【日本の議論】「本が売れない」 出版不況で危機に立つ出版社 WEBに活路はあるか
(産経新聞2010.12.19 07:00) http://p.tl/pmur


出版不況の中で電子書籍が普及元年を迎え、危機に立たされた出版社がデジタルメディアとの共存を模索している。講談社は今年4月、100%出資の子会社「星海社」を設立。WEBと紙の書籍、イベントを組み合わせた「新しい出版事業」の確立を目指し、試行錯誤を重ねている。(長谷川陽子)


■コピー&ペーストも自由

 「よく電子書籍の会社だと思われがちなんですが、そうではないんです。もちろんいずれは参入しようと考えていますが」

 星海社の杉原幹之助社長(40)はそう語る。

 星海社が事業のメーンに据えるのは、独自のウェブサイト「最前線」。まずこのサイトで、新作の小説や漫画を無料で公開する。作品のコピー&ペーストも自由で、気に入った小説のフレーズを、ツイッターの画面に張り付けることもできる。

 その後、読者のニーズにいちばん合った作品の形態を検討し、本や映像などで作品を販売する。最終的には、紙の書籍とも電子書籍とも違う、WEBならではの「新商品」を作っていこうという試みだ。

 杉原社長は「ウェブファースト、ペーパーレイター(ウェブが先、紙が後)という考え方。音楽に例えると、『最前線』は歌手の新曲発表ライブで、紙の本がCDというイメージです」と話す。

 無料で読めるが、作家に原稿料は支払っているため、「今は100%持ち出しの状態」(杉原社長)。 ジャンルは小説や漫画が中心だが、いずれはノンフィクションなどに広げていくという。当面は紙の書籍の刊行で利益を出し、将来的には紙以外からの利益と半々を目指す。「5年後には、出版業界でスタンダードといわれるような仕組みにしたい」と意気込む。


■社内起業の承認まで10カ月

 会社設立のきっかけは、現場発の危機感だった。

 杉原社長は、講談社の販売部門出身。副社長の太田克史氏は、同社で文芸誌「ファウスト」を創刊するなど、アイデアマンの編集者として知られた。 

 2人は書籍レーベル「講談社ボックス」の創刊にも携わるなど、親しい間柄。お互いが、「今まで通りのやり方では、やがて立ちゆかなくなる」という思いを共有していた。

 「本の注文自体が減ってきていたし、書店の定点観測をしていると、明らかに本屋に来る人が減っていることを実感した」

 「出版の未来はWEBの中にある」と確信した2人は、昨年4月に新会社設立を会社に提案。講談社で社内起業の前例はなく、役員会で承認されるまで10カ月かかった。

 社内の一部署としてではなく、別会社というスタイルを選んだのは「ネットの世界は、明日どうなるのか予測がつかない。変化に即応するには、小回りのきく組織でいることが大事」という考えからだ。

 現在、社員は約10人。「間違ったと思ったらすぐにやり直せる、やりたいと思ったことはすぐにできる環境がなければいけない。そのためには、これぐらいの規模がベスト」だという。

 

■“旧大陸”と“新大陸”を行ったり来たり…

 デジタルメディアが紙の書籍を衰退させるのではないか。

 出版界が抱える二律背反について、杉原社長は「紙がなくなるとは全く思いません。本にはマテリアルとしての魅力がありますから」と明確に否定した上で、「ウェブで読むもの、紙がいいものと役割分担を果たしていけるのではないか」と分析する。

電子書籍についても「例えば電子ピアノを買うか、普通のピアノを買うか迷う人はいませんよね。2つは同じ楽器でも、全く違う性質のものだからです。本と電子書籍の関係もそうで、電子書籍を紙に近づけようという発想も無理がある」と指摘。全く異なるものであるからこそ、お互いを「食い合う」ような事態にはならないという見方だ。 杉原社長は「将来的には電子書籍にも参戦したいですね。“旧大陸(紙での出版)”と“新大陸(ウェブ)”を行ったり来たりできる小舟のような存在でありたい」と話す。

 

■求められる編集者像にも変化

 「キンドル」のような電子書籍専用端末やiPadの発売など、出版界を取り巻く環境は急速に変わりつつある。そのスピードは杉原社長にして、「3年前はこんなことになっているなんて想像もしなかった」というほどのものだ。

 だが杉原社長は「ウェブや電子書籍というのは、あくまで舞台やツールの変化にすぎない。出版社の勝ち負けを決めるのは、人。つまりは編集者です」と強調する。

 さらに、「昔の編集者は紙の本をうまく作れればよかった。これからはそれだけではだめでしょう」と話し、求められる編集者像が変わってきていることも指摘する。

 「作品をより魅力的にするために、また、作家により多くの読者をつけるために、どのメディアを利用すればいいのかを考えなければならない」

 紙の書籍がいいのか、それとも電子書籍がいいのか、はたまた両方なのか。そうした「才能とメディアを結びつけるセンス」を持った編集者が、今後は必要とされるのだという。さらに、出版社がWEBに強くなることで、「作家により多くの武器を持たせられ、多くの選択肢を与えられるようになる」とも強調する。

来年1月からは、本格的に紙の書籍の刊行をスタートし、まずは「星海社文庫」を発売する。

 今後も年間20~30冊ペースで発刊していきたいというが、親会社の講談社からは「損益に関して一定額の枠を超えたら撤退」というシビアなハードルも設けられている。

 「3年後には、他社がまねをするような存在になっていたい」と目標を語る杉原社長。この挑戦がビジネスモデルとして成功するのかどうか。出版界の注目が集まっている。