菅 直人 ああ、男の嫉妬は見苦しい「総理はオレだ、仙谷じゃない!」

もはや笑うしかない民主党劇場


週刊現代 永田町ディープスロート
(現代ビジネス 2010年11月01日)  http://bit.ly/8XNJ5r


「菅にしゃべらせるとロクなことがない」とばかり、やたら前に出てくる仙谷官房長官(左)。 ひたすら「失敗しない」ことを目的にした逃げの姿勢が、大官房長官の突出を招いた(右)。


 「仙谷総理!」。ヤジが飛ぶたび、菅直人首相はひどく傷ついた。なんだ? これはオレの政権だぞ? ささくれだった感情は、出過ぎた官房長官に向けられ、「嫉妬」の暗い焔が首相の胸を焦がす。


■卑怯なオトコの宿命

 人間は生きている限り、他人を嫉み、妬むという感情から逃れることはできないという。ロシアの文豪・ドストエフスキーは、その作品中でこう記した。

「感情は絶対的である。そのうちでも、嫉妬はこの世でもっとも絶対的な感情である」


 嫉妬心に囚われた者は、その呪縛から逃れられない。とはいえ、それが男女間のものであれば、たいていの場合は痴話ゲンカ程度で済む。しかし、男の男に対する嫉妬が、しかも一国の政治を司る最高権力者の心に生じたとすれば・・・。それはとても厄介な代物と化す。

 菅直人首相は10月16日夜、首相公邸で福田康夫元首相と向き合っていた。話題の中心は、11月に横浜で開催されるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)について。'08年にサミットを主催した経験がある福田氏に、菅首相が助言を求めたのだという。


 だがその場では、こんな会話も交わされていた。


菅 ところで、以前の小沢さんとの大連立話は、どういう経緯で進められたんでしょうかね。

福田 あの時は、いろいろな人が関係していたから、ちょっと話せないよ。

菅 それじゃ、小沢さんに聞いたら分かりますか?

福田 小沢さんでも話はできないと思うけどね。

菅 それは、仙谷や枝野がいるからですか?

福田 え? いやいや、そういうわけではなくて。間に何人も人が入っているということなんだけど・・・。


菅首相の悩みのタネは、現在の「ねじれ国会」だ。その解消には公明党など野党を懐柔する必要がある。そのためのコツを聞きたかったのか、それとも、まさかの「政界再編」を見越した質問だったのか。

 ただ福田氏は、菅首相の口から唐突に、仙谷由人官房長官や枝野幸男幹事長代理の名前が出たことに戸惑った。この文脈では、野党との連携に、あたかも「仙谷」「枝野」が邪魔であるかのように聞こえてしまう。

「仙谷がいなければ、何とかなるのではないか。いざとなったら切ってもいい」

 首相がそう考えていると誤解されても仕方がない。


 いまや菅政権は、「仙谷政権」と化した。これは誰もが認めるところだ。

 国会の答弁でも、菅首相が指名されているというのに、後ろに座る仙谷官房長官が「オレだ、オレだ」と手を挙げ、野党と激論を交わす。その自信過剰なさまは、「誰が"真の総理"なのか」を国民に疑わせるのには、十分な態度である。

 これに対して、菅首相に浴びせられるのは、「逃げている」「存在感がない」といった、情けない批判ばかり。

「質問には正面から答えようとせず、ずっとメモを読んでいる。野党時代の輝きはすっかり色褪せてしまい、残念ですね。もっとも、最初から語るべき国家像などを持たないまま、総理になってしまったのでしょう。女性の視点で言うと、すごく卑怯なオトコ(笑)に見えます。肝心な時に、責任を取らずに逃げる。そんなイメージがついてしまいました」
(衆院本会議で菅首相に質問をした、自民党の稲田朋美代議士)

 "逃げ菅"との評がすっかり定着した首相に対し、仙谷氏はまさに飛ぶ鳥を落とす勢い。官邸内の官房長官室には、連日、各省庁の官僚らが列を成して待機しているという。霞が関の官僚たちは、誰がこの政権の主で、誰が自分たちを庇護する者なのかを、完全に見切ってしまった。

「まずは"仙谷さま"に報告を」

 官邸を乗っ取った官房長官と、それに群がる官僚たち。いま民主党政権は、いってみればこの「カンカン」体制によって支えられているのだ。

 一方で、本来の「カンさん」こと、菅首相の周囲では閑古鳥が鳴いている。

「菅さんのところには、全然人が来ないんだよ」

 首相の側近、寺田学首相補佐官は、そう嘆いた。

 この惨状に、ようやく菅首相は気づいたのだ。官邸内も党内も、そして霞が関も、誰も自分のことを気にしていない。自分のことを、ただのお飾り総理だと思ってバカにしている―。

「なんで、全部仙谷なんだ。おかしいじゃないか。総理はオレなんだ」

 菅首相は最近、若手議員との会合で、

「仙谷はとても頼りになる。でも、煙たいんだ」

 そうホンネを漏らした。政権スタッフから絶大な信頼を受け、政権を一人で切り盛りするナンバー2・・・。懐の深い為政者であれば、その異才を十分に活用することで、国家の繁栄を築くことができるだろう。

