考えである。

 だが、本命は先に挙げた独法などへの貸付金や出資金、さらに有価証券だ。

 これらの金融資産を証券化して民間に売却するというのは、独法を民営化するのと同じである。政府と独法の関係を証券化=民間への売却によって断ち切るからだ。

 小沢は代表選に際して発表した政策ペーパーで「必要不可欠なものを除いて、独法や関連公益法人の廃止・民営化」を掲げている。そうであるなら、まさしく証券化は「庁舎や公務員宿舎」にとどまらず「独法への貸付金や出資金」を対象にすべきである。

 そのうえで、手にした売却代金は公債の償還に充てるのが本来の筋になる。

 そうではなく、国民に(子ども手当のように)還元してしまうと、国はその分、資産が減るだけなので、先に述べたようにネットの負債超過額が増えて財政が悪化する。

 高速道路建設のために用地買収に使うと、資産の中身が貸付金から用地に入れ替わるだけで、バランスシートの大きさは変わらない。つまり政府のスリム化にはならない。それでも、独法を廃止して高速道路を整備するほうがまし、という政策の選択肢もありうるだろうが・・・。

一方、みんなの党が掲げるアジェンダは「政府の金融資産500兆円の3分の2を証券化する」とうたっている。つまり330兆円程度だ。これは先に見た貸付金と出資金、有価証券の合計にほぼ相当する。

 みんなの党は独法の廃止・民営化と政府のスリム化に積極的である。

 したがって、みんなの党の掲げる証券化は独法に回っている貸付金など金融資産を売り払って、その分公債を減らし、資産と負債の両建てで政府をスリム化する政策になる。

 渡辺は先のコラムで、参院選アジェンダを一歩進めて「国の貸付金などを証券化すれば、資産と負債を両建てで減らせる。つまり、小さな政府で『民間にできることは民間に』という民営化・民間売却が進む。その結果、天下り法人への天下りができなくなって補助金投入や埋蔵金がなくなり、これが財源になる」と証券化の狙いを明確にした。

 これに対して、小沢はどういう政策を考えているのかはっきりしない。

 いずれにせよ、資産のどの部分を証券化するのか、証券化で得た資金をどう使うかによっては、財政が大きく悪化する可能性もあるし、政府のスリム化が進まない可能性もあるという点は、あらためて指摘しておきたい。

 証券化には、もう一つ重要な論点がある。

 資産と負債の両建てで政府をスリム化しておくと、将来、増税が避けられなくなった場合に必要な増税幅を圧縮して国民負担を大幅に軽減できるのだ。それは次のような事情からだ。

 財政再建には「債務残高の対GDP比を引き下げていく」必要がある。

 そのためには「基礎的財政収支(プライマリーバランス)の対GDP黒字幅」を「債務残高の対GDP比×(金利-名目成長率)」と同じか、それ以上にしなければならない(詳しくは拙著『官僚との死闘七〇〇日』を参照)。

 これは、いつでもどの国にもあてはまる一般的な条件式だ。

 上記から、いま資産と負債を両建てで減らすと「債務残高の対GDP比」が直ちに縮減する(それ自体が財政再建である)のに加えて、必要なプライマリーバランスの対GDP比黒字幅も下がるので、結果として、増税幅を少なくできるのだ。

 もしも独法を全廃して、その分の貸付金や出資金を圧縮し、公債を200兆円圧縮できれば、ネットの負債超過額は変わらないとしても、グロスの負債は直ちに200兆円減るので、たいへんな財政再建になる。

 この点について、私は数年前、複数の財務省幹部と議論したことがある。彼らはまさにいま触れたように「資産と負債を両建てで減らしたところでネットの負債超過額は変わらないから、財政再建にならない」と異口同音に主張し、頑として譲らなかった。

 財務省はふだん、地方を含めた政府の借金800兆円説(あるいは国の公債681兆円)のようなグロスの負債を強調しておきながら、こういうときは都合よくネットの負債超過額を持ち出すのだ。

 ようするに、政府のスリム化に反対している。それでは、天下り先も細ってしまうからだ。ましてや、どうすれば必要な増税幅を圧縮して国民負担を少なくできるか、という点には思いが及ばない。自分たち官僚の利益が最優先なのだ。

ちなみに、私が財務省の言い分について根本的な疑念を抱いたのは、このときの幹部たちとの議論が最初のきっかけだった。以来、私は一貫して、財務省が唱える増税論に反対してきた。本音が透けて見えるのだ。

 新聞などマスコミでは、小沢発言について「国の庁舎や公務員宿舎のような資産を証券化して民間に売却し、政策の財源に充てるアイデアらしい」といった解説が流れた。

 そこから「公務員宿舎を売却しても、国は新たに宿舎を借り上げなければならないので、売却と借り上げのどちらがトクか分からない」などという議論も起きている。

 そんな議論は本質を突いていないだけではない。政府のスリム化に直結する「貸付金や出資金の証券化」を阻止したいという財務省の隠れた意図を代弁している可能性がある。


■最初の会見との整合性が取れない

 そんなことを思っていたら、小沢を支持する田村耕太郎前参院議員が7日付けの自分のブログで「小沢プラン『国有資産証券化』の真意」と題して、次のように書いていた。

≪証券化のほうが国債発行より低いコストで資金調達できるようになってから、あわてて証券化に取り組んでも手遅れだ。そうならないように、戦略的にバランスシートの縮小と債務の削減に努める、その手段として戦略的に証券化という手法を活用する、そのために事前に市場整備を行っていく、という政策対応が必要でそこには政治意志が欠かせない≫

 田村はわざわざ「私は実際、小沢氏に会ったうえで確認しているので、これから述べることは正確である」と前置きして書いている。これを読むと、どうやら田村は小沢の真意が「バランスシートの縮小と債務削減」にあると強調したいようだ。

 そうだとすると、最初の記者会見で政策の財源論として証券化を持ち出した経緯と整合性がとれなくなる。

 それとも、財源論としての証券化はやめたということなのだろうか。それなら「小沢はみんなの党にもう1回、よく考え直して秋波を送り直した」のかもしれない。いやはや。

 (文中敬称略)