民主党でも失敗した脱「対米依存」の試み、日本の民主化努力をオバマ政権は邪魔するな――

イアン・ブルマ 米バード大学教授/ジャーナリスト
((東洋経済2010年9月18日号 2010/10/29 12:55)  http://bit.ly/aVKrDJ

 革命は、人々が絶望的な気持ちになっているときには起こらない。革命は、人々の期待が高まったときに起こるものである。革命がしばしば失望に終わる理由はそこにあるのだろう。期待があまりに高く設定されると、革命の失敗は怒りや幻滅となり、恐怖に満ちた暴力的な行動を招いてしまう。


 昨年の日本の政権交代は革命ではなかった。ただ、アメリカで最初の黒人大統領が誕生した選挙と同じように、政権交代が過去との根本的な決別を約束するのではないかという期待が国民の間で燃え上がった。民主党は多くの新人を当選させただけでなく、日本の政治の本質を変えようとしていた。日本は官僚が支配する一党支配の国ではなく、真の民主主義国家になるはずだった。


 日本のメディアの報道から判断すると、民主党の支持率は低下し、人々は幻滅し始めている。官僚は変化に抵抗し、政権運営に慣れない民主党の政治家は過ちを犯している。最大の過ちは、参議院選挙直前に菅直人首相が消費税引き上げを打ち出したことだ。その結果、民主党は大敗を喫した。


 もう一つの失望は、普天間基地を沖縄県外に移設することができなかったことだ。民主党の約束は日本が新しい立場を取ることを意味した。かつて中曽根元首相が日本をアメリカの“不沈空母”であると表現したが、そうした立場から離脱する最初の一歩になるはずだった。



■日本の民主化努力をオバマ政権は邪魔するな


 日本の自民党の一党支配体制は太平洋戦争と冷戦によってもたらされた。旧枢軸国のイタリアと同じように、日本は共産主義勢力と戦う最前線の国になった。イタリアでは、アメリカに支援された右翼政党が何十年にもわたって政治を支配してきた。そして、日本の元戦犯たちは共産主義に対する戦いでアメリカの従属的な同盟者になった。


日本の対米依存はイタリアなどのヨーロッパ諸国よりも大きかった。西欧の軍隊は、軍事同盟のNATO(北大西洋条約機構)に組み込まれた。これに対し旧帝国軍は、日本を壊滅的な太平洋戦争に追いやった責任を問われたこともあり、戦後、日本が軍隊を保有することは想定されていなかった。占領中にアメリカは平和憲法を制定し、軍隊の海外派遣を憲法違反とした。戦争と平和という安全保障問題に関して、日本は主権を放棄してしまったのだ。


 日本人は平和主義者であることに満足していた。政府は産業基盤の整備にエネルギーを集中することができた。その一方でアメリカが日本の安全保障を引き受け、日本の外交のかなりの部分を担った。これは互いにとって好都合だった。日本は経済的に豊かになり、アメリカは従順で反共的な従属国を手に入れた。アジアでは共産主義の中国でさえ、日本の軍事力の復興よりもアメリカ主導の平和を歓迎したのである。

 しかし、そのために日本は大きな政治的犠牲を払わなければならなかった。外国の軍事力に過剰に依存し、大企業と官僚の仲介を主な役割とする政党に政権を独占されたことで、民主主義の発展は阻害され、腐敗を招いた。


 キリスト教民主党の支配下にあったイタリアも同じ問題を抱えていた。だが、冷戦の終結で政治的状況が変わり、旧来の政党は権力を失った。それ自体はよいことだった。ただし、政治的真空が右派政党フォルツア・イタリアの指導者、シルビオ・ベルルスコーニの台頭で埋められたことは、あまりよいことではなかったかもしれない。対照的に、東アジアでは冷戦はまだ完全には終わっていない。北朝鮮は依然として問題を引き起こしているし、中国も名目的には共産主義国家である。

 しかし、現在の東アジアは戦後の荒廃の中にあった世界とは違う。中国は大国になり、他のアジア諸国と同様に、日本は東アジアの新しい状況を受け入れなければならなくなっている。日本は中国と力の均衡を図ることができる、唯一のアジアの民主国家である。だが、戦後に確立した日本のシステムは、この役割を果たすのに適しているとはいえない。


民主党はこのことを認識していた。単なるアメリカの保護国ではなく、より対等な同盟国として、日本がより独立した役割を果たし、それによってアジアで断固とした政治的プレーヤーになることを望んでいた。その象徴的な第一歩が、負担を強いられてきた沖縄から米軍基地を他に移設することだった。

 だが、アメリカの見方は異なっていた。民主党は旧来の取り決めを変更すると脅したが、アメリカは日本に何をすべきか命令することができた。アメリカは沖縄問題で日本に対していらだちを示し、民主党政府に対する軽蔑をあらわにした。これによって国民は民主党政権の能力に失望を抱くようになったのである。

 アメリカは、扱いにくく、ふらついているが、より民主的なパートナーよりも、従順な一党支配の国を支持しているように見える。オバマ政権は日本の民主党政権をもっと理解すべきだ。本当に海外で自由を推進する気があるのなら、最も緊密な同盟国が民主主義を強化しようとしている努力を阻害すべきではない。


Ian Buruma
1951年オランダ生まれ。70~75年にライデン大学で中国文学を、75~77年に日本大学芸術学部で日本映画を学ぶ。2003年より米バード大学教授。著書は『反西洋思想』(新潮新書)、『近代日本の誕生』(クロノス選書)など多数。