【政治部デスクの斜め書き】首相、本当にガッカリしました
(産経新聞2011.1.9 18:00) http://p.tl/Bdkm


 年の初めに、こんなことを言わなくてもいいのに。
 テレビを見ながら、そう思った人は多かったのではないだろうか。
 菅直人首相は4日午前、首相官邸で平成23年の幕開けとなる記者会見をした。それは、NHKテレビで全国に生中継された。
 「あけましておめでとうございます。今年がみなさんにとってすばらしい年になるよう祈念します」
 首相の「冒頭発言」は、「私が目指す国のあり方、3つの理念」という、重々しいテーマで始まった。なるほど、「平成の開国元年」か、どこまで首相は踏ん張れるかな、と思っていたところ、こんな言葉が聞こえてきた。
 「最後に国会について申し上げます。私も野党議員が長く、その時々の政府を厳しく批判して参りました。そのことを通して、国民の皆さんに、時の政権の政策の矛盾などを示していきたいと考えたからであります」
 「しかし、今振り返ってみますと、政局中心になりすぎて、必ずしもそうした政策的な議論が十分でなかった場面も党として、あるいは、私としてあったのかなと思っております」
 「今、政権交代が繰り返される中で、ほとんどすべての党が与党、野党を経験致しました。その国会が残念ながら必ずしも政策的な議論よりも、とにかく政局的に解散を求める、あるいは総辞職を求めるといったことに議論が集中しているのは、必ずしも国民の皆さんの期待に応えていることにはならないと思います」
 「私たちも反省をします。同時に与党野党を超えて、国民の目から、皆さんの目から見て、国会がしっかりと国民のために政策を決定しているんだと、こういう姿を与野党超えて作りあげていきたいと、野党の皆さんにもご協力をお願いします」
 おやおや、昨年夏の参院選敗北で国会運営に悩まされてきた首相は、今年1年の幕開けで、国会、野党に対して「もうちょっと、穏やかにお願いします」と懇願し始めた。
 しかもだ。かつて自分が野党だった時代に、政府がいやがる質問をしていたのは、政局のためでしたと告白してしまった。自分たちの過去を反省して、今の自分たちは反省しないけど、自分たちの野党時代のようなことを、今の野党はしないでね、という理屈でせめてきた。
 年の初めになんてことだ。ため息が出た。
 ところが、本当の恐怖は、この後にやって来た。
 
「その中で、特に2点について具体的にお願いしたいと思います」
 おや?っと思って画面を見た。
 「ひとつは国会での質疑の、その質問要旨を、質問をされる、せめて24時間前には提示をいただきたいということであります」
なんだそりゃ。
 「先の臨時国会で、予算委員会などでは、前の日のその質疑を翌朝5時に起きて、そしてそれを見て頭に入れるのが精いっぱいという時間の拘束がありました。これでは本当の意味での議論ができません」
 朝5時起きは勘弁してくれときた。
 結局こういうことか。
 いや、ぼく、アドリブきかないんだよね。長年政治家やってきたけど、政策にあんまり詳しくないし、急に聞かれると答えられなくて。それでもプライドが高いから、なんとか答えようとして間違えちゃうことが多くて、だから、せめて、質問は前日までにちょうだい。
 「英国は3日前までに質問要旨を出すというのが慣例になっておりますけれども、せめて24時間前にそうした質問の要旨を出すということを、与野党を超えての合意と、ぜひ、していただきたいと思います」
 言いたいことは分かった。与野党で「24時間ルール」を議論してもらってもいい。
 だが、年の始めに、首相が言うか、こんなこと。
 がっくりと肩を落としていると、菅首相はなおもしゃべっていた。
 「また、国際会議などが大変、重要になっております。トップセールスという言い方も強くされております。そういう閣僚が海外に出ることについて、国益にかなうことであれば、与野党を超えて国会の日程の工夫をして送り出す。このような慣例もぜひ生み出していただきたい」
 閣僚たちが国会に縛られて、国際会議に出られないということは改善されるべきことだ。国際会議に行こうとする閣僚を「国会軽視」と足止めしていた人たちが、そのことを恥るのは、政治全体としては、前進かもしれない。
 しかし…。
「そしてこのことは、国会自身の役割であると同時に、国民の皆さん、あるいはメディアの皆さんの目からみて、もっとそうした国会のあり方についてこうあるべきだと。このことについてぜひ第三者的な目からも積極的に発言をいただければと。このように考えております」
 自分の朝5時起きをやめさせ、閣僚が海外訪問を自由にできるように、マスコミも応援してくれないか。そう言っている。
 目の前にいるのは、メディアの記者たちだ。だが、首相が語りかけるべき相手は、記者ではなく、記者やテレビカメラの向こう側にいる多くの有権者たちのはずだ。
 なのに、首相には目の前の記者たちしか目に入っておらず、その記者たちに、応援してよと懇願してしまった。
 そして冒頭発言は終わりを迎える。
 「以上、年頭にあたっての私の考え方を申し上げさせていただきました。あとは皆さん方からのご質問をいただきたいと思います。ご静聴ありがとうございました」
 なんだ、「ご静聴」って。
 記者会見で首相の冒頭発言を静聴しない記者はいない。静聴しているじゃないか。記者たちが質問するのは、「質問の方はどうぞ」と言われてからだ。変だと思わないのか。
 この一言で、首相が、年頭会見の原稿を「街頭演説」のつもりで作ったとしか思えなくなった。
 年頭会見の原稿は、政権の1年間の羅針盤になる。首相はもちろん、政府全体の渾身の言葉がちりばめられていてほしい。秘書官はもちろん、側近議員や主要閣僚も原稿は見ているはずだ。
 せっかく冒頭で「平成の開国」という大きなステージに飛び込む宣言をしたのに。不条理をただすと称して、小沢政治との決別も宣言したのに。最後がこれでは、落差が大きすぎる。
 首相の周辺にいる人たちは、誰か、「この部分はやめましょう、恥ずかしいですよ」と、言わないのか。(金子聡)