●崩壊・特捜検察:隠ぺい事件起訴/上 組織保身、見え隠れ
(毎日新聞 2010年10月22日 東京朝刊) http://bit.ly/cxa6vf


 大阪地検特捜部を背負ってきたトップとナンバー2が21日、起訴された。監督責任を問われた検察幹部らの処分と引責辞任も加わり「検察の『冬』どころじゃない。氷河期だ」と内部からは悲鳴が上がる。それぞれの言い分は対立し「保身」も見え隠れする。「検察官の正義感とは何なのか」。捜査は国民に不信感を植え付けて、ひとまず終結した。

 ◇「氷河期」内部で悲鳴 幹部処分「最高検押し付け」

 最高検の記者会見では、証拠品改ざん発覚後、検察トップの大林宏検事総長が初めて公の場に姿を見せた。改ざんを知らされた時の心境を「一言で言えば、信じられない。証拠に手をつけることは私たちの常識にはない」と振り返った。

 「物証が乏しく供述に頼った捜査では」と質問されると、伊藤鉄男次長検事は「有罪を得る自信がある。批判はあたらない」と険しい表情で言い切った。

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 「なぜ自分たちだけに責任を押し付けるんだ」。寒さが忍び寄る大阪市都島区の大阪拘置所で前特捜部長、大坪弘道被告(57)=犯人隠避罪で起訴=は接見した弁護士に検察組織への怒りをぶちまけた。大坪前部長の弁護人は「組織のスケープゴート(いけにえ)にされた」とみる。

 大坪前部長と元特捜部副部長、佐賀元明被告(49)は20日間の取り調べで「事実上の完全黙秘」(大坪前部長の弁護団)だった。前代未聞の検察の失態にけじめを付けようとする最高検と、組織に貢献してきたと自負する2人。「捜査のプロ」同士の攻防で、供述調書は一通も作成されなかった。

 「大坪さんに手紙を出したら、今日、返事がありました」。起訴前日の20日、東京・永田町の衆議院第2議員会館で開かれたシンポジウムで、佐藤優・元外務省主任分析官(50)はこう話した。佐藤元分析官は、東京地検特捜部に背任などの容疑で逮捕され、有罪判決が確定。特捜捜査を批判する論客の一人で知られる。

 拘置所から返ってきた大坪前部長の手紙には「最高検は自ら作ったストーリーを押し付けようとしている」と書かれてあったという。「大坪さんも調べる側の時は押し付けてきたのだろうが、調べられる側になると身にしみて分かる。官僚は仕事をするうちに感覚がずれてくる。私もそうだった」。佐藤元分析官は墜(お)ちた検察エリートに共感を示した。

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 「辞める必要なんてない。辞めないでください」

 小林敬・大阪地検検事正(59)の辞意が報じられた19日、地検幹部は検事正執務室でこう訴えた。前日、幹部は不安を口にしていた。「部下の監督責任で辞めないといけないなら、首がいくつあっても足りない。トップが辞めたら地検はどうなるのか」

 小林検事正は特捜部での捜査経験はないが00年、大阪地検特捜部長に抜てきされた。2年後には大阪地検次席に就任して「2階級特進」と周りを驚かせ、今年1月に検事正になってからは「将来の大阪高検検事長」と期待されていた。

 小林検事正と玉井英章・前次席検事(59)=現大阪高検次席検事=は21日「監督者としておわび申し上げます。検察庁職員らが信頼回復に努める様子を見守っていただければ幸いです」とする「おそろい」のコメントを発表した。

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 「内偵なんて何もやってへん。できへんやろ?」。特捜部の事務官は寂しそうにつぶやく。「みんな特捜なくなるんじゃないかなあって話しているし、元気ない」。「信頼回復」を願う地検幹部の型どおりのコメントと裏腹に、特捜部はまさに崩壊のふちに立つ。




●崩壊・特捜検察:隠ぺい事件起訴/中 判事「裁判員に影響も」
(毎日新聞 2010年10月23日 大阪朝刊) http://bit.ly/aGAAeZ


大阪地裁に大坪弘道前大阪地検特捜部長の保釈を請求後、会見する田宮甫弁護士(右)と福田健次弁護士=大阪市北区で2010年10月22日午後1時4分、幾島健太郎撮影 ◇列島覆う「不信」
 西日本のある地方検察庁(地検)。検事の取り調べを終えた後、手錠をかけられて部屋を出る交通事故の容疑者が言った。「証拠に手を加えてないでしょうね」。若い検事は何も答えられなかったという。

 大阪地検特捜部による証拠品改ざん・隠ぺい事件は、震源地の大阪地検から全国に「検察不信」という波紋を広げている。

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 「大阪地検の事件などで、供述調書の信用性が問題となっているのはみなさんご存じと思います」。今月7日、福島地裁郡山支部で行われた傷害致死事件の裁判員裁判。無罪を主張する被告の弁護人は、証拠品を改ざんした大阪地検特捜部の元主任検事が捜査した「郵便不正事件」を引き合いに出し、裁判員に訴えた。弁護人の主張に、検察側は「事件と関連がない」と異議を唱えたが、竹下雄裁判長は異議を退けた。

