旧友たちはみな怒っている 「菅さん、あなたという人は」  (週刊現代10月2日号)


田中秀征
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佐高信

佐高 菅さんが代表選で再選され、続投が決まりましたが、私は彼が総理になった時、うまくやれないだろうと心配していたんです。田中さんの紹介で付き合いが始まって40年近く、彼に対する印象は「目的」があって何かをする人ではなく、何かをするための「手段」を選ぶのに長(た)けた人。彼がよく口にする「クリーンな政治」というフレーズにしても、あくまで手段のことを言っている。クリーンな手段でどんな政治をしたいかという目的がない。
田中 私は菅さんが若いころから、彼の勤勉で仕事師の部分を高く評価していた。しかし、私は彼のように革新側ではなく保守側。だからあなたとピッタリだと思って紹介したんです。彼は政治が大きな目標に向かって動き出したら、事務局長的な役割で実務能力を発揮するだろうと期待していた。目標設定能力に優れたタイプではないからね。それもあって、鳩山政権ができた時、私は彼には官房長官が適任だとあちらこちらで言っていた。もし、総理になりたいと菅さんから直接言われていたら「やめときなさい」と言ったでしょう。

佐高 今回、菅さんについて話すということで、彼とどんな会話をしたか思い出そうとしたのですが、自分でも驚くほど、彼が何を言っていたのか記憶に残る言葉がない。それは彼の言葉には信念が感じられないからでしょうね。
田中 代表選の投票直前の演説も同じ。私は出演したテレビで「小沢さんは身体で話しているが、菅さんは言葉だけで語っている」と言いましたが、国民もそう思ったはずです。これは総理としての資質の問題です。
佐高 パフォーマンスができないんですよ。たとえば菅さんが総理就任直後に円高の問題が起きた。彼は軽井沢で静養中でしたが、なぜあの時、休暇を切り上げて東京に戻らなかったのか。そもそも円高なんていう問題は、特効薬があるわけではない。むしろ、各国のトップがどういう言動をしたかで、為替相場が反応する。
パフォーマンスが必要な時に、なんの行動も起こせなかったのを見て、やっぱり彼には総理は向いていなかったと思いましたね。


田中 いや、パフォーマンスはやっているんだよ。でも、後追いが多いから印象に残らない。もしくはタイミングが間違っている。最初に「クリーン」という言葉が出たけれど、菅さんは代表選で小沢さんの「政治とカネ」の問題を何度も口にした。私はそんなものは政治家の言動を見ていればわかると考えています。
台所だって使い込んだら少しは汚れることもある。それを拭き取る自浄力があるかどうかが問題なのに、あれでは自分の家の台所はきれいだと自慢しているようなものです。台所があまりに汚れていたら、それは料理、すなわち言動に表れるからわかる。「政治とカネ」ばかりパフォーマンスのように口にするのは感心できないね。
佐高 そうですよ。クリーンなタカ派より、ダーティでもハト派のほうがいい。
私は菅さんというのは、愛嬌のない小泉(純一郎元総理)さんのようだと考えています。どういう意味かと言えば、菅さんにはやりたいことがないけれど、とりあえず郵政民営化にも賛成で、小泉・竹中改革の延長線でしかないように見えるんです。もう一つ類似点を挙げれば、官僚と闘うと言うからには財務省と闘わないといけない。小泉さんは郵政官僚と闘ったかもしれないけど、財務官僚とは闘っていない。菅さんも厚生官僚とは闘ったかもしれないけど、財務官僚には取り込まれてしまった。一応、長年の友人である自分としてはそこが不満です。


あざとい人

田中 佐高さんは二人が似ていると言うけれど、小泉さんと菅さんには決定的な違いがある。それは地位に対する欲。小泉さんは自民党総裁選で、おそらく唯一人、議員への挨拶回りをしなかった人です。総理になってすぐ、小泉さんに「意図的に挨拶回りしなかったのか」と聞いたら、彼は「頭下げてまで、総理になりたくないもん」と。

なれるのなら、トロイカでも脱小沢でもなんでもいいと揉み手をしていた菅さんとは全然違う。そういう覚悟があったから、小泉さんは人事でも政策でも、自分の好きなようにできた。それが正しかったかどうかは別にして。今回の代表選では、菅さんの地位に対する執着が完全に見えてしまった。

佐高 それも、正月には家まで訪ねて頭を下げた小沢さんに対して、代表選で対決が決まった途端に「政治とカネが改めて問題です」と批判するのは、人付き合いのルールとしても許されない。本当にクリーンな政治を目指したいなら、小沢邸に行かないという選択肢だってあったんだから。

田中  私は参院選直後の田崎史郎さんとの対談(9月18日号掲載)で、菅さんを「あざとい」と言いました。こんな言葉、人を評する言葉として私は一度も使ったことがない。でも、多くの人がそう思っていたんですよ。そして、一番その思いが強かったのが鳩山(由紀夫前総理)さんでしょう。
佐高 なるほどね。
田中 鳩山さんが辞めた後の代表選の演説で菅さんは、鳩山さんから「日中関係、日米関係をよろしく」と言われたと明かしました。これは、鳩山さんは私を支持するから、鳩山さんと近い人は私を支持してくださいと言っているんです。こういうやり方があざとい。そして、彼のあざとさは国民にかなりバレてきている。
佐高 菅さんとの付き合いのなかで印象的だったのは、『噂の真相』という雑誌で菅さんを批判したら、本人が電話してきて1時間くらいまくし立てられたことです。「友達なら俺の言い分も聞いてから批判してくれ」ってね。長い付き合いの私が批判するのだから、それは単なる中傷で言っているわけじゃない。それなのに、「甘んじて批判を受ける」という感覚は彼にはない。批判に対してものすごく弱い人です。