しかし、そんな"名君"の数は、歴史書を紐解いてみても極めて限られる。凡百の為政者にとって、「自分を遥かに超えて優秀な部下」は、いつか自分の地位を脅かしかねない、嫉妬の対象以外の何物でもない。菅首相も、すべてを「仙谷大官房長官」に丸投げし安穏としているうち、疑心暗鬼に陥った。


■まるでバカ殿扱い


 冒頭で紹介した菅―福田会談は、実は菅首相が寺田補佐官と二人で仕込んだ「肝煎り企画」だという。寺田氏は福田氏の息子と、三菱商事勤務時代に先輩・後輩の関係で、この会談が実現した。その際、首相はあえて仙谷氏を外した。「オレだって、やろうと思えば総理らしいことはできるんだ」と言わんばかりに。

「菅首相はこのところ、寺田氏や加藤公一代議士ら、側近を使って独自の情報ネットワークの構築を始めました。親しい報道機関の政治部記者にも、それとなく協力を要請しています。

 ただ、もともとそういうネットワークがほとんどない人なので、仙谷氏が築き上げている情報網とは、精度に雲泥の差がある。にもかかわらず、菅さんが独自情報にこだわり始めたので、仙谷さんとの関係がますますギクシャクしています」(民主党中堅代議士)


 仙谷氏は、菅首相のことをまったく信用していない。情報をまず自らの元に集約しようとするのは、「菅首相に伝えると、勝手に解釈して何を言い出すか分からない」(仙谷氏周辺)と不信感を持っているためだ。

「最初に菅には情報を持っていくなよ。持っていった奴は処分する」

 秘書官や官邸スタッフにはそう厳命しているという。

 菅首相は、自分がそんな状況に置かれていることの異常さに、いまになって急に気づいたのだった。

「菅首相は、『自分の周りは仙谷の息のかかった奴ばかりだ』と、次第に不満と不信感を募らせています。先日、外交関係の案件で、首相が福山哲郎官房副長官に、『誰にも言わずに動け』と、内々で指示したものが、仙谷氏に筒抜けになっていたことがありました。福山氏とすれば、何はともあれ、仙谷氏に耳打ちしておいたのでしょう。でも後でこれを知って、菅首相は激怒しました。『あいつ(福山氏)を更迭しろ!』と怒り狂い、凄い剣幕だったそうです」(官邸に出入りするキャリア官僚)


 ただ仙谷氏にしてみれば、無理もない。そもそも「情報収集」と言っても、寺田補佐官らがしているのは、テレビのニュース番組をチェックして、「菅政権についてこういう報道がなされている」「評論家の反応はこうだった」などというメモを、せっせと菅首相に届ける程度でしかないからだ。

 そんな子ども騙しで悦に入っている首相らに、重要情報の取り扱いは、とても任せられない。仙谷氏は、そう思っている。

 しかし、逆に菅首相にとっては、そんなバカな話はない。いったい、誰が首相なのか。首相が仙谷氏に不信感を抱いている様子を見て、閣僚の一人は、

「菅さんは何も見えていないし、分かっていない。仙谷さんは、身体を張って菅さんを守っているのに」

 と嘆いたという。そんな発言をする大臣など、首相にとっては「仙谷一派」に他ならず、つまり「信用できない」ということになる。


 こうした、負の感情が増していく首相の気分は、数少ない側近たちにも影響を及ぼしているようだ。首相の周辺からは、被害妄想的に、こんな不穏な声も上がり始めている。

「仙谷官房長官は、最終的に難題を全部、菅に押し付けてスケープゴートにする気だ。11月の沖縄県知事選や、その結果頓挫する可能性が高い普天間基地に関する日米合意、そして通りそうもない予算案。全部の泥を菅に被せ、責任を取らせて難局を乗り切るつもりだ。まもなくそのシナリオが動き始めるから、見ているといい」

 男の嫉妬が厄介なのは、多くの場合、そこには権力の奪い合いが絡むためだ。嫉妬に駆られた者は、相手を政治的に失脚させ、時には死に至らせるまで、その暗い感情が治まることがない。

 菅首相らが政争を続ける永田町のすぐ隣にある、江戸城を最初に築いたことで知られる室町~戦国期の武将・太田道灌は、文武ともに秀でた、紛れもない名将だった。ところが、あまりにその能力が突出し、道灌自身もその才や功績を隠そうともしなかったため、彼を妬み、下克上を怖れた暗愚な主君・上杉定正により、暗殺されてしまった。


 まさか、現代の民主党政権でそんなことが起こり得るはずもないが、菅首相が仙谷氏の能力にさんざん頼りつつ、同時に畏怖しているのも紛れもない事実である。見苦しい嫉妬に駆られた男が取る行動は、古今東西、そう変わりはない。


