日本にとって正念場の1年が始まった (日刊ゲンダイ2011/1/4)


◆解散総選挙、朝鮮有事不況、また「失われた経済」が続くこれからにいよいよ乱世に生きる知恵が必要になってくる

2011年は国と国民にとって、正念場の年になりそうだ。政権が壊れ、誰も経験したことのないような不況が鮮明になり、国際的緊張が高まり、戦争前夜のような様相になっていく。これらは予測ではない。確実に起こることだ。国民は“覚悟”が必要なのである。

まずは政治。永田町では「菅政権が持つ」と思っている関係者は皆無だ。政治評論家の浅川博忠氏が言う。
「新聞はケース(1)、(2)という具合に、小沢切りや仙谷官房長官の交代をシミュレーションしていましたが、どんな展開になっても菅政権は持ちません。小沢氏を切れば、党内の半分を敵に回すし、仙谷氏を切れば、内閣が立ち行かない。しかし、両方ともやらなければ、野党は国会審議に応じない。菅政権は八方塞がりなのです。しかも、現時点で首相の求心力はほとんどなく、たとえ、小沢氏や仙谷氏を切ったところで、政権浮揚にはつながらない。だから、国会審議の障害を取り除いたところで、野党が協力するわけがない。大連立なんて、夢物語です。衆参のねじれは解消せず、予算の関連法案は通らない。内閣支持率はどんどん下がり、早晩、行き詰まる運命です。おそらく、予算案や関連法案を通してもらう代わりに、話し合い解散になると思います。もちろん不人気の菅首相では選挙を戦えないから、予算が通れば、首相は即交代です」

これが5月の連休前後とみられている。ボンクラ首相の交代は大歓迎だが、その頃、日本経済はどうなっているのか。


◆400年に一度の構造不況が本格化
青山学院大教授の榊原英資氏は著書「世界同時不況がすでに始まっている」でこう書いている。
〈おそらく、2011年からは、日本の景気後退がハッキリし、いよいよ世界同時不況に本格的に飲み込まれることになると思います〉

去年までのは“ジャブ”で、今年から、地獄が本格化するということだ。
榊原英資氏は「世界経済は今、400年ぶりの大変動の中にいる」と言う。今回の世界同時不況は、従来型の循環型不況ではない。先進国経済の成熟化、少子化、グローバル化、IT化がもたらした構造不況で、だから、簡単には戻らない。
これまで景気を引っ張ってきた自動車や家電業界は構造不況業種になり、そこにリーマン・ショックによるバランスシート不況が追い打ちをかけた。
先進国は巨額の公的資金を投入して、危機にフタをしているが、これは一時しのぎだ。ギリシャ、アイルランドのような財政破綻の連鎖もよぎる。榊原英資氏は「1ドル=60円台になることもあり得る」と言うし、「10年単位のスケールで続く戦後最悪の大不況になる」と書くのである。
こうなると、庶民はたまったもんじゃないが、そこに戦争の恐怖が重なる。朝鮮有事が現実になりつつあるのである。

「本当に深刻です。韓国は哨戒艦が沈められ、大延坪島に砲撃を受けた。経済界出身の李明博大統領には、弱腰の批判が出ている。2012年に大統領選を控える李明博にしてみれば、北朝鮮に対して、強気の姿勢を見せる必要があり、今月も派手な軍事演習を行います。一方、北朝鮮も金正恩・党中央軍事委員会副委員長への権力継承の最中ですから、北朝鮮が主張する領海内での軍事演習を黙って見過ごすわけにはいかない。北朝鮮が何らかの行動を起こす可能性が非常に高く、そうなれば、韓国は大統領の威信をかけてF15を発進させる。北はミグ29や地対空ミサイルで応戦し、全面戦争になってしまうのです」(コリアレポート編集長・辺真一氏)
いまや、中国も北朝鮮を制御できないとサジを投げ、米国は韓国の暴発を必死で抑え込んでいる状況だ。戦争は権力者のメンツや国民感情の高まりで、偶発的に発火してしまう。朝鮮半島が火の海になれば、日本も準戦時体制。政治、経済がガタガタなのに、未曽有の大混乱になるのだ。


