尖閣大騒動は失政の目くらまし  (日刊ゲンダイ2010/11/13)

今の失態を招いた菅政府の支離滅裂

─ビデオ流出の海上保安官は犯罪人か英雄かのレッテル張りより不況対策はどうなったのか

◆何もかもうまく行かない政権運営は小沢一郎を抹殺した結果ではないのか

海上保安庁のビデオ流出事件に、日本中が大騒ぎだ。新聞テレビはもちろん、国会もこの問題一色。

やれ流出経路がどうした、守秘義務がどうしたと朝から晩まで騒ぎたてている。ビデオを流出させた男性保安官(43)をめぐって「公務員法違反だ」「いや英雄だ」と日本を二分するような議論まで起きる始末だ。海上保安庁には、全国から「流出させた保安官は悪くない」といったメールが殺到している。
しかし、この問題、ここまで大騒ぎするような話なのか。

たしかに、騒ぎの発端になった中国漁船の船長を逮捕し、釈放した一件は、日本の姿勢が問われる大問題だったかもしれない。中国がレアアースの輸出をストップするなど、経済問題にまで発展した。
中国という厄介な国と、どう付き合っていけばいいのか、日本中が考えさせられた。国益に直結する問題だった。
しかし、ビデオ流出事件そのものに関しては、国益に直結するような問題じゃないだろう。「sengoku38」と名乗り、ネットカフェから「ユーチューブ」に投稿した保安官に洗いざらい供述させれば、いずれ真相は明らかになる。法に従って処理すればいいだけの話だ。

男性保安官のバックに政治的な意図を持った怪しい組織でもついていれば別だが、マスコミの取材に「逮捕となれば、仕事を失うことになる」と涙ながらに語ったそうだから、ここまで問題が大きくなると思わず、軽い気持ちで投稿したのだろう。「英雄だ」「重大犯罪だ」と騒ぐようなレベルじゃない。
3カ月後には、国民の関心も薄れ、話題にもならなくなっているのではないか。



◆失政から目を逸らさせる「情報操作」

このバカ騒ぎが菅内閣の失政から目を逸(そ)らさせる格好の目くらましになっていることだ。
怪しいのは、大新聞テレビだけでなく、政府までがビデオ流出事件に過剰に反応していること。
「徹底的な原因究明が先決」(菅首相)

「明らかに国家公務員法違反だ」(仙谷官房長官)
無能な菅内閣だけに、どこまで手の込んだことがやれるのか疑問だが、「一保安官の犯罪行為」を強調することで、国民の興味が流出事件の捜査に向けられているのは間違いない。
ひょっとして、これ「セント・オフ」という狡猾な情報操作なのではないか。初代内閣安全保障室長の佐々淳行氏によると、「セント・オフ」は、イギリスの狐狩りに由来する言葉だそうだ。猟犬と一緒に狐を追いかけるゲームのなかで、狐の匂いをつけた人形を持って囮(おとり)となり、誘導する人を「セント・オフ」と呼んだ。転じて「追跡をまく」という意味になったという。

映像を流出させた男性保安官が、国民の関心を失政から流出事件に誘導する囮になっているのは確かである。
「政権発足から5カ月もたったのに、菅内閣はなにひとつ実績を挙げられず、内政も外交も手詰まりになっていた。支持率アップの切り札だった“事業仕分け”も不発に終わった。このままでは『半年もたつのに実績ゼロじゃないか』と批判されるのは目に見えていました。そこで、首相周辺は国民の関心を逸らすために、小沢一郎を“生け贄(にえ)”にするつもりでした。除名勧告すれば、国民の視線が小沢問題に集中し、失政には及ばない。ところが、小沢一郎を生け贄にする前に、ビデオ流出事件が起きた。首相周辺は、この騒動を大きくして国民の関心をそっちに向ければ失政を隠せると考えているのでしょう」(民主党関係者)
なんとも、ふざけた話ではないか。



◆ビデオ流出よりも「国民生活」が大事だ

大新聞テレビは、海上保安官に「英雄だ」「犯罪人だ」とレッテル張りをしている場合じゃない。
そんなことより、いま大事なのは日本の景気ではないのか。だいたい、10月1日に召集したこの臨時国会は、景気対策のための補正予算を成立させるのが目的だったはずなのに、肝心の補正予算はどうなったのか。いまだに衆院さえ通過していないではないか。
ビデオを流出させた保安官が「英雄」だろうが、「犯罪人」だろうが、国民生活に大した影響はない。だが、菅内閣がどんな景気対策を打つのか、日本の景気がどうなるかは大問題だ。

「円高に直撃され、家電のエコポイントや自動車のエコ減税がなくなったことで、日本経済は年末から大不況に襲われる恐れがある。それだけに、大急ぎで景気対策を打つ必要がありました。ところが、10月1日に国会を開きながら、菅内閣が補正予算案を提出したのは、10月末。成立は早くて12月上旬、施行は来年1月です。これでは間に合わない。年末から年度末にかけて、会社が倒産したり、リストラされ路頭に迷う人が続出しかねません。しかも、政府税調は、景気を冷やす増税論議ばかりしている。なのに、大手メディアは尖閣問題にばかり熱心で、菅内閣の経済失政を取り上げようとしないのだから、どうかしています」(神奈川大名誉教授・清水嘉治氏=経済学)
菅内閣の失政は補正予算成立の遅れに限らない。日米、日中、日ロと外交はニッチもサッチもいかず、円高は打つ手なしだ。APECも議長国としての指導力をまるで発揮できない。
尖閣問題という目くらましがなかったら、こうした失政が、すべて問題にされていたはずだ。



◆信念がなく流行ばかり追っている

これ以上、菅内閣をつづけさせてはダメだ。政権スタートから5カ月が過ぎ、一国のトップとして限界なのは明らかだ。
「一番大きな問題は、総理としてやりたいことが何もないことです。頭にあるのは、どうすれば国民に受けるか、支持率が上がるかだけです。政治哲学がない菅さんは、総理になる前から、時流に乗ることばかり考えてきた。イタリアの『オリーブの木』が流行だと聞けば飛びつき、『ハケン村』が話題になれば顔を突っ込む。突然、貿易自由化を進める『TPP参加』を口にしはじめたのも、国際的なはやりだと飛びついたにすぎない。案の定、貿易自由化の信念があるわけじゃないから、党内の強い反対にあうと簡単に後退している。目についたモノを片っ端から食い散らかしているだけです。これでは菅内閣の政策が支離滅裂になるのは当たり前です」(ジャーナリスト・鈴木哲夫氏)

菅内閣が発足してから、民主党はなにをやっても、うまくいかなくなっている。参院選、補欠選挙と惨敗し、沖縄県知事選には候補者すら立てられない。とうとう内閣支持率は、危険水域の20%台に落ち込んでしまった。


やはり、民主党の大黒柱だった小沢一郎を抹殺したツケは大きかったのではないか。



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