証拠改竄報道で新聞協会賞を受賞した『朝日新聞』への違和感


大阪地検特捜部と新聞社の二人三脚を清算しないまま


伊藤博敏「ニュースの深層」
(現代ビジネス 2010年10月14日)  http://bit.ly/aH8dtX

法務・検察を揺るがし、検察捜査のあり方と刑事司法全般に見直しを迫る大スクープだった。そういう意味で、前田恒彦元大阪地検特捜部主任検事の証拠改竄をすっぱ抜き、新聞協会賞を受賞した『朝日新聞』大阪司法記者クラブ取材班には賞賛を贈りたい。

 ただ、現在、問われているのが、日本の「刑事司法のあり方」であることを考えると、検事、判事、弁護士という法曹3者とそれを支えてきた司法マスコミも「大阪特捜の罪」を、ともに引き受け、考え直さなければならないだろう。そういう意味で、新聞が最後の聖域として「正義」に立ち、新聞界の代表的な賞を受賞することに違和感を覚える。


 証拠を改竄してまで立件しようとする前田は"特殊"だった。だが、特捜検察の調べを受けた当事者か、その調べを取材した記者ならば、前田の調べの様子は他の検事と五十歩百歩、「シナリオ捜査」に合わせて検察の都合のいい、つまりは有罪に持っていける調書を作成するためなら、どんな手だって使うことを知っている。

 日本の刑事裁判における有罪率99.9%という"神話"は、こうした検事のなりふり構わぬ姿勢と、検察と"連帯"する裁判所の追認、特捜検察と組んだヤメ検(検察OB弁護士)の保釈や執行猶予付き判決を材料にした司法取引、法務・検察のビルに記者クラブを与えられて被疑者・容疑者・被告の"罪深さ"を報じる司法マスコミによって成り立っていた。

 「最強の捜査機関」と讃えられる特捜部で働く高揚感と、「バッチ(政治家)を挙げることに意味がある」といわれる特捜幹部へのプレッシャー、それにヤメ検になると、特捜部経験が依頼者からの注文につながるという実利が、特捜幹部を焦らせる。


 今回の事件は、創設60年を超えた特捜検察の制度疲労がもたらしたものだ。証拠を改竄した前田元主任検事、それを黙認して犯人隠避した大坪弘道元特捜部長、佐賀元明元特捜部副部長らだけの罪ではない。

 「バッチを狙え」の掛け声のもと、野心あふれる大坪、佐賀、前田のトリオが手がけた事件を振り返ってみたい。

 最初は「村木事件」ではなかった。障害者団体への郵便割引制度を悪用、巨利を得ていた事業会社、広告会社、障害者団体などを告発する『朝日新聞』のキャンペーンに便乗する形で捜査は始まった。特捜部は、09年2月、広告会社元幹部らを郵便法違反容疑などで逮捕、その時、ターゲットにされたのは民主党の牧義夫代議士だった。


 制度を悪用した障害者団体「白山会」の守田国義会長と牧代議士は親しく、献金を受けていたうえに、「白山会」に有利な国会質問までしていた。この頃、マスコミ各社は「牧疑惑」を報道、『朝日新聞』もまた一面トップで「秘書が日本郵便に圧力で、不正拒否が覆った」と、報じたことがある。


 論調が変わるのは、昨年5月、村木元局長の部下の上村勉元係長が逮捕されてからである。「白山会」の前身の「凛の会」の証明書発行に、政治家の口利きがあったという疑惑が浮上した。その政治家とは民主党大物の石井一参院議員である。

逮捕された「白山会」元代表の倉沢邦夫被告が、厚労省幹部に「石井議員の事務所関係者であると伝えた」と、『朝日新聞』は報じた。


 この時、すでに上村は完オチ、「村木課長(当時)の指示を受けた」という証言をしていた。倉沢被告から依頼を受けていたのは村木の上司の塩田幸雄元厚労省部長である。特捜部は、倉沢→石井→塩田→村木→上村という証明書発行ルートを描き、石井と村木の証言は得られないまま村木を逮捕した。

 しかし、石井には依頼を倉沢から受けたという日のアリバイが存在、村木は否認を貫き、「シナリオ捜査」は瓦解したのである。


 実は、大阪特捜の「バッチ狙い」はこれだけでは終わらなかった。

 前田の指揮のもと、全国精神障害者社会復帰施設協会(全精社協)の不正経理事件を調べており、09年9月、事務局次長を逮捕、翌月には会長らを補助金適正化法違反で逮捕した。狙いは、自民党の木村義雄元厚労副大臣だった。塩田元部長と親しく、「村木事件」でもその名があがった木村が、全精社協に依頼して120万円のパーティー券を購入してもらっていた。


 9月26日付け『朝日新聞』は、「木村元副大臣、交付促す電話」というタイトルで、厚労省プロジェクトの審査で、一度は補助金を認められなかった全精社協が、木村元副大臣の交付を促す電話で復活した可能性があることを報じている。120万円のパーティー券購入についても触れ、「特捜部は逮捕した元事務局次長からも話を聞く」というのだから、特捜部が政界ルートを想定していると読むのが普通だろう。

 だが、この事件も不発に終わる。



■変わらない特捜部に依存した報道


 次に特捜部が内偵を始めたのが、日本ビジュアル著作権協会をめぐる疑惑である。作家らの著作物の許諾代行をしている同協会は、牧義夫代議士と親しく、牧事務所に献金をしているほか、牧代議士には著作権に絡んで、国会質問をした過去があった。だが、この捜査は着手して間もなく、前田が東京地検特捜部の「小沢捜査」に駆り出されて中断を余儀なくされた。

 この捜査を、『毎日新聞』は、2月に弁護士でないものが弁護士活動を行うことを禁じた「非弁活動」にあたると報じた。『朝日新聞』は報じていないが、特捜部による事件化の可能性があるとして、日本ビジュアル著作権協会の周辺を取材していた。


 新聞協会賞を受賞した司法クラブのメンバーが、大坪特捜のもとで進められた郵便不正、全精社協、日本ビジュアル著作権協会への「バッチ狙い」の捜査を、特捜部と歩調をあわせるように取材していたのであろう。

 だが、今、問われているのは、大阪特捜を暴走させた事件の構図である。ともに事件を手がけた『朝日新聞』は、「白山会」の守田会長と親しい牧代議士が、「日本郵便」に働きかけ、そのために「白山会の郵便物の発送拒否が覆った」と、報道。その後、「訪問後に発送が認められたとしたのは誤りでした。


 その後の大阪地検特捜部の捜査で、訪問時期は新東京支店から不正DMが発送した後であることが分かりました」と、訂正した。特捜部に依拠した記事作りの典型例だろう。


 特捜部と司法マスコミが二人三脚で被疑者を追い詰め、国民に事件構図を押し付け、有罪を納得させるという構造が問われる今、『朝日新聞』を含む司法マスコミの責任も問われている。その反省もなしに、新聞協会賞を喜んではなるまい。