田中 政治家はある程度、誰でもそうだけど、度が過ぎるんだね。人に見えるところだけ整えようとするから、撮影所の映画のセットみたいになる。もっと身近な人に信頼されないと総理は務まらない。
佐高   人間関係が極端に希薄な人だとは言える。きつい言い方ですが、利用できる人と利用できない人、そういう基準で人を判断しているんじゃないかな。
田中 守勢に回った人間のために他人が動いてくれるのは、志か義理、いずれかを強く感じた時だけです。レーニンも日蓮もキリストも世間から迫害されたけれど、周りの人がそれに耐えて行動を共にしました。志が弱かったら、世の中が敵に回った時に誰も支えてくれません。菅さんは志でも義理でも、人を動かすほどのものがない。
佐高 少なくとも「行動を貫き通す」ということがほとんどない。だから今回の代表選でも、トロイカ体制か反小沢かで言動がブレる。世間ではイラ菅と呼ばれているけど、私はウロ菅だと言っています。ウロウロしてばかり。総理の座にある政治家としての覚悟や責任感が感じられないのは、とても残念なことです。
得意技はけたぐりに猫だまし


田中 総理時代の村山富市さんに公邸に呼ばれた時のことですが、公邸の会議室に入っていって、「総理」と呼びかけても村山さんは気がつかない。しばらくしてから「あぁ、秀征さん来てたか」って顔を上げてね。
私が「どうしたんですか」って聞いたら、「秀征さん、犠牲者が5000人を超えてしまった」って言うんです。
佐高 阪神淡路大震災の時ですね。
田中 そうです。震災が発生し、まだどんどん死者が増え続けている、その時でした。当時の私は「これは天災だから事後処理をしっかりやりさえすればいい」と思っていた。実際、村山さんにもそう言ったんです。そうしたら「いや、責任を感じるよ」と。
佐高 当時、村山さんは震災後の対応を巡って、自衛隊出動を躊躇(ためら)ったとか、世間から猛烈な批判を浴びていましたね。
田中 そうです。でも、誰よりも村山さんは責任を感じ心を痛めていた。私は村山さんの言葉を聞いて、胸を打たれました。総理になる人物には、心の奥にそういうキラッとした熱い思いがないといけないんです。私はそれを「真情」と呼んでいます。真情があればどんな困難も乗り越えられるし、どんな誤解もいずれは解ける。


佐高 菅さんからは、そういうものは感じないなあ。
もう一つ厳しいことを言えば、彼は時計の修繕屋のような存在だと思うんです。時計が壊れた時にそれを修繕する巧みさで世に出てきた人。だけど、新しい時計作りを彼に期待するのは無理ですね。
普天間問題の対応を見ていてもそうです。副総理なら自分から動いて局面を打開すべきなのに、迷走する鳩山さんを助けようともせず、じっと総理の座が転がり込むのを待っていた。
田中 仮に鳩山さんが「普天間には手を出さなくていいよ」と言ったとしても、「心配でしょうがないから」と、誰にも告げずに沖縄入りして、一人で泥を被(かぶ)るというくらいの行動を取らないと総理の座を狙う人間として失格です。そういう政治家であれば、世の中は絶対に見捨てない。ところが逆に、じっと火の粉を避けようという態度でしょう。そこには、やはりあざとさが透けて見えてしまう。

佐高 代表選を振り返っても、総理なのに全然横綱相撲じゃなかったですね。本当ならがっぷり四つに組んで政策論議をすべきなのに、横綱たる総理が「クリーンな政治を」と挑戦者を当てこすり、挑戦者である小沢さんが政策を述べるという構図になった。番付で劣る力士に対して、横綱がけたぐりや猫だましを仕掛けているみたいで、悲しくなりました。
田中 再選されたことで菅政権は続くけれど、代表選で菅さんの総理としての資質の問題がより明らかになった。普天間基地の移設についても、彼自身は何を考えているのか、メッセージを全く発しなかった。「すでに日米合意ができているから、それを尊重する」という態度じゃあ、沖縄の人たちは納得できない。
逆に小沢さんは一度、自分が前面に立って勝負したことで、これからは自分の代わりに誰かを立てても、「表に出たくないからだ」と批判されることはない。

佐高 小沢支持で票を投じた国会議員200名というのは、世論からも叩かれ、選挙区からも叩かれて残った200名。それに対して菅さん支持の票は、世論調査に惑わされた浮動票みたいなものも少なくない。この支持の質の違いは、普天間問題や予算案が審議されるなかで、菅さんを苦しめる要因になるでしょう。
田中 最近になってつくづく思うけど、菅さんの本質は初めて出会った20代のころから何も変わっていないんだな。私が菅さんを信頼していたから見えなかっただけで、彼は権力者になるために、計算通り政治家人生を歩んできた。投票日の演説で菅さんは、「世の中の不条理と戦う」と言っていたけれど、まずは自分の不条理をなくすべきだと言いたい。
佐高 でも、今更修正のきく人じゃないでしょう。
田中 うーん。だとしたら、非常に無様な形の退陣になるんだろうね。



たなか・しゅうせい 1940年生まれ。元経企庁長官。菅氏とは約40年の付き合いで、菅氏に政界入りを勧めた人物でもある

さたか・まこと 1945年生まれ。評論家。「週刊金曜日」発行人兼編集委員。菅氏とは共に20代からの付き合い。著書多数