なんと!米軍機密文書40万点をウェブ公開オバマ政権を揺るがす内部告発サイト「ウィキリークス」の正体

瀧口範子 [ジャーナリスト]
(DIAMOND online 2010年10月27日)  http://bit.ly/dmGQSG


ウィキリークス(Wikileaks)が、ふたたび大論争を呼んでいる。

「ふたたび」と書いたのは、アフガニスタン、イラク戦争に関するアメリカ軍の秘密資料が、これで2回にわたって公開されたからだ。1回目はさる7月末。その時は約9万ページの戦闘ログ(記録)だったが、今回はそれを上回るなんと約40万ページが、ウィキリークスのサイトに上げられた。

 アメリカ軍がこれで大きな危険にさらされ、戦略が大幅に変更を迫られるのではないか、一体こうした秘密文書のリーク(漏洩)や公開を許していいのかなど、一度は消えかけていた議論が、また燃え上がっているのだ。


ウィキリークスの創業者、ジュリアン・アサンジェ氏は、オーストラリア出身の元ハッカーという以外、その経歴は謎に包まれている。強烈な個性ゆえに、ウィキリークス内部では対立が絶えず、離脱するメンバーも少なくないという。

ウィキリークスは、国際的な内部告発サイトである。創設されたのは2007年で、オーストラリア出身の元ハッカー、ジュリアン・アサンジェが中心となっている。だが、その実情は明らかではなく、各国のジャーナリスト、中国の反政府活動家、テクノロジー専門家らが協力しているとも伝えられている。

 ウィキリークスは、自らの目的をサイト上で次のように説明する。

「報道活動は透明性を加えるもので、透明性はより良い社会を作り出すものだ。精密な調査によって、あらゆる社会の政府、企業、その他組織などの機関における腐敗は減り、強い民主主義につながる。健全で活気に満ち、探究心のある報道メディアは、そのゴールの達成のために大きな役割を果たしている。そしてウィキリークスは、そうしたメディアのひとつなのだ」。


■実名を公開したことでイラク人の協力者が生命の危険に

 これまでウィキリークスが公開してきたのは、企業での内部取引、企業と政府の癒着関係、発展途上国政府内での汚職などだ。内部告発と言っても単なる「悪口」ではなく、告発者が身の危険を冒して行うような真剣なもので、それだけに公開された際のインパクトも強い。今回のイラク戦争の戦闘ログが呼んでいる波紋の大きさを見れば、それは一目瞭然だろう。

 前回の戦闘ログ公開では、アメリカ軍の細かな戦術などが明らかになったが、今回の公開では、いくつかのショッキングな事実も、白日の下にさらされた。

 たとえば、イラク人抑留者がアメリカ軍からイラク政府に手渡された後、厳しい拷問で知られる部署によって審問を受け、それをアメリカ軍が傍観していたこと。あるいは、一般のイラク市民の死傷者は、アメリカ政府が発表した数字よりも多いこと。そして巨額の報酬を受けているアメリカの民事軍事会社が、お粗末な戦闘技能しかもっていないこと。また、イランの軍事技術が、イラクの反政府武装勢力のもとにわたっていたといったような内容だ。

 ウィキリークスのこうした文書の公開によって、戦争の何が一般に伝えられてこなかったのかがよくわかる。上記に挙げただけでも、人権問題、戦争の経済的コストの問題、アメリカ政府がさらした外交上のミスなどがはっきりする。そうした事実を国民が知ることになった意義は大きい。

 だが、その一方で確かにアメリカの国家安全保障にとって、こうしたリークが邪魔にならないのかという不安も頭をもたげる。すでに多くの関係者によって指摘されている問題は、ウィキリークスが実名を明らかにしたことによって、イラク人の現地協力者が今や大きな危険にさらされることになったという事実だ。情報公開と安全保障のバランスは、簡単に解決できるものではないのだ。


