再び軍事衝突も? 断固たる決意で望んだオバマ大統領と危機感なき菅直人首相
砲撃戦後の主導権を握った米国の戦略を読み解く

長谷川幸洋「ニュースの深層」
(現代ビジネス 2010年11月26日) http://p.tl/3vgY


 事態はなお進行中だが、これまでの動きを見る限り、28日からの米韓合同軍事演習中に、再び軍事衝突が起きる可能性も十分にあるとみるべきだ。米国は今回、相当な覚悟を決めて北朝鮮に臨んでいるとみられるからだ。

 米国の対応を中心に、時系列を振り返ってみよう(各種報道による)。

 北朝鮮が韓国の延坪島に砲撃を開始したのは23日14時34分(日本時間、以下同じ)ごろからだった。視察先のインディアナ州で就寝中だったオバマ大統領に国家安全保障担当の大統領補佐官から電話で一報が知らされたのは、同17時55分(現地時間03時55分)だ。

 大統領はその後、ホワイトハウスに戻って緊急会議を開く。すると、翌24日07時30分ごろには、早くも米原子力空母、ジョージ・ワシントンが横須賀港を出港した。

 艦長は出航前に「(沖縄周辺海域で)予定されていた海上自衛隊との演習のため」と説明している。砲撃事件との関連が当然、予想されたが、事件との関係は「コメントできない」と語った。この段階で米韓合同軍事演習の話は少なくとも公式には表に出ていない。

 空母が出港した後でオバマ大統領は韓国の李明博大統領と電話会談し、28日から12月1日まで黄海で米韓合同軍事演習を実施することで合意する。同日午前、在韓米軍司令部と韓国軍合同参謀本部が演習実施を発表し、ジョージ・ワシントンも参加すると明らかにした。

 電話会談の開催は米国側からの提案だった。


■即決したオバマ大統領

 表に出た経過を見る限り、米国が先に空母を出航させ、その後に李大統領に電話して軍事演習が正式に決まった点が重要だ。それだけ米国側の意思が固かった証拠である。

 空母出航には相応の準備が必要であることを考えれば、オバマ大統領はほとんど半日のうちに即決、指示した格好である。

 ジョージ・ワシントンが参加した米韓合同軍事演習は韓国哨戒艦撃沈事件後の7月にも実施された。ところが、このときは中国が自国領土に近い黄海への米空母立ち入りに強く反発し、米韓は結局、日本海での演習にとどめた経緯がある。

 当然、米国は今回も黄海での演習実施に中国が反発するのを予想していたはずだが、そんなことはおかまいなく、米韓協議だけで演習実施を決めている。その後、黄海での演習実施を「中国に通告した」と発表した。中国に事前了解を求めた形跡はない。ここにも断固たる米国の意思がうかがえる。


 25日になって、米国務省のクローリー次官補が「中国と近く高官協議する予定」と発表した。次官補はわざわざ「北朝鮮を根本的に違う方向に導くために、中国が鍵になる」と語っている。

 中国の事前了解なしに演習実施をしっかり既成事実化したかと思えば、中国側の反応が鈍いとみてとると、すかさず米中高官協議をもちかけ「中国が鍵」ともちあげる。さすが米国というか、にくいほどの素早さ、事の運び具合である。

 一連の動きをみれば、砲撃事件の後で主導権を握っているのは、北朝鮮でも中国でもない。あきらかに米国である。米国はなにを狙っているのか。


■トンキンワン事件とプエブロ号事件

 私は空母出航のニュース映像を見ながら、40年以上も前に起きた二つの歴史的事件を思い出した。トンキン湾事件とプエブロ号事件である。

 1964年8月に当時の北ベトナム沖で二度にわたって起きたトンキン湾事件は、北ベトナムの魚雷艇が米国の駆逐艦、マードックを攻撃した事件だ。

 後にニューヨークタイムズのニール・シーハン記者による「ペンタゴン・ペーパーズ報道」によって、二度目の事件はベトナム戦争への介入を狙った米国側のでっち上げと分かったが、米国がベトナム戦争に本格介入するきっかけになった。

 もう一つのプエブロ号事件は1968年1月、北朝鮮沖で米国の情報収集艦、プエブロ号が北朝鮮の警備艇から攻撃され、艦と乗員が拿捕された事件である。米国は空母艦隊を日本海に展開させて、あわや一触即発の事態になったが、外交協議を重ねて11ヵ月後に乗員が釈放された。

 プエブロ号事件が起きたのは、北朝鮮が当時の朴正煕韓国大統領暗殺を狙って起こした青瓦台襲撃未遂事件のわずか2日後だった。

 緊張した局面で米国の海軍艦艇が出動したときには、大きな事件に発展した実例があるのだ。

 ちなみに二つの事件が起きたとき、私は高校生であり新聞記者にもなっていない。事件の意味合いを知ったのは、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院への留学中に読んだ、いくつかの現代史の教科書からだ。

 今回も砲撃事件で緊張が頂点に達している海域で米韓の艦艇が軍事演習するとなると、なにが起きてもおかしくない。

 アフガニスタンで苦しい戦闘を続けている米国が、トンキン湾事件のような「でっち上げ攻撃」をねつ造して、北朝鮮を攻撃するとは考えられない。だが、北朝鮮が挑発すれば、米韓がそれを口実に断固として反撃する可能性は十分にある。

 なにより、米国が断固たる決意を秘めている気配が一連の経過から濃厚なのだ。

オバマ大統領の立場になって考えてみれば、分かる。「大統領が激怒している」という報道もあったが、それよりなにより、中国はもとより当事者である韓国の同意を取り付ける前に、空母を出航させた事実が雄弁に物語っている。

 いざというとき、アメリカという国は他国のだれかに相談することなく、自分できっちり判断する大統領を戴いた国なのだ。


■菅首相が出したのんきなコメント

 それにひきかえ、わが日本の菅直人政権の及び腰はどうしたものか。

 菅は砲撃当日、一報を聞いた後、17時12分に「情報収集を指示した」とのんきなコメントを口にしたかと思えば、さすがにまずいと思ったのか、21時48分になって仙谷由人官房長官がようやく北朝鮮非難の声明を出した遅まきぶりだ。

 菅のリーダーシップはまったく見えない。

 岡崎トミ子国家公安委員長にいたっては、事件を知りながら警察庁に登庁さえしていなかった。アジアの危機は、政権空洞化によって日本で一段と増幅している。

 (文中敬称略)