[尖閣ビデオ流出事件]公務員の勝手を「愛国」と持ち上げる危険

(日刊ゲンダイ2010/11/18)

軍事ジャーナリスト・岡田俊次氏に聞いた

◆独断で暴走した関東軍は国を破壊した

尖閣映像を流出させた海上保安官(43)を英雄扱いする連中が増えている。石原慎太郎都知事は、「やった人間は愛国的」と評価し、安倍晋三元首相もメルマガで「海上保安官がんばれ!」とエールを送った。一部では、問題の保安官を支援しようという動きまである。
呆れたものだ。公務員の勝手な行動を「愛国」と持ち上げる行為が、どれだけ国を危うくするか、彼らは考えたこともないらしい。

軍事ジャーナリストの田岡俊次氏(写真)が言う。

「特に日常的に外国艦船と接する海上保安官は、欧州諸国の国境警備隊と似て、難しい綱渡りが要求される。日本の権利を守ると同時に隣国との協調も考えなければならない。個々の保安官や自衛官が自分の正義感や愛国心で勝手に判断して動けば、対外政策は支離滅裂になりかねない。政府の指示には徹底して従う必要があるし、報告は絶対に正確、客観的でなければならない。この原則が無視されるなら、国家の政治、行政が崩壊します」
日本には、最前線の部隊の勝手を許した苦い経験がある。1931年、関東軍は自ら南満州鉄道を爆破し、中国軍の仕業として独断で戦争を始めた。これに呼応して、朝鮮軍司令官・林銑十郎大将は参謀本部の制止を無視して部隊を満州に送った。「南次郎陸軍大臣と金谷範三陸軍参謀総長は『天皇の統帥権を侵した不祥事』と辞表を用意したが、国民は林銑十郎を“越境将軍”ともてはやした。その後、林は総理大臣も務めています。満州事変で勝手な行動を許したことから、日本は破滅に向かったのです。満州国の独立に反対した犬養毅が官邸で射殺された5・15事件のときも、襲撃犯の海軍中尉・三上卓らを“愛国者”と持ち上げる風潮が広がり、救援の募金運動まで盛り上がった。

いまの雰囲気は当時と似ています。海上保安官が流した映像は秘密とは言い難い。しかし、彼がネットに流したのは、馬淵大臣が情報管理の徹底を指示した10月18日より後。職務上の命令に従わなかったのは明らかで、厳しく処分すべきです。愛国者の自分勝手な行動は国家を破壊することを歴史が証明しています」(田岡俊次氏)


だいたい、保安官をヨイショする連中に限って「中国はけしからん」とわめき、「尖閣が日米安保の対象であることは米国も認めている」とか言っているが、チャンチャラおかしい。
「日本では、親米と親中が対立観念のように思われていますが、今日では親米と親中はイコールです。台湾の馬英九総統はハーバード大を出た親米派だから中台一体化を進め、米国に支持されている。台湾独立を目指した陳水扁前総統は米国に警戒され、批判され続けた。クリントン米国務長官が『早期解決を望む』との表現で日本に中国人船長の釈放を迫ったのも、中国の要請があったからでしょう。米国は、中国と日本の双方とうまくやりたいのです」(田岡俊次氏)

「愛国無罪」と騒いでいるのは、中国でも“バカ派”で、政府上層部は反日デモ抑制に必死だ。保安官を称賛する日本人は、中国の“愛国者”と同程度なのである。


◆日本の「嫌中」バカ騒ぎをまったく報じなくなった中国

この1週間、日本中を騒がせた海上保安官のビデオ流出事件。肝心の中国ではどう報じられたかというと、まったく無視だった。「ヘタに騒ぐと、日本の大マスコミや右派論客を喜ばせるだけということが分かっているのです」と、現地の日本人ジャーナリストが言う。
「中国では、9月7日の衝突事件当時から、漁船の船長は悪くない、日本の海上保安庁の巡視船の方からぶつかってきたと報じられています。テレビは、日本の巡視船がわざと蛇行するCGをこしらえて報じたから、中国国民はその映像を信じている。それだけに、わざわざ今回の保安官のビデオを流すようなヤブヘビはしないわけです。それにも増して、日本に関する報道はどんどんなくなっています。ニュースの大半は胡錦濤主席の欧州訪問やその歓待ぶりとか、英国訪中団の話題ばかり。G20のときも胡主席とオバマ、サルコジ大統領の歓談が中心で、日本の菅首相の顔は一度も映像で流れなかった。すべての面で日本を超えた意識が強い中国は、もう日本無視の態度です」
明けても暮れても中国にイキリ立つ日本のテレビとコメンテーターたちがアホに見えてくる。全方位外交でシタタカに儲ける中国の方がはるかに大人だ。



※日刊ゲンダイはケータイで月315円で読める。
この貴重な媒体を応援しよう!
http://gendai.net/