◆乱世には乱世を生き抜く「処世術」がある
こうした乱世に庶民はどう生きればいいのか。恐らく、戦後世代は初めて経験する大混乱に右往左往するだろうが、乱世には乱世の「処世術」のようなものもある。参考にしたいのは、戦後の混乱期をしぶとく生き残り、のし上がってきた先人たちの生きざまだ。

ダイエーの創始者・中内は三宮駅から神戸駅まで約2キロ続いた闇市で儲けた。父親が細々とやっていた「サカエ薬局」をベースに闇の薬屋稼業を始めたのである。当時、砂糖が乏しかったので、医薬品のフェナセチンを調合しズルチンやサッカリンなどの甘味料をつくって闇に流した。ノンフィクション作家・佐野眞一氏の「畸人巡礼怪人礼讃」という本には当時の中内のパートナーの生々しい話が出てくる。
「あんまり百円札が多すぎてよう数え切れんのです。百円札を一枚一枚数えているうちに、指の脂がとられてしまうんです。そこで、中内君が家から薬剤を調合する精密バカリを持ってきて、それに札束を乗っけて一日の売り上げを計算したものです。金庫なんてものはありませんでしたから石炭箱を下において、量った札束をポンポン投げ込む。それを足で思いっきり踏んづけてましてね」
その後、中内は大阪の千林駅前に主婦の店「ダイエー薬局」を開く。食料品に進出するのは、この後のことである。


◆金の匂いをかぎ分けた横井英樹の嗅覚
ジャーナリストの溝口敦氏の「昭和梟雄録」には横井英樹が出てくる。横井は戦後、GHQの出入り商人になり、進駐軍に衣料品を売って、一財産を築いた。その後、白木屋の乗っ取り、東洋精糖の株買い占め、ホテルニュージャパンの買収。火災発生、業務上過失致死で有罪判決という波乱の人生を歩んだが、この男もすさまじい。
「乗っ取りという虚業だけでなく、ボウリング場やホテル、パチンコホールという実業も手がけていた。時代が何を欲しているか、何が儲かるか。このへんの嗅覚がすごいのです。そのうえ、行動力があり、ダメだと思うと撤退も早い。横井という男は、肉食系で何でも食う感じだった。とにかく、貪欲。しかし、一匹狼で群れない。乱世にはこういうタイプが強い」(溝口敦氏)
横井は高等小学校しか出ていない。中内も専門学校出である。しかも、中内はフィリピンの戦場で飢餓地獄を見た。だから、強い。がめつい。へこたれない。
彼らの生きざまはやっぱり、参考になるのではないか。

一流大学を出て、大企業に勤めたところで、明日には潰れるかもしれない昨今だ。400年に一度の構造改革なのである。既成の価値観にはとらわれない野性児のようなバイタリティー。これが必要不可欠なのである。
闇の紳士から一流経営者まで幅広く取材しているジャーナリストの有森隆氏はこう言った。
「戦後の復興期から裸一貫のし上がってきた経営者は、いくつかのタイプに分けられます。戦場で不屈の精神を身に付けたのは中内氏だけでなく、ワコールの創業者・塚本幸一氏もそう。インパール作戦から生還し、“生きているんやない、生かされているんや”をモットーにした。ライフコーポレーションの清水信次氏は19歳のとき、焼け野原だった大阪の闇市で食品を売ったのがスタートです。進駐軍との関係をビジネスにしたのは、横井氏の他にマクドナルドの藤田田氏やロイヤルHDの創始者・江頭匡一氏がいる。藤田氏は米兵の通訳から輸入雑貨商店を始めたし、江頭氏は大学を中退し、米軍基地で物販をやっていた。昭和の怪物と呼ばれる小佐野賢治氏は政治家を利用し、のし上がった。自動車部品会社を設立し、軍需省からの受注に成功。その後、東急の五島慶太氏の知遇を得てホテル業に進出しますが、金と力を持っている人を敏感にかぎ分け、近づいた。田中角栄もそのひとりです」

彼らに共通するのは独自の嗅覚、ビジネスチャンスをつかんだ時の行動力、清濁併せのむ覚悟、迫力……などだろうが、再び、戦争があるかもしれない2011年も、こうした気概が必要になる。
いずれにしても、既存の企業にビジネスチャンスは期待できない。日本は焼け野原であることを自覚し、死に物狂いで新しいことにチャレンジするしかないのである。




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