 札幌高裁で公判中の殺人事件で、被告の弁護人を務める笹森学弁護士(札幌弁護士会)は、「立証に沿わない証拠をなくしてしまおうという検察の体質は、特捜部だけではない」と指摘する。今年6月、同高裁の法廷に、被害者の司法解剖を担当した医師が弁護側証人として出廷し、「鑑定書の内容の一部を削除してほしいと検事から頼まれた」と証言した。医師の鑑定書は、被害者を刺した行為と死亡との因果関係を否定する被告の主張に沿う内容で、検察側に都合が悪かった。医師は検事の要求を拒否し、削除しなかったという。

 現役の刑事裁判官も影響を感じている。ある裁判官は「一部の被告は罪を認めつつも、刑事司法への不信感を口にするようになった。そう言われると返す言葉がない」と話す。「今回の件で裁判官は、急激に判断が変わることはないと思うが、裁判員裁判には影響が大きいのでは」とみている。

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 67年、茨城県利根町布川(ふかわ)で大工の男性(当時62歳)が殺害された「布川事件」。強盗殺人罪で桜井昌司さん(63)と杉山卓男さん(64)の無期懲役が確定したが、昨年12月、事件から42年ぶりに再審開始が確定した。特捜検事の証拠改ざん事件を、杉山さん(96年仮釈放)は「証拠改ざんに驚きはない。自分たちが体験した。こういうことを検事もやるんだと、一般の人に知れ渡ったのはいいことだった」と話す。

 4歳女児を殺害したとして、00年に無期懲役が確定した菅家利和さん(64)が冤罪(えんざい)と判明した「足利事件」では、昨年6月10日、最高検の伊藤鉄男次長検事が記者会見し「真犯人と思われない人を起訴し、服役させて大変申し訳ない」と謝罪した。その1カ月後、大阪地検特捜部で主任検事による証拠品改ざんが行われた。「検察のお偉方が謝ったのに全然反省してないんだね」と杉山さんはあきれた。

 検察幹部らの懲戒処分、引責辞任にまで発展した今回の事件。これで検察は本当に変われるのか--。



●崩壊・特捜検察:隠ぺい事件起訴/下 幹部「大阪は解体だ」
(毎日新聞 2010年10月24日 東京朝刊) http://bit.ly/aA0SWj
 

◇「犯罪者喜ばすだけ」慎重論も

 「大阪特捜は当然、解体だ」

 大阪地検特捜部の前部長、大坪弘道被告(57)=犯人隠避罪で起訴=の逮捕から一夜明けた今月2日。法務・検察幹部は早くも「特捜解体論」に言及していた。終戦後の1947年に東京、57年に大阪、96年には名古屋に設置された地検特捜部。「独自捜査の牙城」として政官財の不正を摘発した歴史を誇るが、幹部は「名古屋もいらない。問題は東京をつぶすか、残すかだ」と言い切った。

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 特捜部をなくすことには、慎重論も根強い。弁護士で民主党の辻恵衆院議員(62)は「特捜をつぶすと捜査現場を知らない『赤レンガ派』(法務官僚)が強権的になるだけ」と危惧(きぐ)する。最高検のある検事は、東京だけに特捜部を残し、大阪の事件にも対応することに疑問を呈する。「大阪は地の利がないと捜査できない。東京から急に行って、捜査しろというのは無理だ」と話す。

 知能犯事件の摘発で、大阪地検特捜部とライバル関係にある大阪府警捜査2課。ベテラン刑事は「財務の知識が必要な捜査は警察だけでは無理。特捜部をなくしてはいけない」と力説した。

 特捜部の担当する案件の一つに「脱税」がある。大阪国税局の関係者は「大坪さんは難しい事件でも嫌がらず告発を受けてくれた」とかつての“盟友”を思いやる。「特捜部がなくなると、脱税事案はどうなるのかなあ」と不安げだ。

 談合事件で摘発された経験のある大阪府内の建設業者は「捜査される側」の角度から特捜部は必要とみる。「特捜がなくなると公共工事がらみでごそごそ動き出す業者が出てくる。警察は予算を握る知事がらみの事件などはやりにくい。特捜じゃないと摘発できない犯罪もある。特捜解体は犯罪者を喜ばすだけ」

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 検事による証拠品改ざんという衝撃的な事実から「特捜解体」が論議の俎上(そじょう)に載ったが、「この体質は今に始まったことではない」という冷ややかな声もある。強大な権限にあぐらをかき、正義感がむしばまれているという指摘だ。

 「シュレッダーにかけとけや。そんなもん分からへんよ」。大阪地検特捜部に10年以上在籍し、数年前に辞めた元検察事務官は、特捜部時代に上司から言われた言葉を思い出す。事件の構図に合わない資料を、握りつぶすよう指示されたという。「銀行捜査もろくにせずに贈収賄だと見立て、都合の悪い書類はシュレッダー行き。おれが書いた報告書も捨てられた。そんな人間が特捜部では『使い勝手がいい』と重宝される」と内幕を明かす。

 「特捜部には栄光の時代もあったけど、今は正義感を持った検事や事務官があまりにも少ない。もう特捜なんてつぶしてしまったらええ」と古巣を突き放した。

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 この連載は藤田剛、久保聡、苅田伸宏(大阪社会部)、山本将克、野口由紀(東京社会部)、蓬田正志(福島支局)が担当しました。