菅政権の成長戦略はまったく戦略がない――リチャード・カッツ
(東洋経済 10/11/11 16:13) http://bit.ly/aIUreC

 日本政府は6月18日に「新成長戦略」を発表し、今年から2020年までの平均成長率を2%にすると公約した。ただ、そのうち0・5%は、現在の不況からの回復によってもたらされる想定だ。したがって実際の目標は不況前のピークから年率で1・5%成長となる。これは過去10年の実績と変わらない。さらに、この目標を達成する戦略がまったくなく、「旅行者数が840万人から2500万人に増える」「20歳から64歳の人口の有職率が75%から80%に増える」といった希望を並べているだけだ。


 民主党のビジョンの欠如を象徴しているポイントが一つある。今後10年間、毎年15歳から64歳の人口が1%減少するため、過去10年間と同じ成長を維持するには労働者の生産性を高めなければならない。しかし、民主党の成長戦略では、「生産性の向上は重要かもしれないが、それよりも需要と雇用を増やすことが重要である」と述べられている。現実には需要増と生産性向上は同じくらい重要なのだ。

 民主党は、労働力減少を前提に、2%の実質成長を達成するには2%以上の生産性向上が必要だと認識している。ただし、生産性向上のための戦略としては、規制緩和とか、研究開発投資をGDP(国内総生産)の4%に引き上げるとか、ITを活用するとか、あいまいな内容にとどまっている。これは自民党の主張の繰り返しでしかない。


 ITが自動的に生産性向上に結び付くというのは幻想だ。日本はすでにITに巨額の資金を投入している。日本のGDPに対する投資(IT投資を含む)の比率はG7で最高の水準に達している。それにもかかわらず、投資の成長への寄与率は最低である。その理由は、制度改革を回避してきた点にある。

 04年の内閣府の報告書は、非効率的な企業から効率的な企業への労働者の移動率の低さを指摘している。アメリカの労働者は同じ企業に平均6・6年勤めているのに対して、日本の労働者の平均勤務年数は11・6年にも上る。


■創造的な破壊 破滅的な破壊


 米国の研究によると、ITはしだいにソフトウエア集中型になっている。この分野は日本企業にとって弱い分野である。しかしNTTドコモがソフトウエアの分野で世界をリードできるのに、どうしてほかのIT企業やITユーザーにそれができないのだろうか。

 同研究は、よいソフトウエアは最高の能力を持った人材だけでなく、日常的なプログラミングの作成に従事する普通の“コード戦士”が不可欠であると述べている。アメリカは、多くのソフトウエアエンジニアを海外から受け入れることで人材不足を克服してきた。事実、大学の卒業生よりも、毎年移民で入ってくるソフトウエアエンジニアのほうが多い。その一方、日本は移民を制限している。


 01年のOECDの研究では、労働者の生産性と資本を結び付けたTFP(全要素生産性)の向上の半分は、自らの技術や生産方式を改善している既存の企業によってもたらされている、と指摘されている。残りの半分は、ほかの生産性の劣る企業からシェアを獲得した生産性の高い企業、生産性の低い企業の倒産、さらに同じ産業分野や異なった産業分野で生産性の低い企業に取って代わった生産性の高い企業によってもたらされている。ダーウィンの進化論と同じように、企業も生没を繰り返す。しかし、日本はOECD加盟国の中で企業の新陳代謝が最も低いのだ。


 競争がなければ企業の生産性は高まらない。ところが、日本政府は逆の方向に進もうとしている。2月の経済産業省の「日本の産業を巡る現状と課題」と題する報告書は、直接的ではないが、サムスン電子の成功のカギは韓国国内市場の支配にあったと指摘し、主要産業での企業数減少を求めている。同社は売り上げの90%を海外市場で上げている。キヤノンやトヨタ自動車などの日本のトップ企業と同じように世界市場で最も優れた企業と競争するため、サムスン電子は効率的にならざるをえなかったのである。


企業や労働市場を変えることなく、創造的破壊を起こすことなく、単に資金を使うだけでは成長率を高めることはできない。日本の問題は、制度が硬直的であるため破壊が破滅的なものになってしまうことである。職を失った中堅ビジネスパーソンが同等の待遇の別の職を得ることは難しい。そのため、日本の労働者は現在の会社で現在の仕事を守ろうとする傾向が強い。


 これとは対照的に、本誌の08年1月の特集記事で記されているように、スウェーデンでは労働者が新しい仕事を得るための支援を受けている。同国の制度では、成長によって社会的セーフティネットのための資金を確保する一方、優れたセーフティネットによって人々は創造的破壊に耐え、歓迎さえしている。


 日本はセーフティネットなく創造的破壊をしようとした“小泉主義者”と、創造的破壊なしで旧態依然たるセーフティネットを維持しようとする“菅主義者”の間で身動きが取れなくなっている。


RichardKatz
『The Oriental Economist Report』編集長。ニューヨーク・タイムズ紙、フィナンシャル・タイムズ紙などにも寄稿する知日派ジャーナリスト。経済学修士(ニューヨーク大学)。