元財務官が語った「1ドル=100円でもおかしくない」  いよいよ「「政権崩壊相場」が始まった

通貨切り下げ競争はもう終わった


長谷川幸洋「ニュースの深層」
(現代ビジネス2010年11月19日) http://p.tl/SDql


円高トレンドに一服感が出てきた。18日午後現在で1ドル=83円台を前後しているが、相場は反転し、これから円安基調に動く可能性が高い。

 私がそう考える理由は二つある。

 一つは先の20ヵ国・地域(G20)首脳会合が終わる前後からジリジリと円安に反転し、今週半ばを過ぎても円高に戻っていない点だ。

 今回の円高が始まったのは、6月下旬の前回G20直後からだった。市場参加者にとって、G20はあきらかに相場観を点検する大きなイベントである。今回のG20では、米国の金融緩和にブラジルなど新興国から批判が集中した。

 その結果、市場では「米国はこれ以上の緩和に動きにくい」という見方が強まった。米国の金融緩和は日米の金利差縮小から円高を促す。緩和見送りなら、その流れが止まる。つまり円安である。

 二つ目は日本経済の将来に対する悲観的な見方が急速に強まっている。金融市場関係者が語った。

「最近、海外のファンド勢などから『円安はいつから始まるだろうか?』という問い合わせが集中していました。彼らは『円安に振れるのは間違いない。あとはタイミングだけ』という見方です。さらに円高が続くとみる人はほとんどいません」

「これまで円を買ってきた海外のヘッジファンドは11月に決算期を迎える。ここで円を売って利益を確定する『巻き戻し』も起きている」

「根底にあるのは、日本経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)に対する悲観論です。主要な製造業はほとんど海外展開した。製造拠点だけでなく研究開発拠点を海外に移す動きも続いている。つまり日本企業自身が日本を見放して、脱出している」

「それでも世界の水準からみると、日本企業の出遅れ感はどうしようもない。海外勢からみると当分、日本経済の先行きは暗い。だから『円は買えない』というロジックです」

 霞が関のベテラン官僚も語る。

「経済界からみると、政府が企業を支援してくれない。それどころか、企業いじめがひどい、という不満が鬱積している。これ以上、日本にとどまっていても、将来に希望が見えない。海外展開できる大手製造業はまだまし。だけど、サービス業や中小企業はどうしたらいいのか、という強い不安感に覆われている」

海外ファンドも日本企業も「日本経済の将来は暗い」と一致しているのだ。これでは「円を買おう」という気分にならないのは当然だろう。

 上に紹介した二人のコメントは、私がもっとも信頼する「その道のプロ」だが、匿名のコメントだけでは信ぴょう性に欠けると思われるかもしれない。そこで、本人の了解を得たうえで、元財務官である渡辺博史国際協力銀行経営責任者のコメントも紹介しよう。

 私の質問に対して渡辺は18日、こう語った。

「通貨安競争はもう終わった。市場は各国のファンダメンタルズを評価するようになった。潮目が変わったのです。私は米国や欧州の経済がきちんとしてくれば、1ドル=100円までいってもおかしくないと思います」

 先の金融市場関係者と同じく、渡辺も日本経済の実力をみれば「これからは円安だ」とみているのだ。

 経済を支える民間部門で日本脱出の動きが加速しているのに加えて、マクロ経済に目を向ければ、デフレは止まらず、財政も巨額赤字を抱えている。なにより、菅直人政権がまったく頼りにならない。

 菅は先の民主党代表選で「雇用から成長へ」というスローガンを掲げたように、そもそも基本認識からしてズレている。言うまでもなく「成長から雇用へ」が本筋である。

 ところが、目玉の法人税引き下げ一つとっても、霞が関の内部対立が険しく議論が進まない。引き下げを目指す経済産業省と阻止したい財務省のバトルだ。

 少子高齢化が進む中、中長期の成長を目指すには女性の働き手を増やす方策が不可欠なのに、文部科学省と厚生労働省が対立して幼稚園と保育園の一体化さえ進まない。霞が関の縄張り争いが日本経済の足を引っ張っているのである。

 政権内の混乱は収まるどころか、ますますひどくなっている。

 中国漁船の船長釈放、「尖閣ビデオ」を流した海上保安官の逮捕見送りに続いて、柳田稔法相の国会軽視発言が露呈し、野党は法相の不信任案(衆院)と問責決議案(参院)提出を検討している。こんなありさまでは、政権の求心力が低下し、内閣支持率が急落するのも当然だ。


■小沢・岡田「2分間の密談」の意味

 政権はあきらかに危険水域に突入している。

 そんな矢先、小沢一郎元幹事長と岡田克也幹事長が衆院本会議場でひそひそと2分間の密談を交わしている姿が一斉に写真で報じられた。これは注目に価する。

 小沢や岡田のような大物政治家が大勢のカメラマンが望遠レンズを向けているのを承知のうえで、堂々と(!)密談するのは「どうぞ写真にとってください」という2人のメッセージと受け止めるべきだ。

 何を話したかの問題ではない。「写真にとらせた」という事実自体が重要な意味を持っている。「小沢と岡田が歩調をそろえ始めた」という話である。

私は10月29日付けのコラム(「TPP、企業献金で大揺れ 菅政権「最大の脅威」は仙谷官房長官の野心」)で、小沢と岡田が手を組む可能性に触れた。今回のツーショットをみると、いよいよ2人が呼吸を合わせ、表立って動き始めた感じがする。

 小沢は側近議員らを使って「TPP(環太平洋連携協定)を慎重に考える会」「食料とエネルギーの自給率向上と成長産業としての環境政策を推進する議連」の設立にも動いている。

 菅の求心力が衰え、漁船衝突など一連の事件処理をめぐって仙谷由人官房長官にも批判の矛先が向かう中、小沢がどう動くか。

 円安は「政権崩壊相場」の始まりのような予感がする。