日本で二大政党制が成立するために必要なもの


ちきりん,Chikirinの日記
(Business Media 誠 2010年09月20日)  http://bit.ly/b5F5nX


昨年の衆議院選挙で民主党が政権交代を実現したことから、二大政党制の時代に入ったとしばしば言われます。しかし、ちきりんさんは、政権交代可能な大政党が2つあるだけでは二大政党制は成立せず、そこには基本思想の対立がないといけないと説きます。

基本思想の対立で一番分かりやすいのは、いわゆる“55年体制”でしょう。当時の自民党と社会党には明確な“対立思想”がありました。「資本主義経済か、社会主義経済か」「米国寄りか、アジア寄りか」という対立です。

 英国の保守党と労働党も同じです。英国にはまだ色濃く社会階層が残っています。「ノーブルな層の利益か、労働者階級の利益か」、その対立思想に基づいて2つの政党があるのです。

 米国の共和党と民主党の違いも明確です。「裕福で保守的な白人支配層か、経済的に必ずしも豊かではないマイノリティか」、それぞれが支援する産業も、伝統的な重厚長大産業と、サービス産業やIT、バイオなどの新産業に分かれています。

 つまり、日本でも二大政党制を考えるためには、「何と何の対立構造が、日本において成り立ち得るか?」と考える必要があるのです。

2009年の衆議院選挙で民主党が政権交代を実現し、日本もいよいよ“二大政党制”の時代に入ったかのように言われることがあります。しかし、二大政党制が成立するためには、2つの大政党の議員数がバランスすること以外に、もう1つ条件が必要です。

 それは“基本思想の対立”です。それぞれの政党の根本的な考え方に明確な対立点がないと、意味のある二大政党制は成立しないのです。

 例えば、民主党の一部議員が主張する政策は、小泉純一郎元首相が掲げていたのと同じような政策です。似たような思想をもつ自民党議員やみんなの党などの他党議員も存在しています。民主党と自民党が何が違うのか、鳩山由紀夫前首相の辞任以降、それさえよく分からなくなっています。


■日本ではどんな対立点がありうるか

 では、いくつか対立がありえそうな点を挙げて考えてみましょう。

(1)生まれつきの貴賤
 欧州的な貴族階層は日本には存在しません。日本の元皇族は数が少なすぎるし、権力や経済力も弱すぎて、“皇族VS.平民”という対立は成立しえないでしょう。

(2)学歴の上下
 大学進学率が非常に高く、学歴と経済的なポジションの相関も、英仏や米国に比べて極めてゆるいのがこれまでの日本の特徴でした。超一流大学を出ても博士号を持っていても、「一兵卒からキャリアを積め」と言われる日本のシステムは極めて民主的で、学歴上での“エリート”という区分さえ明確ではありません。

 ただし、この点については、以前に書いたようなゴールドカラー的な人が増え、一方でずっと非正規社員という人も増えてくると、今後は対立構造を形成する可能性もあるでしょう。

(3)経済思想の対立
 社会主義、共産主義は世界的に敗北が確定しており、今さら「右か、左か」という思想対立で政党が2つ並び立つのは不可能でしょう。実際、共産党も社民党も議席は相当少なくなっています。

(4)経済状態の上下
 “一億総中流”と言われた高度成長期の日本では成り立ち得ない対立軸でしたが、経済格差が問題視されることも多くなった今後は、この基準で対立する2つの政党が並存することはありうるでしょう。いわゆる“配分論者”と“経済のパイ拡大論者”の対立です。

(5)国際政治グループの選択
 これもありえますよね。今までは、何だかんだ言っても米国追随以外、現実的に日本が選べる道はありませんでした。東西対立の時代には、米国側に付かないことはそのまま共産主義陣営に入ることを意味していたからです。でも今は違います。米国以外に、アジアも欧州も選択肢として検討できるでしょう。

