大ドンデン返し!名古屋市議会リコール逆転成立が残した重大な教訓

相川俊英の地方自治“腰砕け”通信記
(DIAMOND online 2010年12月21日) http://p.tl/HaKg

まるで筋書きのない大河ドラマを見ているようだ。名古屋市で展開中の「庶民革命」のことだ。

 市選挙管理委員会(選管)の厳格化された再審査で11万人分を超す署名が「無効」とされ、不成立に終わったとみられた市議会解散の直接請求(リコール)が、大逆転を果たした。大量の異議申し出(約3万2000人分)に対する再審査で、「無効」から「有効」に転じる署名が相次ぎ、1万5217人分にのぼった。これにより、確定有効署名数は36万9008人分に達し、解散の是非を問う住民投票の実施に必要な法定数を上回ることになった。土壇場での逆転成立である。リコールを求める市民の執念が、立ちはだかる厚い壁に穴をあけたといえる。

 署名集めを展開した「ネットワーク河村市長」は12月17日、市選管にリコールの本請求を行った。また、河村たかし市長も20日に辞職願を市議会議長に提出し、来年2月6日に出直し市長選と市議会解散の是非を問う住民投票、それに愛知県知事選のトリプル投票となることがほぼ固まった。

 名古屋の「庶民革命」は、09年4月に河村市長が登場して始まった。当初は市民税減税と地域委員会創設、そして議会改革(議員報酬の半減など)をめぐる市長と議会のバトルだった。議場での台本なし打ち合わせなしの白熱したやり取りに、多くの市民が目を奪われた。これまで見たこともない新鮮な姿だったからだ。互いに譲らぬ激しい攻防が繰り広げられ、市民は市政への関心を膨らませていった。事態がどう展開するか予測もつかず、引き込まれていったのである。

 そうした過程で、これまで知らされずにいたことや見えていなかったことが明らかになってきた。じっと黙って眺めているだけでは気がすまない――。自らも舞台に上がりたいと思う市民が現われ、市長と議会のバトルに割って入るようになった。

 もともと市民は市政の観客ではなく、一人ひとりが主役のはず。やきもき、うずうずしていた市民の心にリコールの署名運動が火をつけた。こうして「名古屋の奇跡」と評された46万5千余りもの署名が集まった。確かに市長の音頭で始まった議会リコール運動だが、実際に大汗をかき、時間を費やして署名を集めて回ったのは、名古屋の市民たちである。それも、誰かに強要された訳でもなく、報酬目当てで行ったものでもない。それどころか、ほとんどの人が法定数をクリアすることは無理と予測した「無謀な試み」だった。

それだけに、選管に提出(10月4日)された46万5千という署名数は衝撃的だった。市議会関係者は皆、呆然自失となった。法定数を大幅に上回る数値で、リコールは必至と青ざめた。常識ではありえないことが起きたと仰天した。署名の審査を行う市の選管委員も同様だったが、彼らは署名簿に疑いの目を向けた(4人の選管委員のうち、3人が市議OB)。選管会議の議事録を検証すると、再審査に至る経緯が明らかになる。

 10月8日に開かれた選管会議で、伊藤年一選管委員長(元公明党市議)がこう指摘した。「請求代表者(10人)が集めたことになっている受任者欄が空白のものが3分の1もあった。受任者が集めたものであれば、これらは本来、無効になる」

 直接請求の署名には細かな規定が設けられており、住所氏名だけでなく生年月日や捺印まで必要とする。また、署名集めは直接請求の代表者とその代表者から委託された受任者に限定され、受任者が集めたものは受任者欄に名前を記さねばならない。委員長が疑問視したのは、請求代表者が集めたとされる約11万4800人分の署名についてだ。選管事務局は「提出された署名簿だけをみれば、形式的には無効となるものではありません」と回答したが、委員長は納得しなかった。

 10月19日の会議で、この問題が再度俎上にあげられた。委員長は「最終的には11万4千の署名を1人1人確認せざるをえないと思う。そうしなければ、正確な審査の結果を公表できない。1人の代表請求人が1万1千人分の署名を集めることができるのか疑義が残る」と、再審査を主張した。委員長はまた「市民の民意を正しく反映させなければならないという責任がある。真意で無い署名が数多くあるように思う」とまで言った。

 こうした委員長に対し、山田将文委員長代理(非市議OB)から「請求代表者から求められて署名をしたかといった趣旨の質問をすることになると思うが、普通は誰が受任者で誰が代表者であるか知らないのではないか」といった異論が出された。また、事務局からも「1万4千件に問い合わせすることは、市民の反感を招くような気がしてなりません。市民を信用していないのかという声があります」と、再審査を疑問視する意見が出されたが、却下された。

こうして11万4千余りの署名を1人1人確認することが決定した、審査期間は1カ月延長となった。署名簿に記された住所に質問書を郵送し、1人1人に確認する策に出た。

 署名集めを行った「ネットワーク河村市長」は猛反発した。請求代表者が行った街頭署名の常設コーナー(複数)の中で、1カ所で2万6千人分を集めた事例をあげ、11万4千余りは「代表請求人が集めたもので、不思議な数字ではない」と反論した。

選管の調査票は「誰から署名を求められたか」を問うものだ。回答が「代表請求者」ならば有効で、「受任者」との答えは無効にされた。また「わからない」との回答は有効に。    

 しかし、署名した市民にこうした質問をすること自体、酷なことだ。署名した相手が代表請求者か受任者かなど関心ないからだ。わからないというのが、実態だろう。それでも回答しないといけないと律儀に考え、よくわからぬまま「受任者」に丸をつけ、返信した人も少なくないはずだ。設問がいわば「引っかけ問題」になっていたからだ。普通の感覚では「わからない」と正直に答えたら、無効にされてしまうと思うはずだ。約2万2千人分の署名が「受任者」と回答したことで、再審査で無効とされた。

 異議申し出により「無効」から「有効」と判断された署名が相次ぎ、逆転成立となったが、選管委員の判断に問題があったと言わざるを得ない。また、住民による直接請求制度そのものにも綻びがある。恣意的な署名審査がされぬように、きちんと審査基準を明文化しておくべきではないか。