「弱者の見方」が転向して豹変 [最高権力者・仙谷由人 危険な正体]
(日刊ゲンダイ2010/9/24)

権力維持のためには沖縄も捨てる

社民党代議士だった保坂展人氏は、麹町中学校時代の学生運動経歴を内申書に書かれた。高校はすべて不合格。彼は教育委員会を提訴する。そのときの弁護団のひとりが20代の仙谷だった。
頭は切れる。押しも強い。何よりも、教育委員会を相手に闘う学生に味方してくれた。弱者の気持ちが分かる人権派弁護士。それが仙谷のスタートだ。
しかし、仙谷はその後、国会議員になり、権力の階段を駆け上るにつれて、大きく変節していく。
社民党の関係者は「彼の場合、変節というより転向だ」と切り捨てる。そして、「多くの転向がそうであるように、転向後は極端に走る。いまや、弱者のことなど、まるで眼中にないようだ」と言うのである。
実際、仙谷の弱者切り捨ては目に余る。普天間移設では、官房長官になる前、TVでこんな趣旨の発言をし、関係者を驚かせたことがある。

「こんなことを言うと沖縄の人にしかられるかもしれないけど、この問題はそれほど大きくない」
ついこの間も、地元が米軍の垂直離着陸輸送機MV22オスプレーの配備を問題視、飛行ルートが変わる以上、環境影響評価(アセスメント)を見直すべきだと訴えたが、「そういう認識ではない」とバッサリだった。自民党の閣僚だったら、ウソでももっと配慮する。それが仙谷にはない。自分にうしろめたさがあるせいか、あえて聞く耳を持とうとしないのだ。
千葉前法相が死刑執行したときのコメントも冷酷だった。
「千葉法相が法治主義の下で自らの職務を全うした。これ以上でも以下でもない」
仙谷は「死刑廃止を推進する議員連盟」の副会長だったのである。

「司法制度改革で裁判員制度の導入が決まり、多数決で死刑を決めるのは問題ではないか、という議論になった。そこで死刑と無期懲役の間に終身刑をつくること、死刑は全会一致にすること、などの改正案を準備した。仙谷さんは法律家ですから、そのときの中心メンバーなのです。法律に不備があるから改正しようという運動をしてきたのに、『法治国家だから』で片付けてしまう。これにはガッカリした人は多かったはずです」(当時をよく知る国会議員)
ついでに言うと、仙谷は国旗国歌法案にも賛成している。沖縄特措法では当時、与党だった社民党の反対をいいことに、民主党は賛成に回り、自民党に接近した。首謀者は仙谷である。
こういう政治家は危険だ。

「この人は何でもやる。基地問題がこじれれば、沖縄の地方自治権剥奪だってやりかねない」とは、古くから仙谷を知る人のコメントなのだ。
自民党もできなかったことを平気でやる。左翼崩れの転向組はそこが怖い。
(つづく)