(6)産業の別
 米国だと、金融とメディアのニューヨーク、ハイテクとバイオのカリフォルニア、自動車のデトロイト、石油のテキサス、エンターテイメント産業のロサンゼルスというように、地域によってキラー産業が異なり、どれも世界的な競争力を持っています。

 すると、「為替が安い方がいいか、高い方がいいか」「保護主義がいいか、自由貿易主義がいいか」などの“産業の対立”がありえて、それぞれを支援する政党が現れます。

 しかし日本では輸出型の組み立て産業(電気・機械、自動車)と、化学など産業材プロセス業のみが抜きん出た国際競争力を持っていて、それらに対抗できるほどの産業は今のところ出てきていません。そのため、産業を二分して対立する2つの政党もまだ成立しそうにありません。

(7)人種の違い
 この点についても、日本ではマイノリティの規模が二大政党を構成するには小さすぎるでしょう。

(8)都市と地方の違い
 今までは「地方の利益を代表する自民党と、都市の利益を代表する革新政党」という対立がありえました。でも、最近はこれも対立軸としては弱くなっています。

 交通と情報と教育が行き届き、地方の人と都会の人の考えはずいぶん交じり合うようになりました。都会の人の多くは地方出身者で、彼らは地方の状況も理解した上で自分の意見を決めています。また、ずっと地方に住んでいる人でも、「こんなところに高速道路は不要」「ダムも要らない」と考える人もたくさんいます。

日本に存在すべき二大政党
 こうした状況を見ていくと、日本における対立構造としてありえる要素は、「(2)学歴の上下」「(4)経済状態の上下」「(5)国際政治グループの選択」の3つと考えられます。

 この3つの要素を組み合わせると、以下のような二大政党がありえます。

A党支持者
欧米で学位をとるなどゴールドカラー的な教育を受けて、リスクをとる人生を選択する。もしくは教育を早々に切り上げ、自ら起業している。30代で年収1000万円を超える人も多いが、年収が高いというより、「年収期待値」が高い人たち。米国的な資本主義経済圏の一員としての日本を支持し、国際社会のリーダーとして尊敬される日本を志向する。フリーターやニートは“支援すべき社会層”ととらえる。

B党支持者
日本で教育を受け、日本でのみ通用する仕事に就いている。終身雇用や年功序列を好み、定年後は厚い公的福祉に守られたいと考えている。国際社会における米国の独断的な言動に嫌悪感を持ち、アジアと連帯したいと考える。経済大国である必要はないから、平和で平等な日本でありたいと考えている。フリーターやニートは“社会の構成要素”である。

 A党は自民党と民主党の中堅から若手政治家の主張に近く、B党は公明党と共産党と社民党と民主党(の元市民活動家グループ)を合わせたような政党です。こういう組み合わせになれば、数合わせだけではなく、主義主張としても差異が明確な“対立軸のある二大政党制”となるでしょう。

 ところが現状の政党はそうなっておらず、「A党的な自民党とB党的な公明党が、野党として(連立は解消したものの)協力している」「民主党は、党内にA党的な人とB党的な人が混じっている」という2つのねじれがあります。

 この2つのねじれが解消しないと対立構造がはっきりせず、有権者にとって意味のある選択ができる二大政党制が形成されません。特に民主党は相当異なる意見の人たちを内包したまま政権をとったため、このままではたとえほかの野党が民主党と拮抗(きっこう)する議員数を抱えても、私たちは“国の行く道を決める二大政党の選択”をすることができないでしょう。

 政策を同じくする人、どういう国を目指すかというビジョンが同じ人が1つの政党を形成する、そんな体制が早く実現してほしいものです。


著者プロフィール:ちきりん
兵庫県出身。バブル最盛期に証券会社で働く。米国の大学院への留学を経て外資系企業に勤務。2010年秋に退職し“働かない人生”を謳歌中。崩壊前のソビエト連邦など、これまでに約50カ国を旅している。2005年春から“おちゃらけ社会派”と称してブログを開始。Twitterアカウントは「@InsideCHIKIRIN」

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