■傷ついたプライド


 このところ、どうも菅首相が怪しい動きをしている、と見ているのは民主党ベテラン議員の一人だ。

「首相は最近、長妻昭前厚労相と頻繁に会っている。表向き、事業仕分け第3弾に向けた打ち合わせ、となっているが、長妻氏が仙谷氏によって大臣のクビを切られたことは、いまでは誰もが知っている話。その長妻氏と、仙谷氏に不信感を抱き始めた菅首相が接近しているのは、いかにもキナ臭い感じがする」

 長妻氏は9月の民主党代表選後の内閣改造で、菅首相を支持した閣僚の中で唯一、クビを切られた。厚労省官僚との軋轢が高まり、手綱を取ることに失敗したことが、仙谷氏の逆鱗に触れたと言われている。

 自分の受けた処遇については黙して語らない長妻氏だが、自分を追放したのが誰なのかはよく承知しているはずだ。そんな長妻氏が、仙谷氏子飼いの枝野氏と並んで「仕分け人の筆頭格」に抜擢された背景には、菅首相の「意向」が強く働いているのは疑いない。


 さらに、首相が「仙谷封じ」の一環として粉をかけているのは、この長妻氏だけではない。なぜか政権内では、「ポスト菅は、岡田克也幹事長では」との声が聞こえてくる。菅首相と岡田氏の連絡が、このところ密になっているからだ。

「枝野氏や前原誠司外相、野田佳彦財務相らと違い、もともと仙谷氏とは一定の距離がある岡田氏ですが、『面倒ごとは全部こっちに押し付け、大事なことは何も教えない』と、"仙谷官邸"への不信が募っている。尖閣沖の漁船衝突事件でも、前外相の岡田氏が蚊帳の外に置かれているうちに、仙谷氏が中国側と話をつけてしまった。この顛末に、岡田氏はかなりの不満を抱いているようです」(民主党国対関係者)

10月18日夜に、岡田氏は菅首相と首相官邸で面談した。この日の議題は、尖閣での事件のビデオ公開についてだった。岡田氏はもともと、「日本側に非がないのなら、堂々と公開すればいい」というスタンス。

 そこで岡田氏は、衆院予算委員会の求めに応じ、海上保安庁の録画映像を国会に提出することを要求し、菅首相も、いったんは前向きな姿勢を示したとされる。


 ところが、この場に同席していた仙谷氏が、映像の公開に難色を示した。そのため、閲覧するのは一部議員に限る「限定公開」になりそうだという。岡田氏は訝しみ、「まるで、中国側と何かしらの取引でもあったかのように見える。納得できない」と、憮然としていたという。

 いずれにせよ、菅首相は「仙谷支配」との汚名を返上し、自分こそが総理大臣であることの証明をしようと必死なのだ。そのため、長妻氏や岡田氏ら、仙谷氏とやや距離を置く人々との連携を図り、"仙谷色"ではない、独自の政策を打ち出そうと躍起になっている。

「その一環として浮上したのが『待機児童ゼロ特命チーム』です。認可保育所が満員で入所できない子どもが溢れている問題を解消するための対策ですが、そのチームには側近の寺田補佐官らに加え、郵便料金不正事件で無罪を勝ち取った、元厚労省局長の村木厚子・内閣府政策統括官を事務局長に迎えました。このアイデアは、実は伸子夫人の発案だと言われています」(別の民主党中堅代議士)


■燃え上がる嫉妬の炎


 ただこの対策も、所詮は「子ども手当を全額出せない」という、公約違反を覆い隠すための弥縫策に過ぎない。いったんは口にした公約を守れず、実効性のある政策を打ち出すこともできないから、結局は実務能力が段違いの仙谷氏に、丸投げをするしかない。

 自分が何もできないので、有能な部下にややこしい仕事は押し付け、その部下が目立ち過ぎれば、今度は嫉妬心を抱いて潰しにかかろうとする。これはまさに、歴史上、何度も登場した「ダメな長」の典型だ。

〈歴史的に、凡人が才人を嫉妬した例は数え切れないほどあった。政治家や軍人の場合に、嫉妬が国の進路を誤らせる原因になった事実を知ると、その恐ろしさを痛感せざるを得ない〉(山内昌之『嫉妬の世界史』・新潮新書より)


 旧ソ連の独裁者・スターリンは、嫉妬に駆られて自国最高の軍人・トハチェフスキー将軍を処刑してしまい、ヒトラー率いるドイツ軍の国土蹂躙を許した。ヒトラーもやはり、ロンメル将軍ら有能な将官を死に追いやり、まもなく滅亡した。

 前出の太田道灌も、主君の館で騙し討ちに遭った際、

「当方、滅亡」

 と叫んで果てたとされ、実際、主家の上杉家は衰退し、その後、北条氏康によって滅ぼされている。


 彼ら歴史上の巨人・怪人と、菅首相を比較するのはいかにもおこがましい。しかし、いつの世も共通しているのは、政治家が嫉妬で暴走した場合、どんな形であれ、そのツケを最終的に払うことになるのは、その国の国民ということだ。