市民運動家だった頃の政治理念はどこへ
同志の不信を買う菅首相はいつまで政権維持できるか

田中秀征
(DIAMOND online 2011年1月6日) http://p.tl/zl2l


日本の政治と経済に確かな展望が開けないまま、新しい年が明けた。

 菅直人首相は4日記者会見をして、小沢切り、消費税増税、TPP参加について、居直りとも言える強い姿勢を打ち出した。政権維持のためには強行突破しかないと思い詰めたのだろう。まるで赤信号に変わる中を全速力で駆け抜けようとしているようだ。

 またもや失敗に終わり、政治が一段と混迷を深めるのが目に見えている。菅首相本人だけでなく、「民主党政権」への信頼も地に堕ちるだろう。


■民主党政権誕生から早くも1年半「政権交代」は無駄だった?

 早いもので、政権交代以来、一年半近くを経たが、この間を時間の浪費だと感じる人は多い。

 しかし、少なくとも「民主党政権」や「政権交代」、さらには「二大政党制」などに対する甘い幻想が消えただけでも無駄ではなかったかも知れない。

 菅政権は、これから必死になって政権維持を図ろうとしても容易ではないだろう。したがって、今年は衆議院の解散・総選挙が避けられないと思われる。むしろそれは、大きな政治転換のための絶好の機会となるだろう。

 菅政権はなぜ支持率の低下に歯止めをかけることができないのか。

 端的に言って、その背景には首相本人の資質、能力、性格に対する根強い不信感があるからだと言える。


■“4つの敵”になりふり構わず近づく菅首相の重大な変節

 さて、首相になる前の菅首相には、4つの敵、もしくは4つの縁遠いものがあった。

 それは(1)自民党、(2)財界、(3)官僚組織、(4)米国である。これらに距離を置く彼の姿勢は、「革新無所属」を名乗っていたり、社民連に在籍していた頃は今よりはるかに鮮明であった。

 ところが、政権交代後、彼にはこの4つに対してなりふり構わず接近している。

 もしも、自民党が大連立を申し入れれば、彼は直ちにそれに飛びつくだろう。その条件は「菅首相の続投」だけである。

経済界、特に大企業は、市民運動家の彼にとってはっきりとした批判の対象であった。しかし、彼はTPP参加問題を通じて財界を味方につけようとしているように見える。

 官僚組織については言わずもがなであろう。あれだけ激しく敵対しながら、今ではその意向に全面的に従っている印象を受ける。

 米国に対しては、私の知る限り今まで彼がことさら反米的言動をとった例を記憶していない。しかし、PKO協力法に猛反対したことなど、個別の外交課題への対応をふり返ると、少なくとも親米とは言えなかったし、今現在の日米同盟の強化論は過去の彼からはとても考えられない。


■菅首相の現在の姿に最も不信感を抱いているのは誰か

 私は菅首相を見ていると、第二次大戦直前のフランスのダラディエ首相を思い出す。ミュンヘン会談でヒトラーと妥協して大戦に道を開いた人だ。

 ダラディエは、左翼政党から登場し、大臣、首相となるにつれて右旋回を続けた。そしてついには労働運動を弾圧したり、国民に向かって発砲するに至った。

 しかし、ダラディエは、最終的には左翼はもちろん保守勢力からも信頼されなくなったのである。保守勢力からすれば、かつての同志であった労働者に銃を向けるのであれば、いつかは自分たちに銃を向けるのではないかと疑うのも当然だ。

 菅首相の現在の姿勢に最も深い不信感を持っているのは、彼の「革新無所属」当時の同志や選挙区の昔からの支持者たちではないか。「政治は最高の道義」と言われるが、それは自己の政治理念を貫き、同志や支持者の信頼に応えることによって実践されるもの。

 報道によると、菅首相は「なぜ支持率が落ちるのか判らない」と言っているらしい。まずは、その原因を理解することが必要だ。