■自らを重ね合わせる「ペンタゴン・ペーパー」事件

 ウィキリークスが自らを重ねているのは、1971年に暴露された「ペンタゴン・ペーパー」事件である。ペンタゴン・ペーパーとは、国務省の元役人によってリークされたベトナム戦争に関する内部機密資料のことで、これにより国民に隠蔽されていた政府決定の数々が明らかにされた。

 当時のアメリカ政府は、国家の安全保障にかかわるとして、このペーパーを報じたニューヨークタイムズを訴えて裁判に持ち込んだが、最終的には連邦最高裁判所で却下された。その時の判例によって、こうしたリーク情報の報道は、言論の自由を保障した憲法修正第1条のもとで合法的とされる、というランドマークが打ち立てられたのだ。

 そのペンタゴン・ペーパーをリークした張本人のダニエル・エルスバーグは、ウィキリークスについて「ブッシュが勝てば終わるとか、オバマが勝てば終わると述べて、国民に仮説的な希望を与えてきた戦争が、事実上はまったくそうでないことを明らかにしている」と、賞賛している。

 当時、エルスバーグは7000ページの文書をゼロックスのコピー機で複写して、その情報をリークした。当時と大きく異なるのは、インターネットや電子ファイル、セキュリティなどの先端テクノロジーの恩恵によって、情報の透明性の確保やリーク先の秘匿が簡単になったということだ。

 たとえば、ウィキリークスは、独自に開発した技術によって内部告発者のアイデンティティがわからなくなるようにしており、ネット経由で投稿しても、郵便でCDなどを送付しても、告発者が誰なのかは、ウィキリークス自身にも不明だという。

 また内部にはジャーナリストとして訓練を積んだスタッフがおり、彼らが投稿された内容の真偽を精査する。ウィキリークスは今年4月に、アメリカのアパッチ戦闘団が、間違ってジャーナリストを含む一般市民を狙撃したビデオを公開したが、そのビデオが投稿された際には、数人のジャーナリストを現地へ派遣し、死亡記録を確認したり、目撃者から証言を取ったり、負傷者が運ばれた病院へ事実を確認しに行ったという。その意味では、ウィキリークスを特殊なジャーナリズムと呼ぶこともできる。


実際、ウィキリークスのサイトでは現在のジャーナリズムに対する批判も記されている。「世界のメディアはおしなべて独立性を失い、政府や企業、種々の機関に対して厳しく問いただすことが少なくなった。われわれは、この状況は変わらなくてはならないと信じている」。

 さて、前回と今回のイラク戦争関連文書については、軍内部の22歳の調査員がリークの張本人であろうとされ、FBIと国防省の取り調べを受けている。それが証明されれば、漏洩罪によって彼は罰せられるが、ウィキリークス自体は言論の自由を定めたアメリカ憲法修正第1条によって護られるはずだ。


■内部分裂、人格攻撃で存続の瀬戸際に立つ

 だが今、ウィキリークスには数々の問題も持ち上がっている。

 ひとつは、アメリカ法務省がウィキリークスの起訴に踏み出すのではないかといううわさ。創設者のアサンジェは、これまでまるでスパイのように各国を移動しながら生活を続けてきたが、すでに彼に対する旅行制限も課せられているという。

 もうひとつは、ウィキリークスの内部分裂だ。ウィキリークスは、協力者とボランティアからなる約100人の活動によって支えられているのだが、天才的ハッカーであるアサンジェの行動に不満を持つ関係者が、次々と離脱しているといううわさがあるのだ。

 現在、アメリカの主要メディアは、公開された戦闘ログの内容を伝えつつ、その一方で、あたかもウィキリークスの信頼性へ挑戦するかのように、アサンジェという人物の人格検証を行っている。

 実際にはこれはふたつの別の問題だと思うが、高邁な目的を持つ内部告発サイト、ウィキリークスが存続していけるかどうか、今はその瀬戸際だ。