前原・クリントン会談をテコに菅首相が狙う「日米共同マグレブ構想」最後は首脳会談を切り札に

歳川隆雄「ニュースの深層」
(現代ビジネス2011年01月08日)http://p.tl/xBFE
いまこの原稿をニューヨークで書いている。日中の最高気温は5度前後だが、夜になると氷点下近くまで下がる。そのうえ冷たい風が容赦なく吹き、思わずオーバーコートの襟を立て、厚手のマフラーを締めなおすほどだ。

 前原誠司外相は1月6日昼前にワシントン入りし、直ちに国務省を訪れ、ヒラリー・クリントン国務長官と昼食をはさんで約1時間半会談した。

 オバマ米政権が前原外相訪米を注目していたのは、沖縄県・普天間基地移設問題に関して、米側が4月末に予定される菅直人首相の訪米前に、昨年5月の日米合意の確認よりも一歩具体的に踏み出すことを強く望んでいるからだ。

 そのためには、今月中旬に日本、韓国、中国を歴訪するロバート・ゲーツ国防長官の在任中に2プラス2(日米外務・防衛担当閣僚委員会)をできるだけ早期に開催したいとする。オバマ政権内では国防総省(ペンタゴン)に代って国務省が前面に出て交渉する体制に変わっている。

 オバマ政権内でのクリントン国務長官の存在感が大きくなってきているだけに、今回の前原外相訪米の持つ意味は大きい。一時期、本コラムでも紹介したように、クリントン辞任説がワシントンの政界雀の間で取り沙汰された。ところが、情勢は一変した。

 クリントン国務長官の続投は間違いないうえ夏までにゲーツ国防長官は退任、次期長官にリチャード・ダンジグ元海軍長官かジョン・ハムレ戦略国際問題研究所(CSIS)所長のいずれかが指名される可能性が高いが、どちらが後任になってもオバマ政権の安全保障政策についてもクリントン国務長官の発言力が強まることは間違いない。

 それだけにヒラリー・クリントン氏は現在、まさにオバマ政権のキーパーソンと言える。そのクリントン長官の信頼が厚い東アジア政策の実務責任者であるロバート・キャンベル国務次官補(東アジア・太平洋担当)の存在もまた日本にとってますます重要となってくる。

 国務省のナンバー2のジム・スタインバーグ国務副長官が今春にも退任し、知日派のキャンベル国務次官補が昇格するとの見方が支配的であり、同人事が実現すれば我が国外交当局にとって久々の"グッドニュース"となる。

 菅首相は現在の「菅vs小沢(一郎元代表)」の全面対決による「1月危機」、あるいは2011年度政府予算案を巡る与野党の攻防がピークとなる「3月危機」をクリアして、大型連休期間中の首相訪米=日米首脳会談を政権浮揚のためのテコにする腹積もりである。

そのテーマは、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉参加、普天間基地の辺野古沖移設、そして日米共同マグレブ構想である。

 取り分け、ワシントンDC~メリーランド州ボルティモア(65km)路線にJR東海のリニアモーター・システムを売り込む日米共同マグレブ構想が菅首相訪米の"目玉"である。米国が計画中の壮大な高速鉄道網建設プロジェクトの中でも、このリニアモーター売込みとフロリダ州タンパ~マイアミ(570km)路線へのJR東海の新幹線N700系の売り込みについては実現性が高い。

 後者のフロリダ半島縦断路線については、早ければ4月中にも駅ビルコンセプトからシステムまでのパッケージ受注にこぎ付けられる見通しである。

 また、前者のリニアモーター売り込みのネックとなっていたメリーランド州の所謂「デグランジュ条項」(中国・上海で商業運転しているドイツのトランスラピドがマグレブを州内に敷設することを禁じた法律)が撤廃されることが確実になったため、年内成約に現実性を帯びてきた。

 JR東海が設立した米国法人のトップにリチャード・ローレス元国防次官補(アジア・太平洋担当)とトーケル・パターソン元国家安全保障会議(NSC)アジア部長の2人を起用、両氏が昨年来、当該のジェームズ・デグランジュ州上院議員に働きかけ、同条項撤廃が決まった。

 こうした日本経済の先行きにとって"明るい商談"を、ベトナムとトルコへの原発売り込みに続いて菅首相がまさにトップセールスによって実現できるかどうかは、政権維持が前提となることは言うまでもない。